●42年前の退職届書・・・?
今日、大阪府教育委員会事務局にある、公立学校共済組合大阪支部に、「退職届書」を郵送で提出しました。
最終、所属機関は、大阪市立十三中学校・・・。
<年金>の手続きは、はるか遠くの、昔のことを思い出させてくれます。
この1月、満60歳を迎えて、年金の申請手続きに行ったとき、徳山社会保険事務所の担当者の方が、強力に、筆者が公務員をしていたときの期間を、年金の算定期間に算入することをすすめてくださいました。
そのとき、教えてくださった手続き方法に従って、公立学校共済組合大阪支部に連絡をとったのですが、公立学校共済組合大阪支部の担当者の方、40年以上も前の記録を調べて、筆者の納付記録を確認してくださいました。
そして、最初の手続きが、「退職届書」の提出・・・。
最終所属機関名に、「大阪市立十三中学校」の名前を書きながら、「もし、あのまま、中学校に勤務して、中学校の社会科の教師になっていたら、どういうことになっていただろうか・・・」と考え込んでしまいました。
昔から、筆者は、「ひとからいろいろなことを押しつけられるタイプ・・・」。
たぶん、中学校の社会科の教師になっても、「同和教育担当」とやらを押しつけられ、「同和教育」の世界にのめり込んでいたのではないかと思われます。
筆者は、さらに、「思い込んだらいのちがけというタイプ・・・」。
同和対策事業・同和教育事業終了後も、「最後のひとりが差別されなくなるまで、取り組みを続けなければ・・・」と、部落差別と解放教育を見直し、過去の資料を整理、批判検証をし直し、定年を迎えて、教育の現場をあとにしたとき、それまでの一般説・通説・俗説を総括するような形で、『部落学序説』なるものの執筆をはじめたのではないかと思われます。
岡山県立児島高校を卒業、ほとんどの同級生がそれぞれ志望していた大学に進学する中、筆者は、ひとり、就職試験(大阪市立学校事務職員採用試験)を受けに行きました。岡山県立児島高校を最下位の成績で卒業したにもかかわらず、20数倍の倍率の試験に合格して、中学校教師になる途が開かれて行ったのですが・・・、「運命」というのは、いつどのようにそのひとの人生にいたずらをするやら・・・。
病気で倒れた父の看病と家族を支えて苦節10年・・・、学校教師になる夢を断たれて、進んだのが、日本基督教団の牧師になる途・・・。こちらの方は、年齢制限がありませんでした。
そして、西中国教区が筆者に与えた担当は、部落差別問題特別委員会・・・。4期8年委員を担当して、その委員を継続することを辞退したとき、山口東分区の教職たちは、「分区が決定した担当を辞退するようなものに、他の委員を担当させるわけにはいかない・・・」として、筆者をすべての担当からはずしてしまいました。そして、4期8年に続く、8期16年間は、無役、無担当・・・。
そして、無役、無担当の間、そのうちの10年間程は、山口県の職業訓練機関で情報処理の講師をしていましたが、こちらは、情報処理の業者としての「請け負い」・・・、年金とは関係がありません。
その10年間、パソコンの指導をしながら、余話で、筆者が調べた部落史の話、被差別部落の寺や村を尋ねた話・・・、『部落学序説』に書いているような話を、<社会同和教育>と称してしてきました。
受講生の中には、部落解放同盟の運動家の方々も、未指定地区の方々も、被差別部落出身の市議のご家族の方々も少なからず含まれていました。
山口県の担当の主任の方から、それぞれの受講生の「個人情報」の提供を受け、それぞれの受講生の経歴を踏まえながら講義と実技指導をしていましたが、担当の主任の方曰く、「普通、同和の話は暗い話が多いのに、吉田さんの話は全然違いますね。みんな、熱心に聞いて、頷いている・・・。○○さん、急に元気になりましたね。朝、事務室の前を通るとき、講座にくるのがうれしくてたまらないみたいに挨拶していくんですよ・・・」。
筆者は、ほんとうの同和教育は、「岡山藩」の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の方々のように、被差別部落の人々を、いったん、「賤民」として貶めたあと、「それでも差別をはねのけて闘った・・・」、「被差別部落のあなたも、差別をはねのけて闘わなければならない・・・」と、下げたり上げたりして、被差別部落の人々のこころをもてあそぶような教育のことではなく、被差別部落の人々が、差別思想である「賤民史観」という「共同幻想」から解放されて、昨日・今日・明日と、自己の歴史的同一性を生きることができるアイデンティティの確立を手助けする教育であると思うのですが・・・。
筆者は、42年前の運命のいたずら・・・、に関係なく、歩むべくして今の人生を歩まされたように思われます。<学校同和教育>にかかわったか、<社会同和教育>にかかわったかの違いだけで・・・。
42年前の退職届書・・・
薄い1枚の紙切れなのですが、筆者にとっては、何か、ものすごく重たいと感じました。
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