2008年4月24日 (木)

●元小学校の先生にたけのこをいただく・・・

P4220185_3雨上がりの朝、きれいに咲いていた花のひとつにスイートピーがあります。

今年は、赤色と白色の種だけをまきましたので、ピンク色がほとんどありません。茎は40cmを超えていますので、切花として十分使用することができるようになりました。

この前、近所に住んでおられる元小学校の先生が、教会の庭を見に来られたとき、咲きはじめたスイートピーの花が最初に目にとまったようでした。そのとき、「切花として使えるようになったらさしあげます・・・」と約束していましたので、今朝、赤と白のスイートピーを持参しました。

しかし、お留守・・・。それで、玄関の水の入っているジョロの中に、スイートピーを活けて帰りました。

午後、元小学校の先生が来られて、「スイートピーくださったのは、あなたですよね・・・」といわれます。スイートピーの花は、あまくてやさしい、とてもいい香りがしますが、その元小学校の先生、スイートピーの花の香りもとてもよろこんでくださいました。

そして、実家の山からとってきたといわれて、たけのこをくださいました。

この前、スーパーに行ったとき、タケノコの値段を見て、妻、びっくりしていました。筆者と妻にとっては、ことし「はつもの」のタケノコ・・・、今晩、教会のミニ菜園で採れたきぬさやとグリーンピースと一緒に、「たけのこめし」になります。

その元小学校の先生、筆者よりはるかに年配の方ですが、いまだに、「先生」というイメージの強いお方です。「先生」というのは、筆者にとっては、尊敬の対象という意味です。

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2008年4月18日 (金)

●「忍び寄る食料危機」・・・

昨日、午後7時半からのクローズアップ現代を見ました。

特集の内容は、「忍び寄る食料危機」・・・。

その番組の中で、はじめて「買い負け現象」ということばを耳にしました。

そのことば、世界市場における農産物・水産物の需要の高まりから、相対的に食料が不足・・・、その結果、穀物をはじめとする主要食料に高値となり、食料を買いつけすることができない状況をさして、用いられているようです。

日本の農政、食料を海外にもとめ、お金さえ出せばいつでも好きなときに好きなだけ輸入できる・・・、と考えてきたようですが、最近、全世界的に直面している食料の不足は、どんなにお金を出しても、必要な食料を入手することができない状況に直面しつつあるとか・・・。

その前兆が、「買い負け現象」という現象です。

勝ち組・負け組と、色わけをすることが好きな日本社会・・・、ふと気がつくと、日本社会全体が、世界の「負け組」になっていた・・・、という、笑うに笑えない状況に直面しつつあるようです。

自給率39%・・・、これから、五全総が実施されても、日本の食料自給率は50%の水準にとどまるとか・・・。番組のなかで、「遺伝子組み替えでない大豆」というのは、中国産の代名詞であることが指摘されていましたが、「買い負け現象」に曝される国、食料戦略における負け組の日本は、農薬・公害物質に汚染された品質の悪い高価な食料品にあまんじなければならない日がやってくる、ということでしょうか・・・?

日本の農政の貧困と食料戦略の失敗・・・。

筆者、晩年、妻の実家のある福島県湖南町で、妻と一緒に、無農薬・有機栽培の野菜・食料で人間らしく生けていくために、必要な<農>の精神と、その知識・技術を習得しなければ・・・、とますます、強く思わされました。

満州開拓農民が、満州の荒れ地に入植した年に、すぐに野菜などの栽培にとりかかったときに採用していたという<たこつぼ農法>・・・、関東学農会事務局長の井草先生直伝の農法にさらに磨きをかけなければ・・・。

日本基督教団下松愛隣教会の瓦礫とバラスだらけの庭・・・、開墾して、筆者と妻の食べる野菜を確保するためミニ菜園をつくりましたが、採用した農法は<たこつぼ農法>・・・。

賀川豊彦の<立体農法>を加味して、国の農政に左右されず、人間として、人間らしく生き続けるために、それに見合う<農法>を習得していく必要がありそうです。

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2008年3月30日 (日)

●結婚記念日・・・

今日は、筆者と妻の結婚記念日・・・。

それで、夕食は、ちょっと豪華にしました。スーパーの中の魚屋さんで、1人前1000円のにぎり寿司2パックと、1丁300円のお豆腐、1個180円の天草オレンジ3個・・・。

結婚記念日・・・、なんていうのは、まったくのプライベートな記念日ですから、『田舎牧師の日記』に書く必要もないのですが、なにとなく、殺風景な世の中・・・、こんな記事のひとつやふたつあってもいいのではないかと思って書きました。

結婚30周年を祝って、夫婦旅行・家族旅行としゃれこんで、四国の道後温泉か九州の別府温泉にでもいけばいいのかもしれませんが、西中国教区の教会の中で一番小さな教会の牧師の家庭・・・、そんな経済的ゆとりはなし・・・。

今日の説教のテキストは、旧約聖書の出エジプト記第15章1~11節でした。

紅海を、自分の足で歩いて渡った老若男女のイスラエル・・・、歩いて渡るのですから、ほとんどの資産はなにもなし・・・。しかし、そのあとを追いかけてきた、エジプトの王・ファラオの軍隊の精鋭部隊は、馬にひかれた戦車・甲冑・武具で武装されていました。そのため、紅海の海の底を渡り切ることができずに、「石」のように、「鉛」が水の中に沈んでいくように、紅海の海に飲み込まれていったとさ・・・。

筆者と妻、これからも、紅海を歩いて渡れる程度に軽装備で旅を続けることにしましょう。

切支丹の里・天草のオレンジ・・・、妻の一番好きなみかんの味でした。妻は、大喜びでした。1個180円の天草オレンジ・・・、結婚30周年記念の日、妻は、よく口癖のようにいう、「こんな髙いもの買ってきて、贅沢よ・・・」とはいいませんでした。

筆者は60歳、妻は52歳・・・。

めでたさも中ぐらいなりおらが春・・・。小林一茶の句が、筆者と妻の結婚30周年記念日に一番ふさわしいことばかもしれません。

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2008年3月25日 (火)

●菜の花のおひたし・・・

今朝、妻が、白菜の菜の花のおひたしを作りました。

あまくて、おいしいおひたしです。

いままで、菜の花のおひたしは、小松菜の菜の花を材料にしていましたが、小松菜の菜の花は、小松菜独自の苦みがあります。筆者は、この<苦み>が苦手ですが、今日の、白菜の菜の花、とても新鮮で柔らかくて、あまみがあります。今朝は、そのおひたしをおいしくいただきました。

この白菜は、昨年、種から育てたものですが、ミニ菜園が小さいので、ミニ菜園に植え付けた残りはぶどう棚の下にポットのまま置いておきました。そして、2月はじめにミニ菜園に移植したのですが、最初から、白菜の菜の花を収穫するため・・・。今日の白菜の菜の花のおひたしは、白菜10個分・・・。とてもぜいたくな話しです。

妻曰く、「菜園の菜の花、小松菜も京菜も白菜も、それからブロッコリーも全部取り除いていいわよ・・・」。

菜の花のおひたし、今日で終りのようです。冬野菜、ほとんど収穫し尽くして、残っているのは、キャベツ1個・パセリ2株・チシャ4株のみ・・・。

この前まいたほうれん草の種はやっと芽を出したばかり・・・。今日、国道2号線沿いの米沢園芸で、春野菜の苗を買ってきて植えることにしましょうか・・・。

物価が急上昇して、我が家の家計も大変・・・。しかし、安いからといって中国産の野菜に手を出すことはありません。中国産の野菜を敬遠して5年目になりますが、筆者と妻、昔の健康を取り戻しつつあります。

日本の国民を食品公害にさらす、日本の政府の農政の発想の貧困さ・・・。農政に携わる政治家や官僚は、中国産野菜など食べていないでしょうから、その農政は、国民に対する犯罪行為です。<売国奴>ということばは好きではありませんが、現在の日本政府の農政に携わる官僚・政治家の発想は、<売国奴>的発想であると思うのですが・・・。

ともかく、ミニ菜園でつくった、無農薬・有機栽培の野菜・・・、かおりも味も、昔ながらの野菜の味がして、スーパーで販売されている国産の野菜よりも品質がすぐれています。なにしろ、料理の前に収穫するのですから・・・。

筆者の知っている農家の方曰く、「国産といっても、農家は、自分たちの食べる野菜と、商品として出荷する野菜の栽培は別にしているのが普通・・・。自分で作った野菜でないと、無農薬・有機栽培と銘打って売られていても信用できない・・・」。

筆者、町中の、庭木に囲まれた教会の庭で、野菜を作っていますが、堆肥は、園芸店で、匂いのしない完熟堆肥を購入して使用します。その中に、牛の餌として与えられる外国製飼料の中に農薬・化学肥料の残滓が含まれていないという保証はありません。筆者のいう、無農薬・有機栽培は、できるかぎり・・・、という意味でしかないことは充分承知しているのですが、教会の庭、賀川豊彦が説いた立体農業のミニチュア版のようなところがあります。

筆者、若かりし日、高梁市巨瀬の難波孝子さんに、立体農業を見学させてもらったことがあります。賀川豊彦の立体農業を採用した農家の方々が多い地域です。一泊二日で、ほかに2軒の立体農業の農家の方々から、いろいろお話をお伺いすることができました。

難波孝子さん、もうなくなられて久しいのですが、いまだに忘れることができな出会いです。

夏、夕立が降るときの雲の高さは、難波孝子さんの畑の下・・・。雲海の中から、ゴロゴロというかみなりの音と稲光がしていました。「ここは、夏の夕立のときも、雨が降りませんから・・・」。

下松愛隣教会の、友森さん、鬼武さん、瀬上さん、藤本さん、矢野さん・・・、なくなられて久しくなりますが、みんな、賀川豊彦から影響を受けた農の人たちです。

妻がつくりはじめた教会の花壇と菜園・・・、いたるところに、彼女たちの生きたあかしが刻み込まれ、木や花のいのちとして、受け継がれていっています。教会の花壇・お花畑・ミニ菜園で作業をしているとき、妻の声と小鳥たちの声にまじって、「今度は、この花を手入れしなさい。そろそろ、他の場所に植え替えたほうがいいですわよ・・・。ああ、それは花の芽だから抜かないで・・・。」と、こころの奥深いところから声が聞こえてくるのは、いつまでたっても筆者にとっては高齢の彼女たちの、天国からのささやきの声なのかもしれません。

農に生きてきた女性たちは、この山口の地にあっても、やさしい方々ばかりでした。

この地に、牧師として赴任してから26年目の春・・・、こんなに長くこの地に留まったのは、彼女たちとの出会いがあったからかもしれません。一週間に一度お尋ねしては、数時間、話を聞いて帰りました。

農を捨てて、農を軽蔑して、都会に生きることを選択した日本人・・・、背筋が凍りつくような様々な事件を引き起こす現代の少年・青年・中年・壮年・老人たちの精神的荒廃の背景に、この農と農村社会の歴史と文化・生活の崩壊があるのかもしれません。

現代の農政の政治家・官僚はいいます。「今更、昔の生活には戻れない・・・」。

果たしてそうでしょうか・・・。

<君子>は、過ちをあらためるに、はばかることなかれ・・・、です。

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2008年1月22日 (火)

●C型肝炎に効くおみかん・・・

外出して冷えた体を小さな石油ストーブの前であたためていたとき、妻曰く、「あなた、ここにこんな記事が出ている・・・」と今朝の朝日新聞を指さします。

「食の健康学」の欄に、「ミカンの健康効果に高い期待」と題された文章が載っています。

「こたつでミカン・・・。冬、小さい頃、ごく当たり前の光景だった。一人暮らしの今、ミカンから縁遠くなった気がする。「今冬はもっと食べよう」。そう思って調べてみると」、その文章の執筆者・武田耕太氏の話では、「ミカンには、抗酸化作用を持つ・・・βクリプトキサンチン」が含まれているとか・・・。

「C型肝炎から肝硬変、肝臓がんに移行した人はβクリプトキサンチンの血中濃度が低くなっている・・・」といいます。ミカン、もしかしたら、C型肝炎とそれに起因する肝硬変・肝臓がんの抑制効果があるかもしれない・・・、という話。

妻は、「おみかんは、C型肝炎の発症を抑制するのに効果がいいということね・・・。あなたも私も、おミカン、いっぱい食べるから、結果的には、肝臓によかったのかもね・・・」といいます。

大寒の季節・・・。晩生のミカンを1日7~8個食べている筆者と妻です。

今週も、柳井市大畠と周防大島の間にかかっている大橋のたもとにある道の駅で、1袋100円のみかんを調達することにしましょう。

みかんは、C型肝炎・肝硬変・肝臓ガンだけでなく、骨粗しょう症・動脈硬化にもいいとか・・・。

妻曰く、「あなたの右手、神奈川で傷ついて、山口の地で癒されているのかもしれない・・・」。

妻のいう通り、そういうこともあるかも知れません。そのまま、神奈川教区の教会の牧師を続けていたら、今頃、C型肝炎に由来する肝臓ガンを患って、すでのこの世の人ではなくなっているかも知れません・・・。「冷たい冬の朝、妻一人に看取られて、教会の牧師、孤独死・・・」。

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2008年1月10日 (木)

●食パン型入手・・・

今年は、食パンも自分で焼くことにしたのですが、食パン用の型が入手できません。

それで、筆者は、「電気パン焼き器」なるものの購入を企てたのですが、妻は、購入に反対・・・。

「食パン用の型なら、売っているところを知ってます・・・」といって、二人で、食パン用の型を販売している調理用機器を販売している店へ行きました。

食パン用の型、1522円でした。

妻曰く、「わたしたち、貧乏たらっしい生活しているのかなあ・・・。それでもいいじゃない・・・。文字通り貧乏なんだから・・・。あなた、ボケないためにも、最初から最後まで、自分でパンを焼いた方がいいわよ・・・」。

次は、食パン用の小麦粉を自分の手で作ること・・・。

もちろん、教会の庭には、小麦を栽培するゆとりはないので、小麦を栽培させてくれる場所を探さなければなりません・・・。

自分で栽培した小麦で食パンを作ることができるようになるまでに、食パン作りに精進することにしましょう。

教会のお花畑のライ麦・・・、現在背丈は40センチです。

小麦の栽培・・・、決して難しくないと思うのですが・・・。

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2008年1月 8日 (火)

●野沢菜の焼き飯・・・

昨日に続いて、今日の夕食も筆者の当番・・・。

妻が、仕事にでかける前、「今日は、野沢菜漬けの焼き飯が食べたい・・・」といいますので、野沢菜漬けの焼き飯の作り方をインターネットで検索しました。

随分、いろいろな作り方があるのですね・・・。

その中から筆者が採用したのは、賄料理としての野沢菜漬けの焼き飯の作り方・・・。

フライパンで、鮭を焼いてほぐし、そのあとサラダ油を入れ、刻んだ野沢菜とグリーンピースを炒めます。さらに、溶き卵を加えて、残りごはんを入れ、強火で炒めます。できあがったら、刻んだ葱とハムを加えて、塩と胡椒で味付けをします。

ほとんどレシピ通り・・・。

野沢菜と鮭の両方の味がきいた美味しい焼き飯になりました。

味噌汁は、信州産の味噌を使って、小さくきった豆腐を入れただけ。お碗についだあと、刻んだ葱を散らし、七味トウガラシを一振りしたもの。

妻は、「今日も美味しいわよ・・・」と言いながら、少し多めの焼き飯を全部食べてしまいました。

妻の仕事は、調理師・・・。

調理師の妻に、「美味しい」と言わせるのは、それほど簡単ではありません。

明日は、妻の休日なので、夕食は妻の当番です。

我が家は、夫と妻、男と女・・・、という、世の中の常識とは異なる価値観で動いています。神様の前では、夫と妻、男と女はない・・・。どちらも等しい存在・・・。共に生きるためには、時間の都合のつく側がすべきことをするだけです。

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2008年1月 7日 (月)

●美味しかった今年の七草がゆ・・・

今年の七草粥・・・、とても美味しかったです。

「七草」は、小さく切って、適当な柔らかさになるまで湯通しして、おかゆが炊きあがるのを待ちます。

おかゆが炊きあがったら、どんぶりの底に「七草」を入れて、その上から、炊きあがったおかゆを注ぎます。そして、更にその上に、昨年漬けた紀州産の梅を1個と、のりの佃煮を一匙載せてできあがりです。

島根県のうずめめし風七草がゆのできあがりです。

仕事から帰ってきた妻も、「今年の七草がゆ、とてもおいしいわ・・・」と言いながら、器に盛ったおかゆを全部食べてしまいました。

「七草」が新鮮ですと、筆者が作っても、美味しい七草粥に仕上がるようです。

感謝なひとときでした・・・。


*うずめめし風のおかゆのイメージ。「おかゆ」はまっしろな雪、その上に載せた「梅」は雪原に昇る太陽、「七草」は雪の下で芽を出す草花。白いおかゆをかき分けるとそこに七草が出てくるというのは、雪をかきわけて新芽を見つける所作を想像させます。「梅」だけでなく「のりの佃煮」を載せたのは、「一年、海の幸・山の幸が豊かにありますように・・・」との祈りを込めて。妻曰く、「恐れを知らないというのは、あなたのことね・・・。インターネットで流すなんて・・・。でも、<うずめめし風七草がゆ>、あなたの創作料理だから、載せてもいいんじゃない・・・」。「あなたが他の人と違うのは、マニュアルに沿って何事かをしていても、いつのまにか、新しい発想で逸脱してしまうこと。誰ばりまねできなくってよ・・・」。

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●1月7日七草がゆを作る・・・

P1070262今日の夕食は、筆者の当番です。

メニューは、七草がゆ・・・。と申しましても、せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろの春の七草を使用するわけではありません。

教会のミニ菜園で採れる野菜を適当に摘み取って、それで七草がゆを作ります。

摘み取った冬野菜は、すずな・すずしろの他は、京菜・小松菜・春菊・ほうれん草・葱・ブロッコリー・パセリの9種類、これに、冷凍していたキヌサヤ・グリンピースを加えます。

一部は、電子レンジで乾燥させて、七草のふりかけを作り、朝の残りごはんにかけて、おにぎりを作ります。

それにしても、スーパーで売っている春の七草・・・、どうしてあんなに高いのでしょう。

今朝のテレビで、日本の家庭の平均月支出額は、28万円・・・、と報道されていました。「ウソ!」 思わず口をついてでた言葉ですが、やはり、我が家は、質素な生活・・・、とあらためて認識させられました。

田舎牧師には、自前のミニ菜園で採れた「春の七草」がいちばん相応しいのかも知れません。

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2008年1月 5日 (土)

●中力粉1㎏でできるうどん・・・

市販されている小麦粉は1㎏単位のようです。

手打ちうどんを作るには中力粉を使用しますが、1袋238円・・・。1袋の中力粉で、手打ちうどん10人分を作ることができます。中力粉以外に必要なものは、少々の塩と片栗粉のみ・・・。

人件費と時間を抜きにすれば、一人分のうどんは25円程度で作ることができます。

時間のあるときは、できる限り、自分で食材を調達し、つくることにしましょう。

今日、筆者が打ったうどんを食べた妻曰く、「うそ! ほんとうにこれ、あなたが作ったの? 聞かされないと、分からないわよ・・・」。

それで、まだ湯掻いていない、打ちたてのうどんを見せると、やっと、信じることができたようです。そして、筆者の、うどんの作り方のメモに目を通しながら、「あなたは、なんでも調べて、すぐに、プロに近いものをつくるのだから・・・」。

どう考えても、妻の贔屓目でしかないのですが、妻と筆者の日常生活・・・、次第に、<停年退職後の生活>モードに入って行っているようです。

妻の実家のある、福島県湖南町に帰ってからの生活を頭の中に思い浮かべながら・・・。

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●手打ちうどんを作る・・・

妻の勤務は交替制です。

今日は帰りが遅くなるので、筆者が夕食の当番です。でかける前に、「何がいい・・・?」ときくと、「おうどんがいい・・・」といいますので、久しぶりに手打ちうどんを作ることにしました。

筆者が手打ちうどんを作るのは、今回がはじめてではありません。

25年前、山口県の小さな教会に赴任してきたとき、教会のある下松市は、構造不況による再建財団でした。今の夕張市のようなもの・・・。赴任した最初の年は、教区の謝儀基準通りでたものの、次の年からは、夏冬の特別謝儀なしの月額8万円に減額になりました。初代牧師夫人が、「牧師を騙しても、神様は全部許してくださる・・・」と主張し続け、謝儀の減額を訴えたためですが、初代牧師夫人の声は天の声・・・、と信じていた教会役員会は、月額8万円を確定してしまいました(今は、教区の謝儀援助で月額15万円。この中から献金月額2万5千円天引きしますので、実収入はもっと少なくなりますが・・・)。

しかし、そのような収入で三人の家族が食べていけるはずもありません。

そこで、徹底的な「吝嗇」生活をはじめました。その「吝嗇」生活のひとつに、パン・うどん・お菓子は、既製品を購入しないで、自分たちで作る・・・、というのがありました。

幼稚園から帰ってきた娘と一緒に、よくうどんを作ったものです。うどんを手で練るかわりに、娘に足で踏ませました。娘も楽しそうにうどんを踏んでいました。

そして、パート勤めから帰ってきた妻と娘の三人で、できあがったばかりの手打ちうどんをいただきました。

「吝嗇」に徹底するといっても、安価な中国産の食材ばかり食べていますと体を壊してしまいます。一度、そのことを経験して大変な思いをしましたので、中国産食材は極力避けることにしています。

今は、遠い昔の話ですが、「物価上昇・収入減少、国民の家計がガタガタになる年・・・」、その頃の「吝嗇」生活を思い出して、それに準ずる生活方法を採用することにしました。

物価上昇・収入減少・・・、その中で、やむを得ず、安価な中国産食材を摂取し続けますと、胃腸障害やガンで苦しむはめになることは必定です。

自分で、自分のために、必要な分だけ、食品を作る場合は、着色料・保存剤・防腐剤などの添加物を意図的に排除することができますので、病気、休業、収入減少、安価な食材、更なる病気・・・という悪循環に陥らないですみます。

「吝嗇」というのは、単なるケチ・節約を意味するのではなく、いのちを守るための最低限の知恵の実践と生活のことです。

うどんだけでなく、食パンも自分で焼くことにしました。

久しぶりに電気オーブンを取り出しました。いたるところ錆びていますが、クリーニングしましたら、充分使えることが分かりました。

昔、使っていたパンの作り方の本・・・。そうとう年季が入っています。

食パンも、昔の「吝嗇」生活を思いだしながら、必要な都度、必要な量だけ自分でつくることにします。

教会のミニ菜園の野菜、今収穫できるものは、煮物用大根・おろし用大根・ニンジン・ホウレンソウ・京菜・小松菜・ブロッコリー・里芋・ビタミン菜・レタス・パセリ・サンショウ・白菜・九条太ネギなどです。

春から初夏にかけて収穫できるものは、キヌサヤ・グリーンピース・スナックエンドウ・ソラマメ・タマネギ・ラッキョ・キャベツ・カリフラワー・ゴボウ・ミョウガなどです。

「物価上昇・収入減少、国民の家計がガタガタになる年・・・」が現実化する前に、筆者と妻で身につけてきた「吝嗇」生活法・・・、教会の駐車場跡地の開墾とミニ菜園・お花畑化・・・、まんざら無駄ではなかったようです。

お花畑も、無農薬・有機栽培ですので、万一の時には、すぐ野菜作りに転用することができます。

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2007年12月30日 (日)

●平もちは、雑煮用のもち・・・

下松愛隣教会に赴任して24、5年・・・。

その間、毎年、年末に、教会役員の神田兄がお餅を持ってきてくださいます。

今日の礼拝のあと、神田兄に、そのお餅について、不思議に思っていたことをお尋ねしました。

そのお餅・・・、山口では、「平もち」というそうです。杵でついたあと、半球型のお餅にするそうですが、適当な時に天地返しをして、裏も表も平らなもちにするそうです。「平もち」は、おめでたいときに作るおもちであるとか・・・。年末につくる「平もち」は、当然、お雑煮用です。

神田兄の先祖は、島根の庄屋の家系・・・。

山口だけでなく、島根も、「平もち」だそうですが、神田兄は、「先祖伝来、丸もちは平もちと決まっている・・・」と言われます。「どうして、雑煮用のお餅を平もちにするのか知らないけれど、昔からのしきたりに従って・・・」平もちをつくり続けているそうです。

筆者も妻も、この山口の地にきてはじめて遭遇したもちです。

今回、はじめて、そのもちの名前が「平もち」という「丸もち」であることを知りました。

礼拝後、神田兄が、教会のミニ菜園を見て帰られました。「教会の庭で栽培していない野菜をもってきましょう・・・」といって、折り返し、神田兄の菜園から収穫したばかりの野菜をもってきてくださいました。

ホウレンソウ・カブ・高菜・・・。

ホウレンソウ・カブは作っているのですが、「これでは少ないでしょう・・・」といわれて、ホウレンソウとカブも段ボール箱いっぱい持ってきてくださいました。

おかえしに、教会のミニ菜園で栽培した野沢菜の漬け物を一袋差し上げました。

それと、「屠蘇」・・・。

この「屠蘇」1袋を清酒1合に浸して、「おとそ」としていただきます。年始に「おとそ」をいただく風習は、嵯峨天皇のとき、日本史上はじめて警察制度ができますが、その年、政治・軍事上、多くのとうとい命を失い傷ついた嵯峨天皇の御心を癒すために中国の学者が献上したのがことの始まりです。神道・仏教、日本の古来の民俗とも関係がありません。

新年、教会を尋ねてこられた方にさしあげています。もちろん、屠蘇の入った清酒・おとそを直接さしあげることはありません・・・。

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2007年12月29日 (土)

●妻に代わって年末の買い出しに・・・

妻は、「私たちには正月はないから・・・」とよくつぶやきます。

病院に入院している患者さんの中には、年末年始、自宅に帰ることができない人もたくさんいます。

この前、入院した信徒の方も、妻が勤めている病院に入院しています。

その人たちのお世話のために、妻は、この10年間、年末年始の休みはありませんでした。しかし、今年、10年目にして、年始に休暇日になったとか・・・。年末は、31日まで勤務なので、筆者が、正月を迎える準備をします。

しかし、スーパーへ行って驚いたこと・・・。たくさんの買い物客でごった返しています。しかも、正月用品は軒並み高い!

我が家は、正月だからといって、特別な商品を購入することはありませんから、いつも購入している国産の一番安い商品を購入します。

野菜売り場をめぐって買ったのは、岩国産レンコン1節、袋入りのタケノコだけ・・・。あとは、教会のミニ菜園で収穫できます。

毎年、教会役員の神田兄が、自分で栽培している野菜をたくさん持ってきてくれるのですが、今年は、なし・・・。教会のミニ菜園で栽培する野菜が品数が充実して、それなりの収穫が確保できるようになったので、重複してもしかたがない・・・、と思われたのでしょう。神田兄のおとうさんが存命中は、レンコンを栽培されていたのですが、今は、栽培していないそうです。

妻も、神田兄が野菜をもってこられなかったので、よかった・・・、と言っています。

作っているものに違いがあるのは、神田兄は、広島菜とビタミン菜、筆者は、それに代わるものとして、野沢菜と小松菜を作っています。どれも似たようなものですから、重複すると大変です。

松前付け用のするめ・昆布、年越しそば(信州そば)・みそ(信州味噌)、山口大島産みかん(10㎏入り1箱980円)、その他、日用雑貨全部含めて、出費したのは、約1万円・・・。やはり、年末年始の買い物、高くつきます。レジで支払いをすませたあと、なにとなく、わびしい気がしてきました。

レジに並ぶ人々の買い物かごをみると、その生活ぶりが分かります。

おじいさん、おばあさんのかごの中を見ていると、景気は全然よくなっていない・・・、と感じてしまいます。ひとり暮らしをしているのだろうか・・・、全部、一人分の食材だけど・・・。年越しそばも58円1袋・・・、そばのたれも1袋・・・。こちらは、同じものが二人分なのですが・・・。海老も天ぷらもない・・・。油揚は1枚ある・・・。きつねそばかな・・・。ネギがないけれど、自分の家の庭でつくっているのかな・・・。何、そのうしろのおばさんのかご、車海老がたくさん入っている・・・。10匹か・・・。こどもたちが帰郷してくるのかな・・・。

レジの順番を待っている間に、筆者は、レジに並んだ人の年齢・服装・履物・みだしなみ、買い物かごの中・・・、店員さんがバーコードをかざす商品のひとつひとつと表示される金額を見ています。もちろん、さりげなく、ですが・・・。

ちっとも、景気など回復していない・・・。待っている間に、憎い小泉首相の民衆・国民をせせらわらうような顔が何度もちらつきます。

小泉首相ほど、筆者の日常生活に大打撃をあたえた政治家は他にいないでしょう。

格差社会の元凶・小泉首相・・・。

その顔がちらつけばちらつくほど、わびしさがましてきます。

そのあとを引き継いで、1年そこそこで首相の座を投げ捨てた、山口県が誇るおぼっちゃま阿部首相・・・。

この年、あまりいいことがなかった・・・。否、その中にあっても、下松愛隣教会の牧師・信徒とその家族・・・、誰一人かけることなく年の瀬を迎えることができたことは感謝しなければ・・・。

それに、今日、礼拝出席者数分、日本聖書協会の「2008年アート聖書カレンダー」のプレゼントがありました。1月の聖画は「バベルの塔」、12月の聖画は「羊飼いへのお告げ」・・・。なにとなく、新しい年を象徴しているような、混乱と破滅から平和と救済へ・・・。そうあってほしいと思わされています。

明日は、今年最後の主日礼拝です。

「数えてみよ主の恵み・・・」、讃美歌を歌いながら、今年2007年をしめくくることにしましょう。

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2007年12月27日 (木)

●山口の地でなじめなかったこと・・・

「郷に入れば郷に従え」という諺があります。

筆者と妻が山口の地に住むようになって25年になります。最初違和感のあった山口(といっても、長門の国は住んだこともないし、その歴史と文化もあまり知りません。筆者の山口は周防の国のこと・・・)にあっても、「郷に従う」部分が出てきます。

妻曰く、「私たちも結構、山口県人になっているかも・・・。ふるさとに帰ったら、逆に、違和感を感じてしまうのではないかしら・・・。」と漠然とした危惧感すら持ち始めたいます。

しかし、決してなじむことのないものもあります。

それは、「塩」・・・。

新約聖書の中に、イエス様の「山上の垂訓」というのがあります。その一節に、「あなたがたは、地の塩である。もし、塩のききめがなくなったら、何によってその味がとりもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。」ということばがあります。

塩は、味の主役にはなりません。あくまで、脇役なのです。

筆者は、岡山県児島郡琴浦町(現在の倉敷市児島)というところで生れたのですが、その隣の町の味野町の銘菓に「塩羊羹」というのがありあます。おさななじみの和菓子屋さんには「塩饅頭」というのもありました。筆者は、子供の頃から、「塩○○・・・」というのが好きでした。

それは、羊羹や饅頭のあまさの中に、瀬戸内海の自然の「塩」のあまさと香りがあって、風味と美味しさがあります。

山口の地に棲息するようになって、時々、「塩羊羹」・「塩饅頭」・「塩・・・」という表示の和菓子に遭遇します。

そのとき、筆者は、昔子供のころ、瀬戸内の故郷で食べた「塩羊羹」・「塩饅頭」・「塩・・・」が懐かしくなって買い求めることがあります。

最初、「塩羊羹」をひとくち食べたとき、思わず、吐き出してしまいました。口の中に、異様な味覚が広がったからです。それは、なんと、砂糖をまったく使用していない塩だけで作られた羊羹だったのです。つまり、文字通り、塩の味のする羊羹で、塩のあまさや香りはどこにもありません。

JA山口が、「正直やまぐち」と宣伝する山口では、「塩羊羹」・「塩饅頭」・「塩・・・」は、正真正銘の「<塩>羊羹」・「<塩>饅頭」・「<塩>・・・」だったのです。

それを買うごとに後悔し、それでも、「塩羊羹」・「塩饅頭」・「塩・・・」の表示をみると、岡山の「塩羊羹」・「塩饅頭」・「塩・・・」がなつかしくなり、買い求め、またまた「<塩>羊羹」・「<塩>饅頭」・「<塩>・・・」を口にすること、10数回に及びます。

昨日、妻と気分転換にドライブしたとき、道の駅で「塩餡餅」を2個と、普通の「餡餅」2個を購入しました。

妻は、「わたし、この塩餡餅要らない。また、しょっぱいあんこの入ったお餅じゃないの。・・・」といいます。

筆者は、「今度は、本当の塩餡餅かもしれない・・・」とつぶやきながら、買ったばかりの塩餡餅をぱくり・・・。

口の中に、砂糖がまったく入っていない、塩で味づけされたあづきの奇妙な不味い味が広がって行きました。また、砂糖が入っていない、塩だけのあんこ・・・。

妻は、がっかりする筆者に、「だめよ、あなたがいくら期待しても、山口の塩羊羹や塩饅頭、塩餡というのは、塩だけで味付けられているのですから・・・」。

山口の地で、「郷に入れば郷に従え」の例外事項として、筆者が推奨するのは、「<塩>羊羹」・「<塩>饅頭」・「<塩>・・・」、しょっぱい羊羹、しょっぱい饅頭、しょっぱい餡・・・、食べられたものではありません。

昔、山口県の職業訓練機関で情報処理の講師をしたいたとき、その講義中にその話をしたとき、受講生のひとりが、「この前、岡山の大学の時の同僚から塩羊羹が送られてきたのですが、私も家族もみんな不味いといって食べれないんです。吉田先生はお好きなようですから、よければ召し上がってください。こちらの方は、山口の塩羊羹です。おいしいですから、一度召し上がってください」と言われて、2本の羊羹を頂戴しました。

筆者も妻も、倉敷市児島の塩尻喜月堂の塩羊羹をいただいたのですが、おいしいのなんのといって、涙が出るほどうれしかったです。

しかし、その受講生が、山口の美味しい塩羊羹としてくださったもの、まずいのなんのといって、たべられたものではありませんでした。塩だけであじつけられた羊羹・・・、それを美味しいというのは、筆者は、体験的に考えられません。

今回の道の駅での、「塩餡餅」・・・。

筆者は、塩味の餡餅を最後まで口に運びながら、これだけは、死んでも、「郷に従う」ことはできないなあ・・・、とこころの中でつぶやいていました。

妻は、ひとくちもしませんでした。

日本基督教団西中国教区の山口県の諸教会・・・。イエス様の、「あなたがたは、地の塩である。もし、塩のききめがなくなったら、何によってその味がとりもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。」という言葉をどのように生きているのでしょうか・・・。

世を腐敗から守るための、味を良くするための脇役としての塩・・・?
それとも、腐敗を排除するけれども、他の味を殺してしまう主役としての塩・・・?

今朝、昨日道の駅で買った「塩餡餅」の残りの1個・・・。熱いお茶を一口飲んだあと、「塩餡餅」を一口ぱくり・・・。あまりの不味さに吐き出してしまいました。

山口の人の中には、この「塩餡餅」をおいしいと食べておられる人がいる・・・。それは、筆者にとっては驚異なできごとです。「郷に入れば郷に従え」・・・、その諺をそっと脇に追いやって、岡山の「塩羊羹」・「塩饅頭」・「塩・・・」を懐かしむ筆者です。

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2007年12月20日 (木)

●野沢菜を漬ける・・・

Han0712203今日の午後は、野沢菜を漬けました。

野沢菜は、10月11日に種をまきました。猛暑・残暑の影響で、野沢菜の種を播く時期がずれてしまいました。

今朝、野沢菜を手で触ってみると、随分柔らかくなっているので漬けることにしました。

『田舎牧師の日記』の園芸に関する文章・写真は、雰囲気、あるいはイメージのみを伝えるもので、ノウハウを提供することはほとんどありませんでした。なにしろ、園芸(花と野菜の栽培)についても無学歴・無資格のしろうとでしかありませんから・・・。

今回はじめて、野沢菜の漬け方を写真で紹介することにしました。

①野沢菜は霜のおりるころ柔らかくなるので、柔らかくなったら収穫します。

②収穫した野沢菜の重さを測ります(今回は約10㎏)。

③漬け物用の塩を測ります(今回は3%の300g)。

④40ℓの漬け物樽を用意します。中性洗剤でていねいに洗います。

⑤園芸用の手押し車に防水シートを敷いて、水道の水を蓄えます。

⑥水道の水を出し放しにして、野沢菜をていねいに洗います。12月も後半に入っていますので、虫の姿はみかけません。土だけを洗い落とします。

⑦樽に、漬け物用のビニール袋をいれて、その中に、野沢菜を折らないように、漬け物だるの壁にそって並べていきます。適量、その上から塩をふりかけます。

⑧好みによって、トウガラシを加えます。

⑨漬け物用ふくろを閉じて、

⑩その上に、内蓋と重しを載せて完了です。あとは、日中でも温度があがらない部屋に保存します。1週間もすれば、野沢菜漬けのいい香りがしてくるので、食べ時がきたことがわかります。

信州・安曇野の豊科教会の牧師をされている Jhon F Crossさんのブログに、奥さんが野沢菜を漬けた話が出てきますが、それが12月4日・・・。2週間遅れて、周防・下松の地で野沢菜を漬けたことになります。

筆者は、農村伝道がしたくて、日本基督教団農村伝道神学校に入ったのですが、教授や先輩牧師から、農村伝道には向いていないと宣告され、そのラインからはずされました。農村や農作業が好きかどうかということと、農村伝道ができるかどうかということとは、全く別な次元の話ですから、そう判断されるのもやむを得ないことです。

日本全国の農村・農民も、学歴・資格をもった優秀な指導者を望んでいますから、無学歴・無資格の筆者は、ほとんど役立たず・・・、であったのかもしれません。

しかし、農家出身のひとり娘の、妻と結婚したこともあって、晩年は、念願かなって、農村的地域社会に身を置くことができそうです。しかも、福島、旧会津藩領地に・・・。

野沢菜のあとには、スイトピーの苗を移植します。

スイトピーは、やせた土地でも、苗を移植して、支柱を立ててやりさえすれば、長期間花を咲かせてくれますので、つくりやすい花です。スイトピーの苗は、すでにできあがっていますので、いつでも移植することができます。

しかし、このスイートピーの花が咲いたあとにできる豆、くれぐれも口にすることがないように・・・。スイトピーの豆は、<毒薬>の一種だそうです。

クリスマスが終わった次の日に、スイートピーの苗を移植することにしましょう。

来年の母の日にカーネーションの花が咲かなかったとき、かわりにスイトピーの花束をさしあげることになります。

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2007年11月30日 (金)

●白菜を漬ける・・・

今日の午後、白菜を漬けました。

40ℓの漬け物樽1つに、教会のミニ菜園で栽培した白菜2個・・・。塩分は、5%。この白菜の漬け物、全部食べてしまうには、1カ月ほどかかりますので、塩分も5%にしました。

その前に、行きつけのスーパーに塩を買いに行ったのですが、商品の差別化のためか、いろいろな塩があります。値段も、何倍も違います。

それで、漬け物を漬けるにはどの塩を選択するか、判断に困った筆者は、近くにいたスーパーの店員さんに尋ねました。

その店員さん曰く、「今、今漬け物を漬けるというのは、白菜ね。白菜なら、この<専売公社>(塩事業センター)の塩がいいわよ。天日塩といって・・・」。

「ああ、そうですか。それなら、この<専売公社>の塩にします・・・」、といって、すすめられた塩を買ってきました。

食料の不正表示問題が巷を賑わしていますが、<専売公社>の塩と聞いて、「ああ、それなら間違いない・・・」と思った筆者ですが、<国>がまさか、不正表示することはないでしょう。

国民にとって基本的な食料は、もう一度、<専売公社>化して、安くていいものを国民に提供していほしい、と思うのは筆者だけでしょうか・・・?

白菜には、塩の他に、トウガラシを5、6本入れました。

このところ、白菜を使った料理をすることが多いのですが、昨日は、奥薗壽子著『おくぞの流・簡単激早たっぷり野菜おかず229』(講談社)にでている、「白菜と油揚げの重ね煮」をつくりましたが、仕事から帰ってきた妻は、「あなた、この白菜の煮物、とてもおいしい・・・」といって全部食べてしまいました。

最近、妻がよくいいます。「同じお米を使って、同じ炊飯器でたいているのに、私より、あなたがセットした方がおいしい。どうして・・・?」

昔、商社に勤めていたとき、ときどき、得意先の社長に料亭に連れて行ってもらいました。筆者が勤めていた商社は、営業担当者の広告宣伝費・交際費は一切なし・・・。信用と情報を提供することで営業活動を展開していました。しかし、夜遅くまで手伝ったりしますと、あと食事に誘ってくださることが多々ありました。

あるとき、「このごはん、おいしいですね。いいお米使っているのですか?」と板前さんにお尋ねしたら、「いいえ、みなさんが食べているのと同じお米ですよ。でも、炊き方ひとつでおいしいごはんになるのですよ。なんなら教えてさしあげましょうか・・・」と言われて、おいしいごはんの炊き方を教えていただきました。最近、それを思い出して、筆者がごはんを炊くときは、その炊き方を実践しているのです。

同じ電気炊飯器を使っても、できあがりはかなり違いが出てきます。

筆者は、<尋ね癖>というのがあります。分からないことはすぐに尋ねる習性があります。長い間一緒に生活してきた妻や娘も、この<尋ね癖>には辟易しているようです。

この<尋ね癖>には、副作用が発生します。それは、<教え癖>・・・。

「ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。」(マタイによる福音書第10章第8節)という言葉はイエスさまの言葉です。

筆者がいうとおりに、2回、おいしいご飯たきに挑戦して失敗した妻・・・。3回目に挑戦する前に、もう一度筆者の炊き方を見てみたい・・・、といいます。それを見ていて、妻曰く、「分かった! 分かったわよ、おいしい炊き方のコツ!」

晩年、どちらが先に倒れるか・・・、それは分かりません。たとへ、どちらが倒れても、それまでと同じ生活、特に、衣食住の生活を維持できる体制は、整いつつあります。貧しい生活が続く分、同じ貧しい生活であっても、楽しみながら生活する知恵が必要です。

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2007年11月26日 (月)

●魚が食べたい・・・

妻が、今日の夕飯には、魚料理が食べたい・・・、といいます。

そこで、午後、行きつけのスーパーへ・・・。魚売り場をうろうろしていたら、店員さんが、近寄ってきてこのように言われます。

「この前の水炊き、上手にできましたか・・・」。

「ええ、おかげさまで・・・」と答えて、その店員さん、この前、煮くずれ起こしやすい<魚>ではなく<豚肉>を使って水炊きをすることをすすめてくれた人だとわかりました。

「今日は何をお探しですか?」と聞かれるので、「塩サバを・・・」と答えますと、その売り場に連れて行ってくれました。

そこには、27日賞味期限の、定価の半額の塩サバが1パックありました。妻と筆者の二人分・・・。

それから、ブリの切り身を2切れ買いました。

こちらの料理方法は、昔から知っているので、その店員の方にはお尋ねしませんでした。

このブリ・・・、京菜をたっぷり入れて煮込みます。

この料理法・・・、昔、農村伝道神学校で勉強していたとき、和泉女子短期大学の声楽の教授が教えてくれたものです。

その教授、筆者が農業実習で作った京菜を好きなだけ持って帰っていい・・・、といったら、抱えきれないほどたくさん持って帰られました。

「そんなにたくさんの京菜、どうやって食べるのですか・・・?」と尋ねましたら、「ブリと一緒に煮込むと、この京菜、いくらでも食べれる・・・」という話でした。

それ以来、筆者は、<ブリ>と<京菜>は、常に<セット>です。

筆者が、農村伝道神学校で学んだ、<農伝風の料理>のひとつです。

魚の焼き物と煮物の料理、今日は少し贅沢すぎたかも・・・。

<農伝風の料理>といいますと、思い出す人がいます。筆者と同じ年、農村伝道神学校に入学した菊地泉氏・・・。<泉>といっても、女の子ではなく、体格のいい男性です。八丈島の出身です。島に帰る都度、八丈名物<くさや>をお土産に持って帰ってくれました。

その菊地泉牧師、関東教区・四国教区の<島>の教会を歴任して、自分の故郷の八丈島の教会に赴任、その在任中に天国に召されました・・・。

今日の<ブリ>と<京菜>の煮物、ちょっぴり苦くて寂しい味がするかもしれません・・・。

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