今日、国道2号線沿いのBOOK・OFFに立ち寄りました。
目当ては、以前として、105円コーナーです。
今日、購入したのは、ペリン著『鉄砲を捨てた日本人』(中公文庫)・西垣通著『ウェブ社会をどう生きるか』(岩波新書)・矢野直明著『インターネット述語集』(同)の3冊。
その帰り、同じく国道2号線ぞいの宮脇書店に立ち寄りました。
店内の書籍をさあっと一瞥したあと、購入したのが、團藤重光著・伊東乾編『反骨のコツ』(朝日新書)。
新書の帯びにこのように記されていました。「日本刑法の父・團藤重光・93歳に学ぶ、元気の出る反骨のススメ」。
「團藤先生は、もう93歳になられたのか・・・」と、その新書版を片手にひとり感慨にひたっておりました。「團藤先生・・・」と呼ぶのは、尊敬を込めてそのようにお呼びするだけで、無学歴・無資格の筆者には、当然、「團藤先生」とは一面識もありません。
筆者が、高校3年の3学期、筆者の父が倒れて、大学進学が夢と消えてしまいました。進学を断念しただけでなく、倒れた父親の看病と家計を支えるために、「長男」として、苦節の10年を過ごしました。
高校の同級生が大学で勉学しているとき、筆者は、自分でカリキュラムを組んで、大学で学ぶ科目を独学していましたが、法学を学ぶとき、刑法は、團藤重光著『刑法綱要』・『刑事訴訟法綱要』をテキストとして使用していました。
そのとき学んだ知識は、『部落学序説』を執筆するとき、筆者の「非常民論」・「新けがれ論」の知的背景として何らかの形で今も影響しています。
戦後の社会的混乱期、生き延びるために、多くの青少年が犯罪に走りました。團藤重光氏は、戦争に「加担」して、国民の、特に、青少年に、癒しがたい傷を負わせたことに深い憂慮の思いを持っておられました。その中から、青少年の犯罪に対する社会的責任と死刑回避の論を立てられたように記憶しています。
戦後の混乱期の青少年犯罪と、戦後の高度経済成長を経験したあとの青少年犯罪との間に異質性を感じている筆者は、最近、光市母子殺人事件のような事件に対しては、死刑やむを得ず・・・、と思いはじめていますが、それでも、團藤刑法から受けた影響は少なくないものがあります。
たとえ新書であったとしても、その著者名と書名を見ただけで購入を決める・・・、というのは、筆者にとっては久々のことです。
『反骨のコツ』・・・。
ゆっくり読んでみることにしましょう。
最近、岡山県出身の学者・研究者・教育者に対するイメージが壊れつつあるので、この本を読んで、少しく修復をはかることにしましょう。
筆者が中学校3年生の3学期・・・、筆者の尊敬すべき教師が、公金横領事件で逮捕されるという事件がありました。そのとき、中学校教師に対する「失望」感は、その教師に教えてもらったことのある生徒に深く静かに広がって行きましたが、最後まで、そのことと苦しんだのは、筆者ではなかったかと思っています。最近、岡山県出身の学者・研究者・教育者の「現実」の姿をみせられるにつけ、「さも、ありなん・・・」と思うようになっています。
團藤重光著『反骨のコツ』を読むことで、岡山県出身の学者・研究者・教育者の真のイメージを回復できそうです。
その書の最後のことば、「気骨を持って進むとき、何かにぶつかることがあるでしょう。ぶつかると跳ね返りますね。そこで「反骨」になる。そのとき囚われた目で見るのではなくてね、あるがままを見て、そこで「正義」を実践する・・・正義の実践には反骨をも辞さない・・・」。
93歳のお歳で、なおかつ青年の意気に燃えておられる團藤重光氏・・・。深く頭の下がる思いがします。
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