2009年12月18日 (金)

●妻の実家から餅が届く・・・

今日、東北福島湖南町の妻の実家から餅が届きました。

この秋、妻の実家を尋ねたとき、おとうさんが、<餅つき機が故障した>というので、筆者、自分で修理・・・。どうやら、餅つき機、順調に作動しているようです。

宅急便で届いたお持ちを前に、妻の実家に電話・・・。おかあさんと少しく話しをしましたが、今日は、雪が降っているとか・・・。約10cm程度・・・。

あとで、湖南の町に入るための7つの峠のうち、ライブカメラが設置されている三森峠・黒森峠・誠至堂峠、猪苗代湖畔・上戸・熱海の画像をインターネットで見てみますと、どうやら10cm以上積もっている様子・・・。

今年はじめての積雪・・・。おとうさんもおかあさんも、そして、昨日電話で話しをした筆者のむすめも、うれしそう・・・。妻の話しでは、雪がふりはじめると、逆に暖かくなるのだとか・・・。雪が積もる前の季節が一番寒いようです。

湖南町の郷土資料をひもといてみますと、明治43年の初雪は12月16日。翌年の明治44年最後に雪が降ったのは4月1日。湖南町は、これから3ヶ月半に渡って、雪が降る季節に入ります。最後の雪が降るころには、すでに雪解けがはじまっています。

妻と娘の電話での会話・・・

妻<クリスマスプレゼントに何か衣類でも送ってあげましょうか?>
娘<衣類は要らない。山口で手に入る衣類、こちらではほとんど役に立たないから・・・>。
妻<それもそうよね・・・。じゃあ、何がいい・・? お菓子?>
娘<こちらの方が東京に近いからいろいろ銘菓が手にはいるから・・・。同じ送ってくれるなら、<豆子郎>がいいわ・・・>。

娘が大学に進学するために山口の地を離れてもう10年・・・、いまでは、すっかり西日本人を返上して東日本人になってしまったわが娘・・・、山口を思って懐かしくなるのは<豆子郎>ぐらいなのでしょうか・・・。

<豆子郎>は、山口のういろう・・・。名古屋のういろうよりおいしい・・・。そう思うのは、筆者も同じなのですが・・・。

これから、毎日、福島のライブカメラを見ながら、日々を過ごすことになりそうです。

  

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2009年1月 8日 (木)

●東日本人(妻)と西日本人(夫)・・・

2009年1月6日、筆者のメールボックスに以下のメールが送付されてきました。

「こんばんわ。いつも、ホームページを楽しく拝見させていただき、被差別部落のことにつきましても、読ませていただきまして勉強させていただいております。私の妻も、福島県の出身でございまして、以前は、会津の中学校で社会科教員として勤務いたしておりました。私も会津には何度か訪ねましたが、いいところですねえ。磐梯山や猪苗代湖の景色には、感動いたしました。今後とも、研究活動にご精進いただきまして、益々のご活躍をお願いいたします。平成20年9月7日 松本 ひとし」

メールの末尾の作成日時「平成20年9月7日」と筆者が受信した日時「2009年1月6日」が大きくことなりますので、このメールに返事をさしあげていいものかどうか、迷っていました。

「松本ひとし」・・・、という方は、インターネットでその名を知られた人で、兵庫県高砂市の市会議員をされている方・・・。市会議員になられる前は、兵庫県警に勤務されていたかたで、今も警察・公安関係とつながりがあるお方のようです。本当に、「松本ひさし」氏なのか・・・、メールヘッダを調べてみました。

Return-Path: matukin3@ybb.ne.jp
Received: 6 Jan 2009 11:38:19
X-Apparently-From:
<matukin3@ybb.ne.jp>
Message-ID:・・・
From: "MATUMOTO Hitoshi"
<matukin3@ybb.ne.jp>
To: <kandysys@nifty.com>
Subject: ・・・
Date: 7 Sep 2008 21:00:30
MIME-Version:・・・
Content-Type: text/plain;・・・
Content-Transfer-Encoding:・・・
X-Priority: ・・・
X-MSMail-Priority:・・・
X-Mailer: Microsoft Outlook Express
X-MimeOLE: ・・・
Status:・・・
X-UIDL:・・・

最初の日付(6 Jan 2009 11:38:19)は、筆者がこのメールを受信した日時・・・、2番目の日付( 7 Sep 2008 21:00:30)は、このメールが作成された日時・・・。2番目の日付と、メール本文の日付が同じです。

またこのメールアドレス、兵庫県高砂市の市会議員松本ひとし氏の公開されたメールアドレスと同じです。そして、このメールのメールヘッダの「X-」ではじまるフィールド、Yahooのメールヘッダの形式のようなので、このメール、兵庫県高砂市の市会議員松本ひとし氏から発信されたメールに間違いなさそうです。

メールを作成されてから、筆者に送信されるまでに、4ヶ月が経過されたようです。

このメールに対して、その内容を筆者が、兵庫県高砂市の市会議員・松本ひとし氏の了解なくして公開していいのか・・・、の検証をしました。その結果、筆者に送られてきたメールの内容は、すでに、松本ひとし氏がインターネット上で何度も公表されていることであり、<私信>として<極秘>扱いする必要がないと判断させていただきましたので、今朝、返事を送信させていただきました。

網野善彦は、なにかの本に、<東日本人と西日本人が結婚する事例は、今日に至っても極めて少ない・・・>と書いていましたが、兵庫県高砂市の市会議員・松本ひとし氏御夫妻は、兵庫(西日本)と福島(東日本)・・・、筆者も、岡山(西日本)と福島(東日本)・・・。当然、東日本生まれの<妻>から受ける影響大で、ものの見方・考え方が自然に知・情・意に影響してきます。

一番大きな影響は、知らず知らずのうちに、会津の、<ならぬものはならぬ>・・・という武士道の精神をたたきこまれること・・・。そして、長州・薩摩の一方的なイデオロギー史観から自由になって、歴史を<公正>に眺めることができるようになること・・・。筆者、それは、人間としてのはばを広げるいとなみになると思っていますが、兵庫県高砂市の市会議員・松本ひとし氏のおひとがら・・・、なにとなく受容・共感されます。

それにひきかえ、典型的な<西日本人>が、兵庫県丹波篠山市の市会議員・植村昌義氏・・・。同じく、典型的な<西日本人>の範疇に入る、岡山の中学校教師・藤田孝志氏と、そのHP/BBS/ブログを管理されている情報処理の専門家あひるさん・・・、最近は<冬眠>されているようで、筆者、さびしい限りです。

<ならぬものはならぬ>・・・精神の前に、姿を隠すようでは・・・。

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2008年10月17日 (金)

●布引山から会津磐梯山をのぞむ・・・

Y81524293日目の昼、独りで会津布引山にのぼりました。

といっても、車で・・・。

郡山駅周辺のトヨタのレンタカーを借りていましたので、その車で・・・。

平日とあって、風力発電所のある布引山に登る人々はほとんどいません。広大な布引高原に、観光客の車は、筆者の車含めて3台・・・。会津布引山を下るときに、3台の車がのぼっていっていましたから、ほとんど<誰もいない高原・・・>。

そのため、道に自由に車をとめて、デジカメで撮影することができました。

今回、はじめて、布引高原から、会津磐梯山とその山麓の町並み、そして、その前にひろがる猪苗代湖を展望することができました。湖南町の湖畔の道を車で走っていると、猪苗代湖は、瀬戸内海の見間違うような光景が続きますが、布引高原から見下ろしますと、それが湖であることがはっきり分かります。

広大な布引高原で道に迷っても、会津磐梯山を確認できれば、自分の位置を確定することができそうです。

秋の布引高原・・・。ススキがいっぱい咲いて、とてもきれいでした。

展望台にのぼるときも人影なし・・・。その登山口には、「熊に注意!」とありました。山口で出没する熊との接し方は、筆者、知らないのですが、福島に出没する熊については、娘から聞かされてなにとなく知っていますので、独りで、「熊に注意!」と立て札のある登山道へ・・・。

この前、妻と一緒に散策した、山口の秋吉台のススキより、福島の会津布引山のススキの方が、きれいに見えました。高原を駆け抜ける秋の風に穂をなびかせるススキたち・・・、その上を、風力発電の風車の影が過っていきます。

布引高原は、紅葉がはじまっていました。

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●旧白河街道を通って会津へ・・・

今週月曜日から木曜日までの4日間、東北・福島の妻の実家を尋ねました。

妻のおとうさんの<お見舞い>です。といっても、脳梗塞後のリハビリによって、今は、ほんどん後遺症がなくなりました。元気な姿をみることができて、ほっとしました。

4日といっても、行きと帰りにそれぞれ1日使いますので、おとうさん・おかあさんと話ができるのは中2日間だけです。2日目は、おとうさん・おかあさんと筆者の3人で、会津若松市内の<親類>の家を尋ねました。

筆者、どうやら、会津若松の住人と姻戚関係になったようです。尋ねた先は、筆者の立場からしますと、義理の従姉妹の家・・・。義理の従姉妹にあたる人は、筆者の姉とほぼ同じ年代で、昨年脳梗塞をわずらい目下自宅療養中・・・。

妻の実家の前を国道294号線が走っていますが、その道を西に向けてひたすらはしりますと、会津若松市内に入ります。普通は、国道49号線の広い道を通って会津若松市内に入るのですが、おとうさんが、「信号のない近道を通っていこう・・・」といいます。

その道というのが、昔からある白河街道・・・。

西日本の広葉樹林の街道と違って、白河街道は針葉樹林の道が続きます。少しずつ黄葉・紅葉をはじめた木々の美しさを堪能しながら、やがて、会津若松市街が一望できる峠にさしかかりました。

雑木林の続く街道をおりて、会津若松市内に入った場所は、あの会津白虎隊の少年たちが命をささげた飯盛山周辺・・・。

妻の実家のある湖南町から、白河街道を通って、会津若松市内に至る道は、とてもいいドライブコースでした。秋が深まり、全山紅葉すると、とてもきれいだろうな・・・、と頭の中でその光景を想像しながら、車を走らせました。

おとうさんは、一番上のお姉さんの娘さんに、脳梗塞を患ったあとのリハビリの方法を、自分の経験を踏まえて話していました。

今回の妻の実家のある、東北・福島の湖南の旅・・・。

湖南町から出たのは、そのときだけで、あとは、湖南町から外に出ることはありませんでした。朝はやくから夜遅くまで、おとうさん・おかあさんと話しに花を咲かせました。

夜は、持っていった本を開いて<読書三昧>・・・。

東北・福島の朝は、山口の朝より、30分ほどはやくやってきます。毎朝、実家の周辺を1時間から1時間半ほど、妻があたらしく入手したデジカメをもって、散策しました。太陽の光りが差し込み、黄金の田が輝くのをみるのは、筆者、はじめての経験でした。

日頃、旅をすることがない筆者、義父のお見舞いの旅も、充分<旅>の気分を味わうひとときになります。

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2008年6月14日 (土)

●娘から電話、大きな地震があったという・・・

教会の庭の草花に水をやっているとき、娘から電話がありました。

東北で大きな地震があったとか・・・。

娘も心配して、福島県の湖南に住んでいるおじいさん、おばあさんに電話したそうですが、連絡がとれないという・・・。それで、筆者の方から妻の実家に電話をかけることにしました。やっとつながったのが30分後・・・。

おとうさんは家に、おかあさんは畑に・・・。大丈夫だということで、おかあさんが畑から帰ってきたら電話をしてもらうことにしました。

妻の実家に戻れる日はまだ先のこと、少しでも元気で長生きしてもらわないと、親孝行ができない・・・。

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2007年11月 1日 (木)

●会津みしらず柿届く・・・

妻の実家から、今年も<会津みしらず柿>が送られてきました。

福島県は、柿生産の北限の地・・・。

会津以北には、柿は生産できません。会津の柿は、渋柿ですが、<会津みしらず柿>は、その渋みをとったもので、とても甘い柿です。

毎年、晩秋に、妻の実家から、この<会津みしらず柿>が送られてきます。

この<会津みしらず柿>の種を、教会の庭に蒔いていたら、芽が出て、今、少し大きな柿の木に育っています。今年は裏作なので、2個しか実をつけていませんが、山口の地で一般的に渋柿といわれているものは、西条柿のように細長い形状をしています。しかし、<会津みしらず柿>は、富有柿の形状をしています。

妻の実家から送られてきた<会津みしらず柿>、生産者の名前は、「星正之」さん・・・。

「星」という姓にしても、「正之」という名前にしても、会津の歴史と文化、自然と伝統に染め抜かれています。

妻の実家のおとうさん、典型的な「会津人」です。

そろそろ、教会の裏庭になった<会津みしらず柿>2個を収穫して、渋をとって、自家製<会津みしらず柿>を作ってみることにしましょう。

お隣のおじさん、東北山形の出身ですが、その庭になっているのは、富有柿です。形状はにていても、こちらの方は甘柿・・・。ほとんどは、鳥たちの餌になっているようです。この柿も今年は裏作・・・。やはり2個しか実をつけていません。

私たちよりも早く、父祖の地に戻って住むようになった娘のところにも、同じ<会津みしらず柿>が届いたようです。

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