無学歴・無資格の宿命・・・
筆者、今年、満60歳になりましたが、60歳は、世の中一般で言われている<還暦の年>・・・。
テレビのニュースで、赤いちゃんちゃんこを着て、還暦を祝う団塊の世代の男女の姿を見て、筆者、限りなく違和感を感じていました。
確かに年齢は、彼らと同じく団塊の世代に属するが、筆者、精神的には、彼らと同じ団塊の世代に列することはない・・・、と。
なぜなら、彼らは、60歳になるまで、<功なり名をとげて>大成して、その歳を祝っているのでしょうが、無学歴・無資格、田舎牧師の筆者・・・、日々、その日その日の生活と闘いに追われる日々・・・。
牧師の本業の他に、副業の情報処理、生活のための園芸、趣味のための『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆、そして、最近とみにウエイトを増しているのが、晩年の人生を有意義に生きるための生活学・・・、学んで、身につけなければならない知識と技術があまりにも多すぎます。
長く続いたその日暮らしが長かったため、筆者、仕残したことがあまたあります。
そのひとつに、昨日、入手した、岩波文庫7冊の読書があります。『資本論』・『帝国主義』・『家族・私有財産・国家の起源』・『歴史哲学講義』・『雇用、利子および貨幣の一般理論』・『自由と社会的抑圧』・『犯罪と刑罰』・・・。
いままで避けてきたことを、避け続けることをよしとせず、その世界を理解するために、60歳にして、挑戦することにしました。
それらの本を読みはじめて思うのですが、その内容が、筆者の精神世界にすっと入り込んできます。無学歴・無資格の筆者、若いときにひもといてほとんど理解することができなかった、それらの本の内容が明瞭に理解できるようになっているのです。
それらの本を読んで内容を把握するには、筆者、60歳の人生の歳月が必要だったということでしょうか・・・。人間として成長するまで、それらの本の精神世界に入っていくことができなかった・・・。
ベッカリーア曰く、「ひさしい間、悲しむべきあやまりの海にただよい、じぶんたちの生存と自由とをあやうくしたあとでなければ、苦しみぬいてどん底まで行きづまったあとでなければ、人間はおしひしぐ害悪に対して手段を講じる決心をしない・・・」。
ベッカリーア、「この真理は・・・俗人の精神・・・にはとらえられない」といいます。
「俗人の精神」とは、「対象を分析する能力がなく、他人から与えられる印象を無批判に言葉の上でだけ受け入れるように習慣づけられた精神」のことだそうです。
インターネットの2チャンネルとやらで、「吉田無学」なる人物が、筆者の『部落学序説』の各項を2行で要約、その後、<議論>を展開されているようですが、「吉田無学」なる人物、筆者の『部落学序説』の一番肝心な<教説>を無視、『部落学序説』を、日本の歴史学に内在する差別思想である賤民史観の海に引きずり込もうとしているようです。
「吉田無学」なる人物、ベッカリーアのいう「俗人の精神」の持ち主か、それとも、「俗人の精神」の持ち主を演じているに過ぎないのか・・・。
筆者が期せずして選んだ7冊の岩波文庫・・・。どの本も、知識階級・有閑階級の<暇>の産物ではなさそうです。<権威・権力>から迫害され、「文字通り生命の危険」に直面しながら執筆された書のようです。いたずらに世の批判、権力からの抑圧にさらされないように、「遠まわしの上にも遠まわしの言い方をし、あるいはほとんど反たいにしかとれないほどにまで反語的な言いまわしをしている・・・」といいます。
それでも、避けることができない「わるい底意をもった批評家」の「攻撃」・・・、ベッカリーアはその対処法を書き残しています。「それじしん自己むじゅんしているウソや、狂信者たちのあやまった憤激や、憎悪や、しっとからくるひきょうな中傷」に対して・・・。
耳をかたるべき「批評」と、退けるべき「批評」とを、区別する方法を・・・。
「人目にかくれて、うちすてられた書斎のすみから、実をむすぶまでに永い時間がかかる有用な真理の種を民衆のあいだにまく勇気のあった哲学者・・・」、すこしく<傲慢>が許されるとしたら、筆者、ベッカリーアがいう<哲学者>に連なるものでありたいと願います。
ベッカリーア著『犯罪と刑罰』を最初に読んだのは、大学進学が許されず、ゲーテの『ファウスト』に出てくる中世の学問、神学・哲学・法学・医学を独学することを決心して、自らカリキュラムを組んで、独学していた20代の頃・・・、いまから40年前の話しです。
昔、読むのに難航した書物も、60歳の年齢を数えると、手にとるように読めるようになるらしい。そういう意味では、歳をとることも決して悪いことではなさそうです。
「人目にかくれて、うちすてられた書斎のすみから、実をむすぶまでに永い時間・・・」をかけて、はじめた『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆・・・、筆者の、田舎牧師としての人生に、その機会を与えてくださった神に、こころから感謝することにしましょう。
若いときに学んだこと・・・、それは、決して無駄になることはない・・・。
長い人生の歩みの中で、いつかかならず豊かな実を結ぶことになる・・・。
「苦しみぬいてどん底まで行きづまったあとでなければ」到達することができない真理のあることも忘れてはならない・・・。
人生の真の意味は、与えられた人生を最後まで歩みきってみないとわからない・・・。
形あるものはやげてくずれる・・・。
目に見えるものより目に見えないもの、人間が人間であり続けるためにもっとも大切な<真理>・<真実>に目をそそがなければならない・・・。
<停滞>は、<前進>のひとつの形態に過ぎない。
<停滞>せざるを得ないからといって、自らを人間として<後退>させべきではない・・・。
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