2009年12月11日 (金)

●戦争における<人殺し>の心理学・・・

今朝、筆者のクライアント・サーバーシステムの保守作業が無事完了したことを確認・・・。

午前中、各種事務処理に追われました。年末、<師走>という言葉の通り、田舎牧師・貧乏牧師である筆者、<負債>と<税金>を清算すべく走り回りました。手元に残された金額を見ながら、これで年を越せるのか、不安になります。

ついでに、国道2号線沿いの宮脇書店に立ちより、店内を散策・・・。出版不況といわれながらそこにはおびただしい数の新刊が並べられています。筆者が今日、散策したコーナーは、心理学・歴史学・哲学・社会学・農学・情報処理学、そして新書判と文庫本のコーナーですが、心理学関連の本・・・、膨大ですね・・・。どうして、こんなに心理学の本がはやるのか不思議です。

無学歴・無資格、心理学の門外漢の筆者、インターネットの<日本の古書店>経由で入手した医学的人間学・医学的心理学の基本的な教科書だけで十分です。

といいながら、文庫本コーナーで、デーヴ・グロスマン著『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫)を購入しました。文庫本なれど1500円・・・。

アメリカの某陸軍士官学校の教科書。アメリカの兵士が戦場でストレスやコンプレックスに陥ることなく、職務を十分遂行することができ、敵兵を平然と殺害できるようになるための心理操作・・・?

敵兵を殺すことができない兵士を心理学的に操作して敵兵を殺すことができる存在にしたてる心理学・・・?

こんなことを書くと、学者・研究者・教育者からまた心配をされるかもしれません。<心理学の専門家でない、ずぶの素人がそんな本を読んで、表面的な理解で、他者に心理分析や心理療法を適用するなどもっての他・・・。素人は素人らしく、血液型の心理学ででも遊んでいろ・・・>。

アメリカだけでなく、日本の社会においても、戦前は、<軍事心理学>が盛んに行われました。戦後は、あまり目にすることがなくなりましたが・・・。

<精神分析>に関する本を読んでも<精神療法家>のまねごとをするわけでも、<人殺しの心理学>に関する本を読んでも、それで<人殺し>や裁判所調査官のまねごとをするわけでもありません。

『戦争における「人殺し」の心理学』を翻訳された安原和見氏、<訳者あとがき>の最後でこのうように記しておられます。「理解することには大きな力がある。理解は問題解決の第一歩だ。その意味で、戦争を憎む人にも、必要悪として認める人にも、あるいは積極的に肯定する人にも、考え方の違いを超えて読んでほしい一冊だ」。

部落史研究・同和教育研究・人権教育研究の分野では、被差別部落の歴史を知り、その起源や差別構造を解明し理解することに否定的な見解が多いようですが、安原和見氏のいう、<著者も述べているように、理解することには大きな力がある。理解は問題解決の第一歩だ・・・>。理解することなくして、問題解決への道はない・・・。

仏教の教典を読めば仏教徒に、基督教の教典を読めば基督教徒に、論語を読めば儒教徒に、祝詞を読めば神道の教徒になると考えているひとは、デーヴ・グロスマン著『戦争における「人殺し」の心理学』は読まない方がいいのかもしれません。

<人殺しの心理学>を読んで、人殺しになってはいけないから・・・。

基督教の教典である<聖書>を読んだだけでは基督教徒になることができないことを知っている筆者、仏典も論語も祝詞も読みます。宗教改革者マルチン・ルターのいう、<~からの自由><~への自由>を知っているがゆえに・・・。

この<~からの自由><~への自由>・・・、宗教改革の時代だけでなく、戦後の社会においても重要な意味を持っているようです。

リースマン著『孤独なる群衆』の簡約版の序文にこのようなことばが出てきます。「「孤独」なる群衆」は「からの自由」の問題を「への自由」の問題よりもさらに重要な問題として強調した。そして、読者たちも同じようなことを考えているに違いない。・・・しかしながら、私生活化を論ずるにあたっては、われわれはむしろ「への自由」を強調した。・・・今日のわれわれの日常生活と違って個人がそれぞれの能力を開発し、かつ人間が自分自身についてすっきりした感覚を持つことのできるような自律性を可能にするようなユートピアについて、われわれはもっと語るべきであったのかもしれない・・・」。

1960年代に突入したアメリカの社会学者のことばです。

「への自由」、いまだに<ユートピア>として理解されているのでしょうか・・・?

  

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2009年11月30日 (月)

●うさんくさい心理療法家・・・

『心理療法序説』の著者・河合隼雄氏がこのようなことを記しています。

「心理療法というのは一般に誤解されている面が強く、心理療法家が医者のようにして「治してくれる」と思われている。・・・それほど簡単に人間が変えられるなら、心理療法家やカウンセラーという人たちが、まず自分を改造して「立派な人」になっているはずである。実在の心理療法家たちを見れば、そんなことは不可能であることがよくわかる」。

筆者、このことばに妙に納得することができます。

筆者、前々から、<心理療法家やカウンセラー>など、<うさんくさい人が多い・・・>と思っていましたが、やはり・・・。

最近は、小・中・高において、あるいは大学においても、<学校心理士><学校カウンセラー>が配置されていますが、幸か不幸か、筆者、いままでまともな<学校心理士><学校カウンセラー>に遭遇したことがありません。河合隼雄氏曰く、<わが国では専門的に訓練を受けていない人がカウンセラーとしてはたらいていることがある・・・>。このことも大きく影響しているのかもしれません。

筆者、こころの科学は、心理学ではなく、神経病学・精神医学・精神衛生学の範囲にとどめることにしましょう。

  

  

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2009年11月25日 (水)

●境界性人格障害からの回復・・・

インターネットの<日本の古本屋>で、<境界例>に関する古書を検索していて、レイチェル・レイランド 著『ここは私の居場所じゃない―境界性人格障害からの回復』に遭遇・・・。

筆者、迷わず、この本を発注しました。

『部落学序説』の執筆継続のための資料としてではなく、筆者の本業である牧師の職務遂行のための参考資料として・・・。

<日本の古本屋>・・・、ほんとうに、筆者のような無学歴・無資格の存在にとっては、<独学>の強~い味方ですね。

筆者、家の都合で大学進学ができなくなったとき、筆者が勉学したかった大学のカリキュラムを入手して、そのカリキュラムにあわせて、岡山の丸善や紀伊国屋書店で大学の教科書として採用されている書籍を購入、それで<独学>をしていましたが、インターネットが普及した現在では、その<独学>、もっと簡単になりました。

最近、東大や京大の学生の間で外山滋比古著『思考の整理学』(ちくま文庫)が愛読されているようですが、学歴・資格に関係なく、なにかを学ぼうとしている人にとっては、外山滋比古著『思考の整理学』より、加藤秀俊著『独学のすすめ』(文春文庫)を一読されることをおすすめします。

その本の最後の文章は<学校の意味>・・・。

「この本に、「独学のすすめ」という表題をつけたのは・・・主体的な立場をつくろうではないか、といったほどの意味である。学校に行くな、とか、行ってもしかたがない、とか、そんなことをいいたいのではない。学校教育は、うけるにこしたことはない。しかし、個人の側に、主体性がないかぎり、どんな立派な学校に行こうとも、その人間の人生は、あまり充実したものではありえないだろう、と思う。「独学」とは、主体的に学ぼうとする姿勢のことにほかならないのである」。

小学校・中学校・高校で、そして大学に入ってからも、日本の歴史学に内在する差別思想である賎民史観しか学ぶことができないとしたら、学校の外で、いろいろな差別を克服するための知識を<独学>で学ぶに限る・・・。

有名大学の学生が外部からのエネルギーに依存して走る<新幹線>なら、<独学>を余儀なくされたひとは、加藤秀俊氏がいうように、自分の内なるエネルギーを燃やして走る<SL・蒸気機関車>です。<新幹線>と<SL・蒸気機関車>とは同じ線路の上を走ることはできず、永遠に無関係な世界ですが、<独学><独学>の世界で多くの魅力を秘めています。

<独学>でも、加藤秀俊氏が指摘するように、<普通の人間が、普通の状態でもっている「思いこみ」の枠をつき破>ることができます。

レイチェル・レイランド 著『ここは私の居場所じゃない―境界性人格障害からの回復』・・・、そんな事例のひとつかも・・・。

  

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●<境界例>に関する精神医学の専門書・・・

羅漢山から戻ってきますと、この前、インターネットの<日本の古本屋>を通じて発注していた、<境界例>に関する精神医学の専門書2冊が届いていました。

<境界例>・・・、精神医学の主題としても興味ありますが、筆者が<境界例>に関心をもつのは、もうひとつ理由があります。

それは、学問上の<概念>の<外延>と<内包>が徹底的に検証され、従来の既存の<概念>を修正する必要に迫られたとき、その<概念>を駆使する学者・研究者・教育者がどのようにその<概念>の危機的状況を克服していったのか・・・、という、精神医学の世界で具体的に生じた事例を学習することができること・・・。

<境界例>は、既存の<神経症><分裂病>という概念には集約されない病例を、<神経症><分裂病>から分離して、新たな概念としてつくられたもの・・・。筆者が所有している精神医学者・村松常雄氏の精神医学・精神衛生に関する本の Index には、<境界例分裂病>(borderline schizophrenia)の項目はありませんから、<境界例>を学ぶという点からも、山口大学の元研究者の方からの<現代精神医学を学んだ方がよい・・・>というアドバイスは極めて適切なものでした。

今日、入手した<境界例>に関する精神医学の専門書2冊のうちの1さつは、学校教師の<境界例>の事例研究・・・。<境界例>をわずらっておられる、小・中・高の教師の方々も少なくないのかもしれません。そのような方が、同和教育・人権教育を担当させられますと、その病理は・・・。筆者、本格的に、<境界例>について、そして、それをキーワードにして精神医学・精神衛生に関する筆者の知識を再検証することにしましょう。

  

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2009年11月24日 (火)

●精神医学と心理学に関する本を整理・・・

今日は雨・・・。

筆者、蔵書の中から、精神医学と心理学に関する本を取り出して、数を数えました。

その結果、現時点において、筆者の手元にある精神医学に関する本は20冊、臨床心理学・異常心理学・社会心理学などの心理学に関する本は20冊ということが分かりました。あわせて、40冊・・・。

無学歴・無資格の筆者の自己満足でしかありませんが、精神医学と心理学に関する基本的、体系的な知識を習得するには十分な冊数・・・。少なくても多くても、<基本的でかつ体系的>な知識を習得するのが困難になってきます。精神医学20冊、心理学20冊で、筆者は、知的エントロピー現象に・・・。

その他に、<老人医学>と<老人心理学>に関する本が20冊ありました。

ひとは、自分の<老い>しか経験することができません。しかも、老いる前に自分の<老い>を先取りして経験・観察することはできません。<老い>の世界に身を置くようになってはじめて自ら<老い>を経験・観察することができるようになります。

しかし、<本>というのは、大きな力を秘めています。ひとが老いる前に老いがなんであるのか、多くのひとの老いを事例を通して提供してくれますから・・・。冬が来る前に冬の備えをすることができる・・・、これも神さまが人間に与えてくださった賜物のひとつです。

  

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●<精神療法の痕跡>が残る場合・・・

今朝、インターネットで<精神療法の痕跡>で検索してみました。

筆者、無学歴・無資格、精神医学だの精神分析だのという世界とは無縁の存在です。しかし、そんな筆者にも、ある<精神療法>については、それを受けたクライアントの感性や知性の中に刻印された治療の<痕跡>を確認することができます。

インターネットの世界・・・、そのような<痕跡>に出会うことも少なくありません。

しかし、それは、筆者の単なる<独断>・<偏見>の可能性もありますので、今朝、インターネットで<精神療法の痕跡>で検索してみたわけです。

すると、こんな文章に遭遇しました。

「多くの患者さんが、精神療法いわゆるカウンセリングには「副作用」がないとおっしゃる。これは間違いであると私は思う。しっかりしたカウンセラーあるいは精神療法者が行った精神療法・カウンセリングの場合はわからないが、中途半端なカウンセリング・精神療法を受けてこられた患者さんの場合には、カウンセリング・精神療法を受けてきたことが、すぐにわかる。独特の思考パターン、雰囲気、話の内容・・・があり、私はこれらを、こころに対する「副作用」であると考える。こころに対する「副作用」は、薬物による身体への「副作用」に比べより根が深い。というのも、薬物による身体への「副作用」の場合、多くは原因薬物を中止すれば問題は解決する。しかし、こころに対する「副作用」の場合、患者さんは気づかない。一方、うまい精神療法家が行ったカウンセリング・精神療法の場合には痕跡は感じられない」。

大阪の向井メンタルクリニックのホームページのブログ<メンタルヘルス徒然草 by 健康法師>に掲載されている文章の一節です。

健康法師の方、<中途半端なカウンセリング・精神療法を受けてこられた患者さんの場合には、カウンセリング・精神療法を受けてきたことが、すぐにわかる・・・>といわれますが、クリニックのクライアントだけでなく、この<痕跡>、大学で異常心理学だの精神分析だのを<中途半端>な形で学んだきた人々にも、疑似<痕跡>として存在している場合があります。

大学で心理学を学ぶ学生の中には、その学生が自己理解する限りでの自分の精神的な不安定さ、異常を克服する場合も多々あるようですが、そのような学生にとって、大学での異常心理学や精神分析の学習は、学生自身の<精神療法>の過程と重なる場合があります。そして、いつのまにか、その感性や知性、人間関係・問題解決のありように、<精神療法の痕跡>が刻印されてしまう・・・。もちろん、本人は、そのことを自覚することも、他者に指摘されて認識することもない・・・。

<自分で自分を治療する>・・・、そのことが持っている<危うさ>は、自分の感性や知性に<精神療法の痕跡>を自ら刻み込む可能性にさらされていることにあります。

無学歴・無資格の筆者、心理学や精神医学とは無縁の存在ですが、今回、山口大学の元研究者の方からのすすめで、<現代精神医学>について、できるかぎり体系的・網羅的に<学習>することにしましたが、病的状態へ突き進むクライアントのリアルタイムの<診断・治療>ではなく、精神医や臨床心理家などの専門家によって治療が完了したクライアントに残された<精神療法の痕跡>を正しく認識して対応することは、山口大学の元研究者の方がご指摘くださった通り、大切なことであると思われます。

<中途半端なカウンセリング・精神療法・・・>によって、人間関係のあり方にまで、<精神療法の痕跡>が刻印され、本人がそのことを自覚することなく、無意識に日常生活の中で演じること・・・、その人の周囲の方々はそれなりに配慮することがでいるのでしょうが、インターネットの世界でそのような配慮をすることは、かなり難しさがあります。

しかし、<精神療法の痕跡>がもたらす感性やものの見方・考え方を理解することで、少しは、インターネットの世界においても<配慮>する可能性が生まれてくるのかもしれません。

  

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2009年11月16日 (月)

●小中学校で部落史学習は必要か・・・

今朝、明治17年から24年にかけて、内務省警保局長清浦奎吾が部下に命じて調査編集させた『徳川時代警察沿革史』をひもといていました。

その中に、安永6年(1777)5月8日の<穢多非人の類素人へ引上の事>という文章がありました。この文章、灘本昌久氏、<あまりに有名>な話しであるといいます。

筆者も以前何度か耳にしたことがありますから、有名は有名なのでしょうが、筆者、その原文を目にするのは今回はじめて・・・。灘本昌久氏、<武州榛沢郡新戒村の穢多が「医道巧者」なので、もっと活躍してもらおうとの世論が高まり、村や近郷の人々あげての身分引き上げ嘆願運動があった・・・>として紹介しておられますが、この問題、解明されなければならない多くの課題を内包しているようです。

問題となっている人物は、<新戒村の穢多>なのですが、その<新戒村の穢多>を、近世幕藩体制下の司法・警察である非常民としての穢多医(警察医)から、百姓・町人のための村医者・町医者に支配替えしてほしいという嘆願書に対して、浅草・弾左衛門の書面は、終始一貫して、<穢多>ではなく<非人>という名称が使用されています。結局、弾左衛門、<前書に申上候非人素性のもの素人には不仕候・・・>として、その嘆願を却下してしまいます。

この論理のもつれは何なのか・・・?

筆者が推定するに、この穢多医・・・、本来村医者か町医者をしていたところ、誤診して、あやまって患者を死に至らしめたのではないか・・・、当時の医療事故として裁判にかけられ有罪・・・、しかし、その医術、重宝され、弾左衛門配下の穢多のシステムのなかに組み込まれたのではないか・・・、その穢多医・・・、村や町に住む多くの住人の病気を療治したことで住人の信頼を集め、その嘆願につながったのではないか・・・?

灘本昌久氏、<江戸時代の中期以降は、町人文化の発展に連動して・・・動物の屠殺や化製業に関する知識、および処刑などの刑吏役から来る人体に関する知識が発展して、医療技術にたけた穢多身分の人が輩出される・・・>といわれますが、当時の獣医をしている穢多が村や町の住人を診ていたのであれば、弾左衛門、あえて、<穢多>に関する慣習法の引用を避け、<非人>に関する慣習法を強引に適用する必要はなかったのではないかと思われます。

弾左衛門・・・、<新戒村の穢多>の医術の高さを評価して、その<穢多医>(警察医)から放逐して手離すことをよしとしなかったのではないかと思われます。その<新戒村の穢多>・・・、この嘆願書の件のあとも<穢多医>(警察医)を続け、村や町の住人の病気を診て、多くの人々に慕われたことでしょうから・・・。

無学歴・無資格の筆者、部落史の学者・研究者・教育者の<解釈>を受容することにとどまらず、自ら関連史資料に目を通して、あらたなことを学び、発見することは多い・・・。


今回、<穢多非人の類素人へ引上の事>をインターネットで検索していて、灘本昌久氏の<部落史研究の現在と中学校教科書>という論評に遭遇しました。その中で、灘本昌久氏・・・、<小中学校で部落史学習は必要かという根本問題を考えておかなくてはならない>として、このように綴っておられます。

<部落史学習に限らないが、不用意な人権学習というものは、差別の解消どころか拡大再生産に手を貸すことになりかねないので、注意が必要である。・・・子どもがどの年齢までは感覚的な理解をし、どの年齢以上であれば理屈で理解するのかは、考慮すべきことだろう。やればいいというものではない。大学生くらいになると、そういう気遣いは比較的無用で、徹底的に中身を深めていけばいいのだけれど、年齢が低い場合はそうもいかない。私の素朴な実感からいくと、小学生に中世起源の部落史学習が可能かどうか、あるいは必要があるかどうかは疑問で、中学生でも、ちょっとむつかしい感じを受ける・・・>。

部落解放運動家としての灘本昌久氏の論説には、無学歴・無資格、部落問題の門外漢である筆者、首をかしげたくなる場合が少なくないが、今回の<部落史研究の現在と中学校教科書>という論文・・・、部落史の学者・研究者・教育者としての<真顔>が見えておもしろい。

かっての同和教育が、そして現在の同和・人権教育が、差別の拡大再生産の温床になってきたしなっているし、これからもなるであろうという現実を考慮するとき、小学校・中学校では、人間とその歴史のあるべき姿を教え、歴史的なものの見方・考え方、批判検証の基礎を培った上で、高校・大学で、はじめて、社会病理的側面を教えたらいいのではないかと思われます。

小学生・中学生の指導・教育の最初から、<社会病理>としての差別を教えることは、差別解消より、差別の拡大再生産に帰結する場合が多い・・・。学校教師からの一方的な知の流入が前提とされている小学校・中学校教育の中で、極めてイデオロギー的性格が強い、差別思想である<賤民史観>を植え付けていくことは大きな問題であると思われます。

ここ数年、インターネットを通じてかかわった、岡山の中学校の人権担当教師のことばとふるまいをみてもそのように思います。

もちろん、奈良県の中学校教師・吉田晃氏が作成した地域限定版の教科書・『被差別民衆の歴史・田原本中学校校区およびその周辺を中心として』のような優れた教科書と、同和教育実践事例も存在しますので、十把一絡げに論ずることはできませんが、全国の小中学校・中学校で展開されている同和教育・人権教育に対しても、徹底した教育<事業仕分け>が必要ではないか・・・、と思われます。

  

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2009年11月12日 (木)

●人間科学研究法・・・

山口大学の研究者で獣医さんから紹介された精神医学に関する本を探しに某古書店にでかけたのですが、紹介された本は見当たらず・・・。

それで店内を散策していて目にとまった3冊の古書を購入してきました。関野宏明監修『脳・神経疾患』・精神保健福祉士養成講座『精神保健学』・高橋順一他編著『人間科学研究法ハンドブック』の3冊・・・。

いずれも、筆者が想定している<現代精神医学>とは異なる類のものですが、参考までに・・・。

価格は、100~400円・・・。

『人間科学研究法ハンドブック』・・・、どちらかいいますと、<学際的研究法>といいながら実際は<社会心理学研究法>のようですが・・・、参考までに目を通すことにしました。

  

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2009年11月 4日 (水)

●吉田晃著<被差別民衆の歴史>を読む・・・

筆者の腰痛・・・

立っても座っても寝ても痛い・・・。ならば・・・、と一番楽な姿勢・正座して、吉田晃著『被差別民衆の歴史』を読みはじめました。

吉田晃氏は、奈良県の中学校教師・・・。

その著作に、『被差別民衆の歴史』・『江戸時代部落の生活』・『指導者用参考資料・江戸時代部落の生活』・『近代の部落と解放への歩み』・『指導者用参考資料・近代の部落と解放への歩み』がありますが、筆者が入手しているのは、最初の『被差別民衆の歴史』のみ・・・。

この本、中学校の部落史の教科書として執筆されたもののようで、目次は以下の通り。

はじめに
第1章 キヨメを担った人々
第2章 かわたと呼ばれた人々
第3章 「解放令」からのあゆみ
第4章 人間に光りあれ
第5章 部落解放をすべての国民の課題に


筆者、中学校の教師によって作成された部落史の教科書であるこの本を通読して、極めて好印象を受けました。執筆者の吉田晃氏は、公教育の教師の立場上、部落史教育の基本的な枠組みである<賤民史観>から完全に自由になってはいないものの、<賤民史観>の持つ差別性から自由になろうとしている強い意志がうかがえます。

<賎視観念>や<差別意識>に拘泥することなく、<被差別民衆の歴史>が<人間解放の歴史>であることを切々と訴えておられます。

吉田晃氏の<部落史>は、被差別部落のこどもたちを前にして、彼らの<被差別民衆>としての誇り高き人間性を取り戻させるべく、被差別部落の内外の中学生に<被差別民衆>のあるべき姿を訴えたものです。

そのために用いる史資料は、『被差別民衆の歴史』の副題<田原本中学校校区およびその周辺を中心として>に見られるように、吉田晃氏が中学校教師をしている、そしてその指導に耳を傾ける中学生たのち住む地域に関する、あるいは、地域に伝えられた史資料です。

それらの史資料は、部落史の学者・研究者・教育者が採用する賤民史観という差別思想になじまない多くの事例を含んでいます。吉田晃著『被差別民衆の歴史』から、その差別的歴史研究の枠組み・・・、<賎民史観>を取り除くことはいたって容易です。

その<賎民史観>・・・、地域以外の場所における同和教育・部落史教育の実践事例として組み込まれていきます。たとえば、

「幕府や大名はなんとかして社会の秩序をたもとうとして、治安維持を強化したり、風俗を統制しようという法令を出しますが、こうしたなかには差別的な内容を持つものも多くありました。かわた村の人々に特別な衣服の着用を強制したことから、渋染一揆を発生させた岡山藩はそうした例のひとつです」。

吉田晃氏、なぜ、地域の史資料から、衣類統制の例を引用されなかったのか・・・? なぜ、あえて、岡山藩の渋染一揆の例を取り上げられたのか・・・?

筆者、推察するに、岡山藩の渋染一揆に関する、岡山の部落史研究の学者・研究者・教育者の研究成果である<渋染一揆論>が、部落史の研究上の枠組みである<賤民史観>の格好の材料として提供され、それが全国の部落史教育で採用されていったためではないかと思われます。

吉田晃氏の<賤民史観>に対する妥協点が、上記の表現になったのでしょう。

<賤民史観>によって<加・除>されたことがらを<除・加>すれば、吉田晃著『被差別民衆の歴史』は、『部落学序説』とその関連ブログ群の視点・視角・視座からリライトすることは至って簡単です。リライトしたあと、『新版・被差別民衆の歴史』は、静岡大学教授・黒川みどり氏がとく、被差別部落の人種起源説の<人種主義>という形での拡大再生産の流れに否を突きつけるものになるでしょう。

腰の痛みに耐えながら読んだ吉田晃著『被差別民衆の歴史』・・・、中学校における部落史教育の実践事例としてだけでなく、部落史学習の一般的なテキストとしては優れた仕上がりです。筆者がそう思うのは、吉田晃氏・・・、<賎視観念>や<差別意識>からかなり超越した<反差別>的な視点・視角・視座を明瞭にもっておられるからです。

  

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2009年8月 8日 (土)

●賤民史観は、被差別部落の人々に対する精神的暴力・・・

昨日の被差別部落の中での集会・・・

筆者にとっては、とても意味のある集会でした。部落解放同盟新南陽支部の支部長さんが生きておられたときの集会の明るさと活発さがそこにありました。

被差別部落の人々が自らを語る・・・、彼らが生きてきた現実は、日本の歴史学に内在する差別思想である賤民史観に依拠した学者・研究者・教育者が語る<賎民>としての<被差別部落民>像とは異なるものがあります。

その生きた現実を黙殺するかのように、被差別部落の人々に押しつけられてきた差別思想としての賤民史観・・・、それ自体、被差別部落の人々に向けられた<精神的暴力>だったのでしょう。

多くの被差別部落の<民衆>は、差別思想である賤民史観を振りかざす、知識階級・中産階級に帰属する部落解放運動家、あるいは、部落史の学者・研究者・教育者たちによって押しつけられた<賎民>像を前に、語るべきことばを失い、沈黙を守ってきたのでしょう。

筆者が、山口の地で出会った被差別部落の人々は、近世幕藩体制下の司法警察である<穢多>役・<非人>役の末裔として、その歴史を継承し、部落史の学者・研究者・教育者たちによって捏造され押しつけられた賤民史観を拒否し、沈黙を守り、いつの日か、その本当の歴史が読み解かれ、部落差別完全解消の日が訪れることを願い続けてきたのでしょう。

そういう意味では、彼らの中から、福岡の<立花町連続差別ハガキ事件>を捏造し、みずから被差別を演出、<同和利権>を確保する手段として差別事件を<自作自演>する<熊本和彦>氏のような人が出てくる可能性はほとんどないでしょう。

なぜなら、彼らは、語るべき先祖の歴史を継承しこそすれ、その歴史を泥で塗るような歩みをすることはないから・・・。

部落差別からの完全解消ではなく、部落差別を根拠として、それにしがみつき、部落解放運動を展開してきた、部落解放運動家、そして、彼らに賤民史観という<毒饅頭>を提供してきた、部落史研究の学者・研究者・教育者たち・・・、彼らの世界からは、<立花町連続差別ハガキ事件>の被害者であると同時に加害者であった、第2、第3の<熊本和彦>氏を排出する可能性はこれからも多分にあります。

『部落学序説』とその関連ブログ群の筆者の視点・視角・視座からしますと、差別思想である賤民史観に立脚する部落史の学者・研究者・教育者と、差別事件をでっちあげた熊本和彦氏と同質的存在でしかないからです。いずれも、間違った事実認識をもとに、同和利権を正当化しようとしてきた点で・・・。

被差別部落のほんとうの歴史をになって生きている人々は、自らの存在を否定するような、そんな間違った行為に走ることはありません。昨日、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会で、山口県の<地元>の被差別部落の方から、その歴史と人生に関するお話しをお聞きしていて、そう確信しました。

    

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