2008年3月 1日 (土)

●昨日はひさしぶりに熟睡・・・

昨日は、ひさしぶりに熟睡しました。

今朝は、目のかすみは、少し和らいできました。

少しよくなると、すぐパソコンの前に座る筆者ですが、今朝は、『部落学序説』の1文書あたりのアクセス件数を出してみました。

被差別部落の地名とタブー  9033件
ある同和対策事業批判  1330件
部落学序説  786件
紀州藩「城下町警察日記」を読む  151件
田舎牧師の日記(Ⅱ)  62件

筆者が各文章、読者の方々が読みにきてくださるのは、部落差別問題関連記事です。教会・花・野菜・小鳥の話は、極少数の方々のみ・・・。

部落差別問題関連記事で、読者数の多いのは、以下の順です。

部落差別問題の現代>近代>近世>中世>・・・

執筆の主題が、中世よりも近世、近世よりも近代、近代よりも現代を主題にしたものの方が読者数が多いようです。

『部落学序説』とその関連ブログ群は、歴史学的研究ではありません。非常民に関する学としての「部落学」という、新しい枠組みで執筆されていますが、現在のところ、近世から近代へ、近代から現代へ・・・、と主題の時代的範囲を拡張していますが、現在は、その流れと逆行して、近世と近代のはざまに戻って、「百姓の目から見た渋染・藍染」について執筆しています。

アクセス件数をみすみす減少させる営みです。

しかし、これまで、『部落学序説』で紹介してきた視点・視角・視座、方法で、「岡山藩」の「渋染一揆」をとらえたらどうなるのか、その実践事例として言及するのも悪くはないかな・・・、と思って、執筆を続けています。

筆者の手元にある、部落差別問題関連資料は、現代>近代>近世>中世>・・・の順番ですから、ひとつの文章を書くために確認しなければならない資料は飛躍的に増えます。その資料を批判検証するためには、近世のテーマについて言及する以上に、執筆者の視点・視角・視座を明確にしなければなりません。

日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」を徹底的に<破壊>・・・、するためには、膨大な時間と労力が必要なようです。

吉岡幸雄著『日本の色を染める』に記されているように、「日本の色・・・」、それはどの色も美しい・・・。「貴色」・「賤色」という発想は、外来思想である中国の悪しき文化に汚染された古代天皇制の残滓でしかありません。「日本の色・・・」、それはどの色も美しい・・・、のと同様、すべての「ひと」は、美しい・・・。そこに、本質的に「貴人」・「賤民」と呼ばれるような人が存在するはずもありません。

それぞれの時代の支配階級が、自分の都合のいいように制度化したに過ぎません。

現代の「被差別部落」の人々は、その先祖の歴史にまでさかのぼって「賤民」として、部落史の学者・研究者・教育者からラベリングされることを黙って容認してはならない、差別思想である「賤民史観」という、一見、「被差別部落」の人々を「勦るかの如き・・・」教説は、「多くの兄弟を堕落させた・・・」教説であり、差別的な部落史の学者・研究者・教育者によってはきかけられた「クダラナイ嘲笑の唾・・・」に過ぎず、「呪はれの夜の惡夢・・・」に過ぎない。「被差別部落」の人々は、部落史の学者・研究者・教育者によって押しつけられた「賤民」としての「烙印・・・」を投げ返さなければならない。「被差別部落」の人々は、部落史の学者・研究者・教育者の差別的な思想「賤民史観」を受け入れ、「卑屈なる言葉と怯懦なる行爲によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならなぬ・・・」・・・。そして、「被差別部落」の若い世代が、「人生の熱と光」を持って生きることができるよう、差別思想である「賎民史観」を葬り去り、民衆と共に差別なき新しき社会をつくろう・・・。被差別部落の人々を差別の奈落に落としこめた人々は、民衆ではない。背後にあって民衆を教育し、差別思想である「賎民史観」を注入し続けてきた、学者・研究者・教育者である・・・。彼らは、それぞれの時代の権力の走狗として、「被差別部落」の人々の「誇りうる・・・」近世幕藩体制下の司法・警察である「非常民」として生きてきた歴史と人生の物語を奪い続けてきたのだ。自ら構築すべき歴史を、差別者である、部落史の学者・研究者・教育者にゆだねた結果、「賎民」とラベリングされてきたし、今もされている、そしてこれからもされ続けることになる・・。「被差別部落」の「人間を冒涜」することを許したことは、今日に至るも、「被差別部落」の「多くの兄弟を堕落・・・」させている。「被差別部落」の若い学徒たちが、「人間を尊敬する・・・」ことの真の意味を認識し、差別思想である「賎民史観」を投げ返し、「自らを解放せんとする者の集団運動を起こせるは、寧ろ必然である・・・」。近代以降の歴史学者・研究者・教育者が構築してきた、差別思想である「賎民史観」を破棄し、自らの歴史と物語を取り戻すとき、決して、差別されることのない「祝福された時が来る・・・」。差別なき社会の夜明けは近い。押し付けられた「荊冠・・・」をかなぐり捨て、勇気をもって、真の部落解放運動のために立ち上がるべきだ。大学の教室で、図書館で、研究室で、差別思想である「賎民史観」を打破すべく勉学を続けよ。毎日毎日、真の部落解放の姿を考えよ。これまでの部落解放運動は、真の部落解放運動の<前座>に過ぎない。戦いはこれからだ。差別思想「賎民史観」の打破と、それを永久に葬り去る課題は、大学で、その図書館や研究室で学ぶ、「被差別部落」出身の学生の肩にかかっている。「人の世に熱・・・」「人間に光・・・」、「被差別部落」の本当の歴史をその手に掴むために、差別思想である「賎民史観」の担い手である学者・研究者・教育者の言説を批判検証し、議論・討論し、「賎民史観」を放棄せしめ、「人間に貴賎はなし・・・」との理念のもと、真の部落解放運動に共同参画せしめよ。真の部落解放運動の前座でしかない、同和対策事業の様々な問題に臆するな。同和対策事業の最初から<罠>は想定されていた。大切なのは、真の部落解放運動の担い手足るべく自らを飛躍させることだ。無学歴・無資格、「被差別部落」出身ではない、ただの「百姓」の末裔に過ぎない、部落解放運動の門外漢に過ぎない筆者の言葉を読む、<あなた>、<あなた>にはそれができる!

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2008年2月12日 (火)

●視力がおとろえる・・・

この数日間、「百姓の目から見た渋染・藍染」という主題で執筆していますが、根をつめて、史資料を読み、パソコンで文章を作成してきたためか、視力がすっかり衰えてしまいました。

それで、今日は、執筆をお休みしました。

ブルーベリーの冷凍食品を買ってきて食べているのですが、夜は、少し視力が回復してきました。完全に回復するには、数日間かかりそうです。

といっても、筆者の手元にある資料を整理・・・。

無学歴・無資格の筆者が所有している史資料など、数えるに足らないのですが、それにしても、近世幕藩体制下の衣類に関する資料のあること、あること・・・。

長州藩の枝藩である徳山藩の「衣類定」など、藩の家老以下の武士階級から、百姓・町人にいたるまで、その衣類について、各階級毎に細かく設定しています。

もし、「衣類統制」に違反した場合、どのようなお仕置きがまっているのか・・・?

徳山藩の場合、現代社会でいえば、軽微な交通違反を犯したときと同じで、ほとんどが罰金刑で済まされたようです。お金にゆとりのある町人・百姓は、罰金を払うつもりになれば、堂々と、「衣類統制」を無視して、着たいものを着たようです。

罰金の額なども記録されているので、おもしろい。

それに、昨日執筆した、「浮世絵に見る「穢多」が身にまとった衣類の色・・」の中で、『江戸時代の被差別民衆』(明石書店)の著者・久保井規夫氏の「渋染・藍染は人間をはずかしめる色」という見解を、筆者は全面否定していますが、今日、調べた史資料の中にも、筆者の見解を裏付ける記録が多々出てきました。

近世幕藩体制下の岡山藩の「渋染一揆」を研究されている学者・研究者・教育者たちからの批判(現在のところ、非難中傷・罵詈雑言でしかなく、批判になっていませんが・・・)があった場合に、反論用として、とっておきましょう・・・。

「渋染一揆」を、近世幕藩体制下の司法・警察である「非常民」としての「穢多」を「賤民」として貶めたあと、「渋染・藍染」の撤回を求める訴えを、「差別からの解放」と認識する、今日の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者たちの説は、差別思想である「賤民史観」のなせる業であると、筆者は考えていますが、近世幕藩体制下、「穢多」であった、彼らの先祖の歴史的実像を放棄して、差別的な学者・研究者・教育者の差別思想「賤民思想」を受け入れ、「賤民」とラベリングされることに甘んじてしまった、被差別部落の人々、特に、部落解放運動にかかわっている人々の支持と<同和対策事業>の利権の復活と継続が絡むが故に、今後も運動団体とその研究機関から支持されていくことになるのでしょうか・・・。

多勢に無勢・・・。

『部落学序説』の、部落差別完全解消への提言は、一人の、名も無き、無学歴・無資格の筆者によって、学歴・資格をもった、部落研究・部落問題研究・部落史研究の学者・研究者・教育者からの、さまざまな「非難中傷」と「罵詈雑言」の中、執筆されて続けているところに意味があります。

昨日の「浮世絵に見る「穢多」が身にまとった衣類の色・・」・・・、アクセスしてくださった方は6名でした。<6名しかいなかった・・・>と解釈すべきか、<6名もいた・・・>と解釈すべきか・・・。

読者が一人(筆者だけ・・・)になっても、この『部落学序説』書き続けようと思う・・・。  

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2008年2月11日 (月)

●岩波書店に本の注文・・・

いままで、『部落学序説』の執筆に必要な本は、インターネットの古書店で購入してきましたが、今回はじめて、岩波書店のサイトに本を2冊注文しました。

本の内容が分かっている場合は、岩波書店に直接注文した方が便利そう・・・。

日本の本州の西の端、宮脇書店とBOOKOFFしかない、山口県の片田舎に住んでいる筆者にとっては、インターネットは、便利なツールです。

インターネットで無料で入手できる史資料・論文の場合は、ダウンロードすればいいし、入手できない場合は、日本の古本屋にアクセスしてまず古書を安価に入手できるかどうかを確かめて、それでも入手できない場合は版元に直接アクセスして、自宅まで郵送してもらう・・・、こうなると、山口の片田舎にすんでいても、晩年移住することになる、福島の片田舎に住んでいても、何も問題はない・・・。

大都会<オキャアマ>に住んでいても、「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の方々のように、「賎民史観」にとらわれて、近世幕藩体制下の「穢多」を「賎民」としてラベリングしてやまない学者・研究者・教育者ばかりの世界では、筆者の『部落学序説』の執筆には何のかかわりもない・・・。

筆者は、子供のころ、父親から、<オキャアマ>の方言を使って、酷く叱られたことがあります。「下品な言葉を使うな!」 その言葉、いまでも忘れていません。「でーれー」とか「ぼっけー」とか・・・。それと、「ケーケー」言葉・・・。そういうこともあって、筆者は、<オキャアマ>弁をしゃべることができない<オキャアマ>生まれになってしまいました。

筆者をのぞいて、叔母・母・姉・妹・弟・従兄弟・甥・姪・義理の叔父・叔母とその家族たちは、今でも、<オキャアマ>に住んでいます。岡山藩・備前藩・倉敷(天領)に住み着いて久しくなります。

しかし、誰ひとりとして、<オキャアマ>を大都会という者はいません。東京大学に入った姉の孫ですら、「東京は、でーれー大けぇ、それにくらべると、オキャアマは、デーレー、チーセーのお・・・」と述懐しておりました。もちろん、東大生に相応しく標準語を使ってではありますが・・・。

インターネットの世界・・・。

知的世界においては、実世界とは違って、中央と地方の格差はなくなっているのかもしれません。インターネットの世界、「知的生産ツール」として、フル活用しなければ・・・。

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2008年1月17日 (木)

●維新史はおもしろい・・・

教会役員会のときは、礼拝堂の石油ストーブをつけました。

役員会が終わるとすぐ石油ストーブを消しましたが、余熱の中、礼拝堂のパソコンの前に座ってタイピングしています。

しかし、1時間を過ぎると、さすが、足元から冷えが襲ってきます。

ここ数日、夜は、礼拝堂ではなく、筆者の寝室でノートパソコンを操作していますが、ほとんどは辞書・事典代わりです。今、読んでいるのは、明治維新研究史とASP.NETの歴史・・・。どちらも7、8冊・・・。どちらも、筆者にとっては優劣をつけがたいほど興味深く、胸踊らせながら目を通しています。

特に、明治維新研究史については面白いですね。

誰なのでしょうね。明治4年8月の太政官布告を「部落解放令」などとのたまわれ、続く人々に大いなる誤解を与えたのは・・・。

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2008年1月16日 (水)

●本の整理・・・

『部落学序説』の執筆をはじめたのは、2005年5月14日・・・。

執筆開始当時は、半年程度で執筆を完了する予定でした。執筆に使用する資料は、それまで、徳山市立図書館の郷土史料室で、閲覧・メモした資料や、コピーをしてもらった資料、そして、山口県内の書店で入手した関連書籍だけでを使用する予定でした。

しかし、執筆開始後、読者の方々から、部落研究・部落問題研究・部落史研究に関する資料や書籍・論文集を多数いただき、また、BOOKOFFで105円本を追加したこともあって、目を通さなければならない資料が相当数増えました。

それらの資料は、礼拝堂の後の書棚に収まり切らず、礼拝堂のうしろの床の上につみあげることになりました。

今回、妻が、書棚をひとつ購入することに賛同してくれましたので、コクヨのスチール製の書棚を買うために家具店にでかけたのですが、なんと、コクヨのスチール製の書棚は、生産中止になってひさしいとか・・・。家具店を4軒、中古家具の店を2軒まわってみたのですが、やはり、それに相当する製品はなし・・・。

本箱は、もう必要がなくなったのかもしれません。

時代に取り残されたような、寂しい気持ちを抱きながら、本箱に転用できそうなラックをひとつ買ってきました。価格は、12000円・・・。妻と二人で組み立てて、礼拝堂の床の上に摘んでいた本を並べてみますと、ちょうど、その本箱に納まりました。1段2列で配置して・・・。

復刻版『部落』・『山口県警察史』・『兵庫県史』・『兵庫県警察史』・『大阪の部落史』・・・、それらの本だけでも大部です。

書棚に並べ終わった頃、筆者の右手首に鈍い痛みがくるようになりました。どうやら、また、右手の限界を超えて、右手を酷使したようです。25年前神奈川教区にいたときに、右手首の関節炎をわずらい、右手首に手術をしました。術後も後遺症として残る、その右手首の、複雑な動き(筆記とかネジ回しを使うとか・・・)からくる痛みは、いろいろな作業をするときの、筆者の手枷になります。

それに、芸予地震のとき被害を受けた教会・・・、礼拝堂・牧師館のどこに本箱を設置しても座が抜けそうです、床も、アップ・ダウンがあり、座が抜ける可能性を体で実感させられます。

新たな資料の追加も限界・・・、に達しつつあります。

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2008年1月15日 (火)

●体力の限界・・・

大寒はまだですが、礼拝堂のうしろに設置しているパソコンで作業をするのは体力の限界に達したようです。

礼拝堂で作業をするのは、中止しました。

礼拝堂のうしろには、『部落学序説』とその関連ブログ群を執筆するときに使用する文献を置いていますので、暖房設備がない・・・、ことを知りながら、ついつい礼拝堂で作業をしてしまいます。

パソコンの前に座った瞬間から、足の先から冷えてきます。礼拝堂の室温は、8~12度。ただ、礼拝堂はけっこう広いのと、老朽化した木造建築で、そうでなくても風通しがいい上に、芸予地震の時被害を受けて、更に風通しがよくなってしまいました。

今日から、冬の終わりを告げるみぞれが振るまで、礼拝堂のパソコンで作業をするのは中止・・・。礼拝堂のパソコンは、Windows 2000 ですが、慣れた方が使いやすいので、Xp  や Vista より、つい、こちらの方を使用してしまいます。

これからは、IBMの旧型のノートパソコンを、牧師館(礼拝堂の隣の部屋です・・・)に持ち込んで作業することになります。

もちろん、石油ストーブは使用しません。部屋があたたまると、筆者の頭、思考が停止してしまいます。部屋の温度が暖かくなればなるほど、発想が貧困になり、やがて枯渇し、眠気に襲われるようになります。

礼拝堂の石油ストーブをつけるのは、主日礼拝・役員会などの集会・来客のときと、妻が在宅しているとき・・・。東北育ちの妻ですが、山口は東北より寒いといいます。東北は寒くても、それに対処できる暖房設備があるが、山口にはそれがない・・・、といいます。山口の寒さを少しでも和らげるために、牧師館では、25年間石油ストーブを使用してきました。旧式の小さな石油ストーブ・・・。

教会の庭に、主日礼拝の花や野菜をつくるようになって、それまで、毎年ひいていた風邪だけは引かなくなりました。少なくとも、筆者の場合、健康的には、「老いてますます元気・・・」な状態にあります。

しかし、過信はよくありません。

礼拝堂の後ろに設置しているパソコンで作業をするのは、当分厳禁です。

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2008年1月11日 (金)

●ブログと著作権・・・

数年前、山口県立某工業高校で、「インターネットと著作権」についての研修会の講師をしたことがあります。

その時、情報処理技術者試験のカリキュラムやテキストを多数精読して、更には、作花文雄著『詳解・著作権法第3版』(ぎょうせい)を精読して、その場に臨みました。マイクロソフト社の Power Point とビデオプロジェクターを使用しての話でした。

話のあと、工業高校の先生方から、インターネット上で公開する文章や写真の著作権に関する様々な問題について質問を受けましたが、作花文雄著『詳解・著作権法第3版』の範囲でなんとかクリアすることができました。

『部落学序説』の執筆を、インターネットのブログ上で展開することを決めたとき、その時の講演の準備のために学習したことが随分役立ちました。

『部落学序説』は、執筆計画の段階から、「著作権法」を極度に意識して執筆することになりました。各文章の中で引用することになる文献ついても、不用意な著作権侵害に陥ることがないよう、著作権法第32条の条文と判例を遵守することにして、執筆を開始しましたが、『部落学序説』・・・、結局、「インターネットと著作権」が問題になる時代の申し子として生まれることになりました。

インターネットが存在していないとしたら、筆者の『部落学序説』・・・、第一作目と同じように、日の目を見ることなく、闇から闇へ葬りさられてしまっていたことでしょう。

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●自費出版商法と出版詐欺・・・

今朝、テレビで、自費出版商法について報道されていました。

部屋を掃除しているときに、目に飛び込んできたのですが、独自の自費出版商法を展開している新風舎が自費出版の著者の方々から訴えられたとか・・・。

一般的には、自費出版に関わる費用は、自費出版の著者の全額負担ですが、その新風舎、自費出版の費用を共同出版の形で一部肩代わりし、新風舎のルートで、その自費出版の本を全国の書店に流通させる・・・というのです。

聞き間違いかもしれませんが、売り上げの20%は、新風舎が天引きし、あとの80%を自費出版の著者と分配(分担)するとか・・・。

今回、新風舎の自費出版商法で被害を受けた方々が告訴したそうです。

テレビのコメンテーターの方は、「毎日300冊の本が出版されている・・・。自費出版される本が、その中に並ぶ可能性はほとんどない・・・。団塊世代の中には、これまでの実績を本にして自費出版される方が多いが、注意が必要・・・。」と話しておられた。

筆者が、ブログで、『部落学序説』を執筆するようになって、数社の出版社の方々からメールをいただきました。中には、「光文社」のネットワークからのメールもありましたが、その内容は、「最近、出版詐欺が流行っていますので、ご注意ください」というものでした。大手出版社の名前を騙って、出版詐欺をする人もいるのでしょう。

出版コンサルタントと称する方かたのメールもいただきましたが、内容は、やはり、「出版詐欺にご注意! 当方は、誠実に出版コンサルタントをしています。出版のご相談は、当コンサルタントへ・・・」。

自費出版のすすめも何度か・・・。

せっかくのメールでしたが、筆者は、『部落学序説』の執筆の舞台裏を描いた『田舎牧師の日記』でも繰り返し記しているように、しがない田舎牧師でしかありません。日本基督教団西中国教区山口東分区の先輩牧師たちは、筆者のことを、潰れ牧師、破れ牧師と評しますが、正真正銘の、その日暮らしの貧乏牧師・・・。

『田舎牧師の日記』を書き出してから、出版詐欺に関するメールも、自費出版のすすめに関するメールも届かなくなりました。

そういう意味では、『田舎牧師の日記』は、きちんと、『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆の防波堤になってくれました。

それに、筆者は、日本基督教団の内世界で、厳しい批判に曝されてきました。『部落学序説』の前に、原稿用紙300枚程度の論文を執筆したことがあります。西中国教区内外の差別事例の分析とその克服方法を執筆したものですが、西中国教区の宣教研究会によって没収破棄されてしまいました。「文章も稚拙・下品、論理的一貫性がなく、あまりにも常識・通説とかけはなれているため評価の対象にならない・・・」、との判断からでした。

しかし、筆者以外の、団塊の世代の自費出版は、戦後の激動の日本を支えてきた方々の闘争と成果を記録しようとするもの・・・。詐欺と収奪の対象にしないで、そっと見守ってあげたらどうでしょう。

今朝のテレビのコメンテーターの方、「現代は、編集者も著者も使い捨ての時代である」とか・・・。筆者の知らない世界で、社会的な病理は、どんどん、どんどん深刻になり、人の心も人生も踏みにじられて行っているようです。

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2007年11月30日 (金)

●断念の意味するもの・・・

礼拝堂の廊下に、いつのころからか、放置されたままになっていた英書・独書などの神学書・・・。

神学校生活4年間、そして、中途半端な形で<退学>して牧師になってから数年間・・・、熱心に神学書、特に、英書と独書を集めてきました。

それが、ある日、ある時、突然と、それを断念・・・。それ以降は、英書・独書だけでなく、和書の神学書も入手することはなくなりました。

成長しているぶどうの枝を、突然、ナタで切り落とした・・・、そんな感じのする<断念>です。

ひとつには、学歴・資格が優先するキリスト教界に対する深い失望と、教団・教区・分区だけでなく、神学校からも切り捨てられた・・・、という深い絶望感が、筆者に、英書・読書・和書の読書を中断させてしまったのです。あとは、ひたすら聖書を読むのみ・・・。

そして、もうひとつの、たぶん、こちらのほうがより直接の理由なにかもしれませんが、地方の小教会において生活することの大変さ・・・。

こどもが大きくなり、教育費にお金がかかるようになって、なによりもまず、神学書の購入をあきらめざるをえませんでした。

昨日、出てきた洋書に、『DAS LUKAS-EVANGELIUM』というのがあります。副題に、DIE REDAKTIONS- UND KOMPOSITIONSGESCHCHTLICHE FORSCHUNG とあります。

ルカ福音書の編集史的研究以降のテーマについての論文集ですが、とても小さな本です。しかし、本の値段は、10,360円・・・。

娘の子育てを終えて、夫婦二人暮らしになった今も、この本を購入することができるゆとりはありません。これから高齢化・・・に突入する筆者には、もう、英書・独書、それだけでなく、和書の神学書を購入するゆとりはないと思われます。

教団副議長・教区副議長・神学校教授から、「君程度の人材は必要がない・・・」と烙印をおされてから、筆者は、<無学歴・無資格>を意図的に標榜するようになりました。ナタで切り落とされたぶどうの枝・・・、のような気持ちになったのです。

しかも、教区から押しつけられた仕事は、部落差別問題特別委員会委員・・・。

その委員を押しつけて、さらに筆者を排除しようとします。

その中で、東京山谷の労働者の闘いを描いた映画『やられたらやりかえせ』の上映運動を、下松愛隣教会で引き受けて活動していたとき、であった部落解放同盟新南陽支部の方々・・・、いつも笑顔を絶やさないで、反差別を訴えている当時の、今は、逝去されて久しい支部長さんや、現在の部落史研究会の方々との出会いは、筆者に、新鮮な息吹を注ぎ込んでくれました。

<無学歴・無資格>として合理的に切り捨てられていく筆者の中に、<無学歴・無資格>を逆手にとって反撃していく<非合理性>(筆者にとっては、非合理性こそ合理性なのですが・・・)を軸に生きていく術が培われていくようになりました。

『DAS LUKAS-EVANGELIUM』・・・。

堰で止められた水が、堰が崩されて一挙に水が流れ込むように、筆者の世界に入ってくるようになりました。

新しい時代の英書・独書などの神学書を購入することは不可能であるとしても、すでに手持ちの神学書は、完全に読破して、筆者の<無学歴・無資格>の糧にすべきであると考えるようになりました。

昔集めていた神学書は、新旧約聖書の「救済史」・「社会史」・「法制史」に関する文献です。<ぶち>(山口の方言)きられたぶどうの枝から、<ぶち>新しい芽がでそうです。

アドベント礼拝を前にした大掃除・・・。なかなか、前に進まないのは、途中、脱線することが多いためです。

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2007年11月29日 (木)

●蔵書の整理・・・

礼拝堂の廊下に置いている筆者の蔵書・・・。

今、整理中ですが、その存在すら忘れてしまったものが多々出てきます。

英書・独書は、ほとんどが神学校在学中に入手したもので、神学校を出た瞬間から、どちらかいいますと、新たに、英書・独書の神学書を入手する経済的ゆとりも、それを読む時間的ゆとりもなくなってしまいました。

神奈川教区にいたときは、<宣教>に忙しく、西中国教区に移ってからは、<生活>に追われて、次第に神学からは遠ざかってしまいました。

そういう意味では、神学校在学中は、徹底的に勉学にいそしむことが懸命です。

それに、洋書は高価・・・。

なかなか、マーカーをつけたり、メモを書き込んだりすることはできません。神学書を<本>ないし<書籍>として取り扱わないといけないとなりますと、やはり、自然な読書が妨げられます。

読みながら、重要な箇所については、その痕跡を、マーカーやメモ書きで残していくのでなくては、筆者は、生産的な学究を続けることはできません。

筆者の手元にある英書・独書など、神学の基礎的な文献ばかりで、筆者の死後は、<資源ゴミ>にしかならないでしょうから、前にも述べたように、今回、意を決して、すべての英書・独書を、単なる文献・資料として読破することにしました。

今は、便利な世の中になったものです。

筆者にとって一番便利になったのは、英書・独書を読むときの辞書引きです。

右手関節炎を患って手術を受け後遺症の残っている筆者の右手で、分厚い辞書を引くことは容易なことではありません。しかし、パソコンを使用した辞書引きなら、右手に負担がきませんし、インターネットを通して、見ず知らずの人の<知識>・<知恵>を拝見させてもらうこともできます。

辞書引きの結果は、印刷で残すことができますし、辞書も次第に神学の世界の翻訳にあってきますので、高齢化して記憶力が衰えていくときの有力なツールになります。

筆者は、<無学歴・無資格>の世界を旅する放浪者・・・。

<有学歴・有資格>の世界の定住者のような、既存の学問的枠組みを遵守する責任も義務もありません。真実を求めて、ただひたすら放浪者としての生涯をまっとうするのみです。

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