2009年7月19日 (日)

●読者の方からの御質問に無い知恵をしぼってお答えします・・・

【ご質問】

恐れ入ります。教えていただきたいことがございます。
出版社に勤めておりまして、名言集を編集するにあたり、『アミエルの日記』にあるはずの「己自身の悲しみに身を委ねるのは危険だ。それは勇気と立ち直る希望を奪い去る」が、どの日付の日記にあたるのか探しております。ご存知でしたらご教示いただけますと幸いです。岩波文庫 全四巻河野与一氏訳を数回読み返したのですが、どうにも見つけられません。恐れ入りますが、時間がなく、焦っております。
お忙しいところ誠に恐縮ではございますが、宜しくお願い申し上げます。


【お答え】

コメント、ありがとうございます。

出版社にお勤めとか・・・。つまり、編集のプロ・・・。筆者、『田舎牧師の日記』で繰り返し表明していますように、無学歴・無資格、文学の門外漢です。

プロのあなたが、<岩波文庫 全四巻河野与一氏訳を数回読み返したのですが、どうにも見つけられません・・・>そういう文章を、筆者が見つけることができる可能性はほとんどありません。

筆者にとって、『アミエルの日記』は、座右の銘のひとつですが、あくまで<人生の伴侶>として・・・。いままで、『アミエルの日記』について、文学作品として批判検証したことは一度もありません。

しかし、せっかくのコメントですので、無学歴・無資格の筆者、恥をしのんで、ない知恵をしぼってお答えすることにしました。

筆者が読んでいる『アミエルの日記』は、岩波文庫の<昭和43年2月20日発行・第24刷><全8冊>本です。高校の図書館や公民館で他の訳も読んだことがありますが、たとえば、白水社版・・・、岩波文庫本より、読みやすく、文学的に名訳です。しかし、筆者は、『アミエルの日記』を購入するとき岩波文庫本の河野与一訳を選択しました。理由は、白水社版より読むのが難解であったから・・・。

人に読まれることを意図しないで書かれたアミエルの日記・・・、当然、難解な方がより原文に近いのではないかと思われたからです。

その語も、アミエルの日記の断片はいろいろな文章の中で見たことがありますが、アミエルの日記の訳は実に多種多樣です。

ご質問のあった、「己自身の悲しみに身を委ねるのは危険だ。それは勇気と立ち直る希望を奪い去る」ということば、もし、そのことばを『アミエルの日記』から引用したのであれば、岩波文庫の『アミエルの日記』とは別訳の可能性があります。白水社版の文学的表現にとんだ『アミエルの日記』に目を通されてはどうでしょうか・・・。

といっても、編集の締切りまでかなり逼迫しておられるご様子・・・。

参考になると思われるアミエルの言葉をご紹介もうしあげます。

それは、岩波文庫『アミエルの日記』(8冊本)第5巻(筆者4巻本は読んだことがありませんので、割愛されてなければ、4の3巻に収録されていると思われます)の205ページにつぎのようなことばがあります。

<涙の歡樂に浸るのは危険である。それは勇氣を挫いて、癒らうといふ意志さへもなくしてしまふ。>1871年12月29日の日記の末尾)

アミエルは詩人でもありますので、その日記の中に突然詩的表現が登場してくることは決してめずらしくありません。上記の文章の<涙の歡樂>もそのひとつです。『アミエルの日記』の主題に<涙>があり、アミエルが<涙>について、文学的・詩的に分析していることは、あなたもご存知のことと思われます。それを前提にこの<涙の歡樂>を読めば、違和感なく理解することができるのですが・・・。

しかし、日本の読者に、アミエルの真意を伝えるために、翻訳者が、詩的表現を散文表現に意訳して訳出することも十分考えられます。いわゆる、翻訳における<名訳>です。

岩波文庫『アミエルの日記』版の河野与一訳で、<涙の歡樂に浸るのは危険である。それは勇氣を挫いて、癒らうといふ意志さへもなくしてしまふ。>と訳されていることば・・・、原文から英訳、原文から日本語訳、英訳から日本語訳の過程の中で、<意訳>に<意訳>が重ねられて、あなたがコメントの中で引用されている、「己自身の悲しみに身を委ねるのは危険だ。それは勇気と立ち直る希望を奪い去る」という訳になっている可能性もあります。

筆者の手元に、白水社版の『アミエルの日記』はありませんし、原文・英訳もありません。あなたの方で確認してください。インターネットで英訳の引用文を検索してみましたが、該当する英訳は検出することはできませんでした。

コメントで質問されましたので、コメントでお答えします。

  

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2009年3月 6日 (金)

●諏訪三郎著「大地の朝」・・・

インターネットの古書店に注文していた諏訪三郎著『大地の朝』を入手しました。

諏訪三郎は、妻の実家のある東北福島の湖南町出身の小説家・・・。

以前、やはりインターネットの古書店で、諏訪三郎著『家』を入手しましたが、この『家』という小説には、妻が子どものころ過ごした、湖南町の赤津村の自然がかなり詳しく描写されています。

昨年、妻の実家を尋ねたとき、期せずして、諏訪三郎の研究家であり、その親類筋にあたる湖南町史談会会長・秋山雄記氏に、諏訪三郎とその著作について御教授いただく機会を得ました。

この春も、秋山雄記氏を尋ねて、お話をお伺いできたらいいのですが・・・。

「白い煙が、もくもくと、霧の中を走って行った。東北本線の下りである。まだ、朝日の昇らない、稲田や桑畑には、一面の濃い霧がたちこめて、遠い野の涯は、夢のように、ぼーっと霞んでいた。その一角から、肩をいからした安達太良山が、暁の中に、うっすらと姿を匂っはしている・・・」という言葉ではじまる諏訪三郎著『大地の朝』・・・。

『大地の朝』を精読して、秋山雄記氏を尋ねることにしましょう。

   
   

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2007年11月22日 (木)

●鬼心なければ鬼人なし・・・

高野長英の言葉にこのような言葉があります。

「我身に鬼心なければ、何れの里にも鬼人なし」。

<人はみな同じ・・・。そこに鬼人などいるはずがない・・・。それでも、鬼人がいるように見えるのは、そう見る人のこころの中に鬼心があるからだ・・・>。

部落差別に置き換えて言えば、こういう表現になります。

<人はみな同じ・・・。そこに賤民などいるはずがない・・・。それでも、賤民がいるように見えるのは、そう見る人のこころの中に差別的なこころがあるからだ・・・>。

幕末の医師・高野長英の獄中書簡「わすれがたみ」(別名、鳥の鳴音)の一節です。

「我身に鬼心なければ、何れの里にも鬼人なし」。

教会の庭でたわむれる二羽のジョウビタキの姿を写真にとりながら、筆者の脳裏に、この「我身に鬼心なければ、何れの里にも鬼人なし。」という言葉が過って行きました。

筆者の若かりし日に目にした言葉です。今は、筆者の血となり肉となり、意識に登ることはほとんどありませんが、二羽のジョウビタキがこの言葉を思い起こさせてくれました。

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●捨てなかった愛読書・・・

昔、神学校に入ったとき、出身教会の牧師から、「献身するときは、何も持っていなかいように・・・」とアドバイスされました。

「本もですか・・・?」
「本もです」。

しかし、筆者は、そのアドバイスにも関わらず、筆者の愛読書だけは持参しました。

それは、『聖書』・『岩波英和大辞典』・『源信』・『法然・一遍』・『親鸞』・『キリシタン書・排耶書』・『民衆運動の思想』・『近世科学思想』・『渡辺崋山・高野長英・佐久間象山・横井小楠・橋本左内』・『貝原益軒・室鳩巣』・『新井白石』・『熊沢蕃山』・『山鹿素行』・『石門心学』(以上岩波日本思想大系)・『折りたく柴の木』・『ファウスト』・『パンセ』・『アミエルの日記』(全8巻)・『万葉集』・『ラートブルフ法学入門』・『同法哲学』・『講座・哲学大系』(全6巻)。

神学校に入るとき、全てを捨てないで、上記の愛読書を手元に残したことが、筆者の牧師としての生涯にどのような影響を残すことになったのか、分かりませんが、それは、筆者が洗礼を受けた<端典組合教会>の宣教師の影響によります。

「クリスチャンになることは、日本の歴史と文化を否定することではありません。日本の歴史と文化を認めた上で、それでなおかつクリスチャンであることをまっとうしなければなりません・・・」。

「日本のキリスト教を歪めたのは、欧米のキリスト教の教派主義です。あなたは、教派主義ではなく、聖書のみに立脚して、日本の社会をキリスト者として生きるべきです」。

高校3年生のときに、宣教師から教えられたことは、60歳を迎えようとする筆者のものの見方や考え方の中に、いまだに息づいています。

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