2009年12月23日 (水)

●渡辺實著<未解放部落史の研究>を入手・・・

今日、インターネットの<日本の古本屋>経由で、渡辺實著『未解放部落史の研究』(吉川弘文館)を入手しました。

古書価格は2000円・・・。

『部落学序説』の視点・視角・視座から読み直していくことになります。

<はしがき>にこのようなことばがありました。昭和20年7月の空襲で蔵書・史料を失った渡辺實氏(当時34歳のとき・・・)、疎開先の豊川市で<小坂井部落>に出会い、<そこで余暇を利用しては、この部落やその周辺部落の記録と伝承を調査研究した・・・>といいます。しかし、<何ひとつとして、解明のつかない問題ばかりに・・・>。これが、<私の未解放部落研究開始の動機である>といいます。<もし、私が戦災にあわず、豊川という地域に居住しなかったならば、恐らくはこの本は生まれなかったであろう>。

渡辺實氏、<未解放部落史の研究><賤民史>研究であるといいます。そして、それ以前の部落史研究を批判して、<未解放部落の古代から現代までの全史を・・・一人の人が一貫して記述したものは極めて少ない・・・>といいます。

940ページに及ぶ『未解放部落史の研究』は、古代から戦前までの時代を視野にいれての研究ですから、渡辺實氏が<小坂井部落>と出会うことではじめた部落史研究は、部落史研究の中で特異な位置を占めていたのかもしれません。

『部落学序説』の筆者のいう、差別思想としての<賤民史観>的研究の枠組み・・・、渡辺實著『未解放部落史の研究』においても追究するは当然のこと・・・。

筆者が関心を持つのは、部落史研究者である渡辺實氏の<差別意識>や<差別観念>ではなく、差別的な<史観>や、差別的な学問的<枠組み>、研究上の<制約>についてです。

渡辺實著『未解放部落史の研究』から賤民史観的枠組みを取り除くと、どのような世界が広がっていくのか・・・、筆者、部落史研究に興味はつきない・・・。

  

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2009年12月21日 (月)

●古書<山口県の地名>が安価である理由・・・

日本歴史地名大系『山口県の地名』、どうして古書が高価な<マツノ書店>で、新品同然であるのに2500円と安価なのか・・・。

帰ってから、その本をひもといていて、なにとなくその理由が分かりました。

<歴史地名>であるにもかかわらず、山口県内の有名な被差別部落の名前がほとんど<隠されている>から・・・? この『山口県の地名』、部落史研究のためにはほとんど役に立たない代物・・・。

たぶん、<マツノ書店>さんは、その内容を見て、定価9500円のところ2500円と値付けをされたのでしょう。

ほとんどの被差別部落の名前は<隠されている>のに、なぜか、<高佐郷の歌>に出てくる被差別部落の<歴史地名>はきちんと記録されています。なぜなのでしょうかね・・・。個々の歴史研究者の被差別部落の地名に関する取り扱いのレベル、ほんとうにまちまちで歴史研究者全体としてはなにのまとまりも一貫性も存在しない・・・。

<高佐郷の歌>の研究史をたずねますと、山口県の部落史研究者の質とレベルがわかる・・・。部落史の学者・研究者・教育者の方々からは、<無学歴・無資格の存在で、またえらそうなことを言う!>とお叱りを受けるかもしれませんが・・・。

  

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●途中、徳山の古書店に立ち寄る・・・

昨日、インターネットの<日本の古本屋>を検索していて、日本歴史地名大系『山口県の地名』が2500円で徳山の古書店から出品されていることを知りました。

その古書店というのは<マツノ書店>・・・。

それで、電話で予約して、今日、山口へいくついでにその書店に立ち寄りました。ほんとうに2500円だったようです。『山口県の地名』、新品同然・・・。筆者、古書の高価さでは天下一品の<マツノ書店>、安売りに転じたのかと思って、店内の古書を見学させていただきました。それで分かったのは、やはり、筆者の見込み間違い・・・。

やはり、<マツノ書店>の古書はとびきり高い・・・。山口県文書館編集発行『絵図でみる防長の町と村』など4万5千円の値札がついています。<マツノ書店>の古書・・・、安くて1冊5000円・・・。

山口の部落差別に関する資料のコーナー、例外的に800円の本がありました。部落問題研究所編『部落史の研究・前近代編』・・・。古書の価格が5000円ではなくて800円である理由をレジの方にお聞きしたら、どうも背表紙の一部がアブラムシにたべられているのが値下げの理由のようです。中は、最初の持ち主が一度も読んだことがないような新本同然・・・。

この『部落史の研究・前近代編』、日本の部落史研究に内在する差別思想である賎民史観をきりとるのは至って簡単・・・。渡辺広著《藩領のおける皮田部落の成立-紀州藩を中心として》が収録されていたので購入を決定・・・。

それにしても、<マツノ書店>の山口県の郷土史資料に関する古書の豊富さ、ただただ驚くばかりです。やはり筆者には無縁の存在・・・。

  

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●心理学の大学教授の蔵書・・・

昨日、電話で数人の方々と話しをしました。

その一人の方、筆者に、心理学関連の蔵書を提供してくださるといいます。その方は、東京大学を出て、東京のいろいろな大学で心理学を教えてこられた方・・・。

その研究生活の時期は、精神医学の村松常雄氏と同じ時期・・・。戦前・戦後を通じて活躍された学者で、戦後、日本の大学にアメリカの心理学を導入されるのに大きく貢献された方・・・。その戦前・戦後の心理学関連の文献を多数お持ちとのこと・・・。

中には、戦前の軍事心理学関連の文献や調査資料も多数含まれているといわれます。

それで、筆者、おことばに甘えて、その心理学の教授の蔵書をすべていただくことにしました。

しかし、その教授の蔵書のある場所は、東京・・・。<あなたは数年後、福島の奥さんの実家に戻られるそうですが、福島に帰られたら、トラックをもって引き取りに来てください。わたしは歳をとっていて積み出しのお手伝いはできませんが・・・>。

その方の話しでは、最近、大学ではその教授の蔵書を大学図書館でひきとってくれることはなくなったとか・・・。しかも、学生も<古書>には興味をしめさないとか・・・。最近の学生・・・、あまり文献をよまなくなったそうで、筆者が読む気があるなら提供してくださるとのこと・・・。

その蔵書を参考にして、<常民心理学>・<非常民心理学>の世界をのぞくことができるかもしれない・・・、筆者、そう思いながら電話を置きました。

夢のよう・・・。

そのためか、今朝、夢を見ました。本の山が崩れてその下敷きになる夢を・・・。

  

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2009年12月19日 (土)

●資料の方が近づいてきている・・・

昨日、仕事から帰ってきた妻曰く、<あなた、今日はどんな古書が届いたの・・・?>

昨日、インターネットの<日本の古本屋>経由で届いた古書は、神経心理学・失語症・民俗学関連の5冊・・・。

いずれも専門書・学術書の部類・・・。

妻は、それを見ながら、<あなたのところに資料の方が近づいているみたいですね・・・。この本、古書といったって、ほとんど誰もページをめくったことがない新しい本ではありませんか? あなたほどほどなら、これからも古書集めてもいいわよ・・・>。

筆者、<必要以上に集めても、読むことはできないから。時間も限られているし、読解力にも限度があるし、おのずと古書収集には限度がある・・・>と答えましたが、筆者が必要としていた史資料・・・、長い間、徳山市立図書館郷土史料室と山口県立図書館の蔵書、部落解放同盟新南陽支部の書記長をされていた方が集めた史資料、そして、筆者が近隣の書店で買い求めた一般書に限られていましたが、昨年秋からはじめた『部落学序説』執筆のための関連文書の収集・・・、インターネットの<日本の古本屋>経由で集めたため、北海道から沖縄までの古書店から収集することができました。

妻がいう通り、ほんとうに、筆者のところに史資料が近づいてきている感がします。

昨日、ある部落史研究に関する古書・・・、上限は25000円の価格がついています。平均的には7、8000円・・・。しかし、昨日、<少々書き込みあり>のコメントがついた2000円の本に遭遇・・・。迷わず注文・・・。この古書、執筆された時期から考えて、その論文に出てくる被差別部落の地名、実名で表記されている可能性が大・・・。

インターネットの<日本の古本屋>・・・、富めるひとは富めるひとなりに、貧しいひとには貧しいひとなりに、しかも同じ本が入手できます。<求めよ、そうすれば、あたえられるであろう>・・・、というのは、新約聖書に出てくるイエスさまのことばですが、イエスさまの御足のあとにしたがって、<日本の社会の中からすべての差別をとりのぞくために少しく努力したい・・・>という筆者の思いに、主イエスさまが答えてくださっているかのよう・・・。

しかし、駱駝が旅をすることができなくなるほどたくさんの荷物をその背に載せるべきではありません・・・。オアシスで長い休みをとったこの1年・・・、あたらしい旅に向けて出発です。なにひとつ芽を出すことのない、砂漠の<誹謗中傷・罵詈雑言>の砂嵐は遠くへ去って行きました。

  

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2009年12月 5日 (土)

●イチョウ並木に車を走らせながら思い出すことば・・・

昔、部落解放同盟新南陽支部の支部長さんから、その被差別部落について、<差別者の立場で、この部落についてどれほど調べることができるのか、調べてほしい・・・>と依頼されたことがあります。

筆者、最初はお断りしたのですが、<こんなこと頼めるのは、君くらいしかいない・・・>と言われて、引き受けることにしたのですが、そのとき、支部長さん曰く、<もし、調べている間に、なにかトラブルに巻き込まれたら、わたしが責任をもって解決するから、君は、こころおきなく、この部落のことについて調べてほしい・・・>。

その支部長さんも他界されて久しくなります。

その支部長さん、とても明るい方でしたが、<彼岸>から<此岸>にいる筆者の取り組みをあたたかく見守ってくださっているのかもしれません。<なにかトラブルに巻き込まれたら、わたしが責任をもって解決するから・・・>。

筆者、そのことばを信じて、取り組みを続けることにしましょう。

イチョウ並木に車を走らせながら、筆者、今はなき支部長さんのことを思い出していました。

  

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●イチョウの木の葉舞い散る図書館通り・・・

今日、徳山市立図書館の郷土史料室へ・・・。

図書館の前のイチョウ並木・・・。すっかり黄葉して、落葉を急いでいます。4車線の道路は、木の葉を掃き集めるときのように、イチョウの葉が舞い、ところどころは、まるでイチョウの葉が黄色の絨毯のように敷きつめられています。

今日、図書館に出向いたのは、<高佐郷の歌>について、少しく確認しておきたいことがあったため・・・。

3つの文献を閲覧するためでしたが、いずれもなし・・・。ただ、一つの文献だけは、山口県文書館にあることがわかり、徳山市立図書館の郷土史料室での閲覧を請求したのですが、山口県文書館には1冊しか保存されていないので門外不出扱いとか・・・。それで、筆者、必要な論文のみを複写していただくことにしました。

<高佐郷の歌>・・・、筆者がひもとくことに微笑んでくれますが、しかし、その<高佐郷の歌>が内に秘めている問題の<重さ>・・・、筆者の肩にずっしりとのしかかってくるところがあります。

たぶん、<高佐郷の歌>の本質を理解するためには、筆者の『部落学序説』とその関連ブログ群の視点・視角・視座から光りを注ぐのでなければ、解明されえないことがらがあるのかもしれません。

<高佐郷>の<穢多>の名前を知ることができたり、その<役務>と<家職>の内容について知ることができることに、筆者、<重さ>を感じることはないのですが、その<穢多>たちが、近代中央集権国家・明治天皇制国家の施策によって、司法・警察官としての職務から排除されていくことについては、ことば以上に<重さ>を感じてしまいます。

従来の部落史研究、部落解放運動の枠組みでは、決して解明されることのない世界が存在しているようです。

今回、収集した<高佐郷の歌>に関する資料の主要部分は、12月の、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会で配布する予定・・・。

  

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●ときどき古文書がほほえむときがある・・・

部落史関連の史資料を読んでいて、ときどき、その文章が、筆者にほほえみかけてくるときがあります。

常識的には、<史資料>は、紙の上に印刷された活字の羅列・・・。そこに、生きとし生けるものと同じ感情や感情の表現が含まれているはずがありません。

しかし、ひとつの主題について、こつこつ、時間をかけて探索していますと、ある日、ある時、突然と<史資料>、文献が、みずからを開示して、冷たい<紙の上に印刷された活字の羅列>の背後にある、著者の熱き思いと祈りを明らかにしてくれるときがあります。

多くの人がその文献に目を通してきたにもかかわらず、誰も気づかずに通り過ぎていった著者のこころが、熟した木の実がはじけるように、筆者の前にそのほんとうの姿を開示してくれるときがあります。

<高佐郷の歌>・・・、それも、筆者にとっては、そんな<史資料>・<文献>・<古文書>のひとつ・・・。

山口県文書館の奥深くに眠っていた<諸家文書>の古文書の中から、8行の歌<高佐郷の歌>をデータ・マイニング、発掘された、山口県文書館の元研究員、現山口大学講師の北川健先生の研究の足跡と、部落差別完全解消のために史資料の徹底的みなおしを試みられたその情熱をたどることができる・・・。

無学歴・無資格の筆者に、<弟子>を自称することを黙認してくださった北川健先生は、実に偉大なひとです。

目の前の文献によってほほえみかけられるとき、その世界にますます引き込まれていくのは、無学歴・無資格の筆者だけなのでしょうか・・・。

  

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2009年12月 3日 (木)

●古書の価格にびっくり・・・

<高佐郷の歌>に関する資料を、インターネット上で検索していて、ふと目にとまった古書の価格、なんと3万8千円・・・。

筆者、びっくりすること限りなし・・・。

その古書は、山口県文書館編集発行『絵図でみる防長の町と村』・・・。

この本は、筆者が以前、山口県の職業訓練機関で情報処理の講師を10年間に渡ってしていたとき、小泉首相の行政改革とやらで真っ先に閉鎖が決まった職業訓練機関が整理されたとき、県の担当者の方から、<みんな記念品にひとつづつ備品を頂いていますが、吉田さんは、被差別部落の歴史を趣味で研究されているそうですから、これなどいかがですか。誰も引き取り手がなくて・・・>と言われて、頂いた本が、山口県文書館編集発行『絵図でみる防長の町と村』『日本文献地図地名総覧 併・公共機関一覧』(人文社)の2冊・・・。

『絵図でみる防長の町と村』・・・、近世幕藩体制下の著名な<穢多村>を含む<町と村>が掲載されていなかったり、絵図に改竄がほどこされていたりして、『絵図でみる防長の町と村』を見てすぐ、旧<穢多村>の在所がわかるというわけではありませんが、それでも、その他の関連史資料とあわせて読めば、貴重な資料です。

どうして職業訓練機関に、そんな資料が必要であったのか・・・。

筆者、ときどき、山口県の担当者の方から、<今回の受講生の中に、被差別部落出身の方がおられます。資格をとらせるだけでなく、職場で実務に耐えれるように訓練してさしあげてください。彼女の肩に生計がかかっていますから・・・>と言われたことがありますから・・・。

筆者、そのことに違和感を抱くことも、巷でいう<逆差別>を意識することもなかったのは、その山口県の担当者の方、被差別部落の人々だけでなく、母子家庭の方、障害者の方、病弱な方、在日韓国人の方、就職難に直面した大学卒の就職浪人、会社が倒産して失業した方々・・・、彼らに対しても、筆者に同じことを言っていましたから・・・。<資格をとらせるだけでなく、職場で実務に耐えれるように訓練してさしあげてください。彼女の肩に生計がかかっていますから・・・>と。

それが、小泉政権下においては、<事業継続の必要なし>として、組織毎廃棄され、筆者も<請負>の仕事を奪われることになりました。山口県の担当者の方、筆者に、他の職業訓練機関の部署を用意してくださったのですが、その部署の責任者の方曰く、<今は、職業訓練をほどこしても就職先がありません。吉田さんは、資格をとらせるために受講者を厳しく訓練しているそうですが、せっかく資格をとらせても就職先がないというのは酷ですから、今後は、できる限り資格をとらせないよに指導してもらいたい。資格がとれなければ、就職をあきらめるでしょうから・・・>。

ことは自然の成り行き・・・、筆者、その責任者の方と<大喧嘩>することになり、結局、職業訓練機関の講師の仕事から撤退することになりました。

古書価格38000円・・・。山口県文書館編集発行『絵図でみる防長の町と村』は、某職業訓練機関の人間味あふれる山口県の担当者の方からの、筆者に対する<餞別>だったのかもしれません。

執念深い筆者、いまだに、小泉首相の<行政改革>を許せない! 家族を背負って生きなければならない女性たちの資格取得と再就職の機会を根本的に奪ったのですから・・・。そのときから、小泉首相が容認した<格差社会>の到来・・・、またたくまにやってきたのですから・・・。

自民党政権に見切りをつけ、民主党支持に筆者を踏み切らせたものは、小泉首相に対する消えることのない<怨念>・・・。その<怨念>は、今の筆者の胸の奥に存在し続けています・・・。

    

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●徳山市立図書館郷土史料室で・・・

徳山市立図書館郷土史料室をたずねる・・・

昨々日、他の図書館から文献を2冊取り寄せてもらっていたからです。800ページのうち、400ページほどを複写してもらおうと思って、それが可能かどうか、史料室の司書の方に尋ねましたら、<400ページも複写すると4000円ほどかかります。それより、この本自体を購入されたらどうですか。今、調べてさしあげます・・・>といわれて、調べてくださいました。

そして、インターネットの<日本の古本屋>さんで、3800円で入手できることが分かりました。

筆者、司書の方の適切な指導に感謝して、いそいで教会に戻り、インターネットの<日本の古本屋>さんにアクセス、その3800円の本を発注しました。

その本・・・、筆者の『部落学序説』や、ブログ『ジゲ戦記』のなかに度々登場してくる<高佐郷の歌>に関する資料となるものですが、筆者、<高佐郷の歌>について、ブログ『被差別部落の地名とタブー』に<私解>を掲載することにしていましたので、もう一度、関連文献の収集にあたっていたのですが、800ページもの本を読むとすると、<私解・高佐郷の歌>という文章の執筆・・・、またまた遅れてしまいます。

筆者、今日発注した文献は別にして、急いで、<私解・高佐郷の歌>という文章の執筆することにしました。その文献を通読したあとは、あらためて、<詳説・高佐郷の歌>として論述することにして・・・。

<高佐郷の歌>は、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々の主要研究テーマなので、筆者、自粛すべきなのでしょうが、<高佐郷の歌>も、多角的な解釈が要請される<伝承>なので、筆者の<私解・高佐郷の歌>・・・、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々の研究の妨げにはならないと思いまして・・・。

『部落学序説』とその関連ブログ群の各文章・・・、どれも<年輪>があって、一朝一夕の思いつきで文章化しているわけではありません。1年、2年、3年・・・、5年、10年・・・、木々が<年輪>を刻みながら大きくなっていくように、筆者の<私解・高佐郷の歌>も、時の流れが刻んだものです。

<私解・高佐郷の歌>・・・、<高佐郷の歌>に対する筆者の固着・執着の産物でもあります(部落史の学者・研究者・教育者の目からみますと異常な<執着>と受けとめられかねませんが・・・)。

    

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