●歳のせい・・・?
歳のせいでしょうか・・・?
日本基督教団の牧師になるために農村伝道神学校で勉学していた時代が懐かしくなるのは・・・。
農村伝道神学校で学んだ4年間、筆者が学んだ人は、その教授たちだけではありませんでした。
「馬鹿(学歴のないもの)には教えない」と言われて、その学科の単位取得を放棄したことも何度かありますので、すべての教授から学んだわけではありませんが・・・。
当時農村伝道神学校の事務長をされていたのは、笹渕昭平氏でした。笹渕事務長は、東京大学出身・・・。筆者が、生まれてはじめて出会った東京大学出身のひと・・・。
筆者は、興味津々で、授業の合間に、事務室に行っては、彼に話しかけていました。
事務室で、ドイツ語の神学書を注文して、それが届いたとき、その神学書を開いてビックリ、なんと「ヒゲ文字」で書かれているではないですか・・・。
書店の人に、普通の文字の本に取り替えてください・・・、とお願いしていたら、笹渕事務長に、「君、なんてことをいってるんだ。ヒゲ文字程度に恐れをなさないで、読みなさい!」と一喝されました。
筆者が笹渕事務長から学んだのは、特に、天皇制の問題・・・。課外授業としての、笹渕事務長からの天皇制の<講義>は、今も、筆者に大きな影響を与えています。
当時、農村伝道神学校の付属幼稚園の教師をしていた、今の妻との結婚について相談したところ、履歴書を見せてくれたり・・・して、その結婚をすすめてくれました。
いろいろな場面でお世話になった笹渕事務長ですが、いつも不思議な思いを持っていました。東京大学を出て、どうして、農村伝道神学校の事務長をされているのか・・・、と。
農村伝道神学校の事務室には、もうひとり事務職員の方がいました。
東北出身の女性の方で、その話す言葉は、<東北弁>・・・。堂々と、<東北弁>で話すその方には、尊敬の思いすら持ちました。
筆者が結婚した妻も、東北の出身ですが、やはり、<東北弁>に誇りをもっています。<言葉なまりはお国の手形>・・・。
神学校時代のことがなつかしく思い出されるのは、歳をとったせいかもしれません。
今年の教会のクリスマス対外献金・・・、農村伝道神学校にすることを、12月の役員会に提案することにしましょう。時々は、個人的にも農村伝道神学校に献金することにしましょう。
筆者が、神学生時代に、Handbuch Zum Neuen Testament、新約聖書のKritisch-exegetischer Kommentar、新約聖書のTheologischer Handkommentar、キッテルの新約聖書神学辞典、カールバルトの教会教義学など、ドイツ語の神学書を入手することができたのも、笹渕事務長が、農村伝道神学校内部のアルバイトを提供してくださったおかげです。
英語やドイツ語の神学書・・・、いままで、マーカーをつけることもメモ書きをすることもありませんでした。大切に扱ってきたのですが、今回、意を決しました。『部落学序説』執筆の資料と同じく、「本」としてではなく、「資料」として取り扱うことにしました。
手持ちの神学書を読破する目的は、「聖書と差別」、「キリスト教と差別」を批判・検証すること・・・。
それにしても、当時の農村伝道神学校の笹渕昭平事務長、東京大学出身にも関わらず、学歴・資格による差別意識をほとんど筆者に感じさせなかったのはなぜなのでしょう・・・?
笹渕昭平事務長は、その後、牧師になり、今は、沖縄教区の教会で牧師をされているそうです・・・。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

最近のコメント