2008年3月23日 (日)

●時代への期待と失望・・・、島崎藤村『夜明け前』

筆者が読んだ、今日の朝日新聞の文化欄二つ目は、「たいせつな本」欄・・・。

作家の加賀乙彦さんが、島崎藤村著『夜明け前』について言及しておられます。文章題は、「時代への期待と失望 自然も大切な主人公」・・・。

その文章、「明治維新前夜の出来事を、武張った政治の出来事としてではなく、庶民の生活を主として描いた作品として、この作品は私に強い印象を与えた・・・」という言葉ではじまります。

<庶民>の視点から<庶民>を描いた小説・・・。

加賀乙彦さんは、「多くの維新小説が、剣劇、陰謀、戊辰戦争という具合に描かれている」のに対して、島崎藤村は、支配階級の「武士」の側から時代を見るのではなく、「庶民の視点」から見ているといいます。

島崎藤村が、『夜明け前』を描くことができたのは、「島崎藤村が故郷の風土を微細に描くだけの観察の蓄積を持っていたためだと私は思う。」と、加賀乙彦さんはいいます。

「観察の蓄積」・・・。

それは、一朝一夕にできるものではありません。世に散乱する様々な知識を寄せ集めて要領よくまとめても、それは、ただ、<知識の集積>であって、「観察の蓄積」にはなりません。

木曽の「山道を往来する人々」と、彼らが目にする、木曽の「四季おりおりの美しい自然の様子」・・・、それは、木曽路の旧本陣の子供として、生まれ育った島崎藤村の、木曽の自然をこよなく愛してやまなかった、<こころの蓄積>、<思いでの蓄積>、<ことばの蓄積>、「観察の蓄積」が織りなしたものです。

「庶民の視点」に立って、<知識の集積>から脱皮して、「観察の蓄積」に至る、そして、その蓄積を、ありのままの歴史の真実を語る自然主義文学として結晶させていく・・・、島崎藤村の影響は、『部落学序説』の筆者である私にとっても大きなものがあります。

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2007年12月11日 (火)

●下松のBOOKOFFへ・・・

八代の雲海を見た帰り、下松の<BOOKOFF>に立ち寄りました。

妻が中古のCDを漁っている間、筆者は、本の100円コーナーへ・・・。購入したのは、小笠原道雄編『道徳教育原論』、北海道大学教授東三郎著『環境林をつくる』、山口定他編『二〇二五年日本の構想』(岩波書店)の3冊。国道2号線沿いのBOOKOFFの姉妹店のこの店では、105円ではなく100円・・・。

『道徳教育原論』は、この前BOOKOFFで入手した『正義論概説』とあわせて読むため・・・。教育学と法学のテキストをなぜ同時に読むのか・・・。無学歴・無資格の筆者の精神的自由さに基づきます。この本、ぱらぱらめくると、同和教育についてもとりあげているようです。広島大学系の教育学関連の本。

『環境林をつくる』は、北海道旭川の読者の方に影響されて、北海道の森林について論述したこの本を読んでみたくなりました。直接的には、「「無責任な常識」がいつまでも横行しては困る」という北海道大学農学部教授・東三郎氏のことばにひかれました。

どの分野でも、「無責任な常識」が流布されているものです。

無学歴・無資格の筆者の目からみると、その「無責任な常識」を批判・検証し真実に目を向けさせる学者・研究者・教育者こそ、本当の学者・研究者・教育者です。

『二〇二五年日本の構想』は、99%新品・・・。BOOKOFFの105円コーナーに並ぶ年代の入った本の多くは、過去の年代なのですが、この本、「2025年・・・」。この本が出版されたのが、「2000年・・・」、現在「2007年・・・」ですから、まだ半分にも至っていません。

『二〇二五年日本の構想』は、まだ「賞味期限」が切れていない・・・。

「2025年までの21世紀の最初の四半期を念頭において、わが国の政治・経済・社会を抜本的に改革するうえでの課題と方向づけと具体案を提示・・・」するというこの本。筆者は、ポスト国民国家思想を模索・提言するこの書には興味しんしん・・・。

『部落学序説』第5章・水平社宣言批判は、「国民国家」思想への批判が中核をなしますが、「国民国家」思想の終焉を視野に入れながら、それを論ずることは、筆者の視点・視角・視座を相対化する上でも大切なことです。

筆者のこころの中の声:犬も歩けば棒に当たる・・・。吉田向学歩けば良書に当たる・・・。

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