2008年4月15日 (火)

●「悪あがきのすすめ」・・・

今日の午後、仕事休みの妻と一緒に、国道2号線沿いのBOOKOFFに行きました。

めずらしく、妻も、2~3冊本を買っていました。

しかも、医学書ばかり・・・。

筆者が購入したのは、3冊。辛淑玉著『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、上馬康夫著『白山の四季Ⅲ 白山高山帯』(十月社)、牧英正他編『日本法制史』(青林書院)・・・。

どの本も、早急に精読することにしましょう。

特に、牧英正他編『日本法制史』・・・、日本の歴史上の司法・警察に関与してきた「非常民」を、「キャリア」の立場からではなく「現場の司法・警察官」の視点・視角・視座から、日本法制史・日本警察史を通史的に見直すきっかけになるかもしれません。

辛淑玉著『悪あがきのすすめ』を、BOOKOFFでパラパラめくっていたとき、目に飛び込んできたことば・・・、「学歴もなく、人間関係の糸も細く、在日であるがゆえに正規雇用の職を得ることも、家を借りることも、買い物カードを作ることすらできないとう現実の中で、保証人もなしで生きていくことは困難を極めた・・・」。

こんな言葉もありました。「私は、悪あがきをする人が好きだ。世間からむちゃくちゃに叩かれても、それでもあきらめずに、あがいている人たちが大好きだ。たとえカッコ悪くても、やりかたがしつこくてスマートじゃなくても、「内向きの善」に執着する人たちからは醜態と見られようとも、自分は悪あがきをする「悪人」になる。そう心に決めるところから、「開かれた善」への一歩ははじまる」。

『部落学序説』とその関連ブログ群の筆者・・・、もしかしたら、最初から、辛淑玉さんのいう「悪あがきをする人」に属しているのかもしれません。無学歴・無資格で排除・疎外されたら、そのまま、排除・疎外されておればいいものを、学者・研究者・教育者の総体を相手に批判検証を展開しているのですから・・・。

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2008年4月 9日 (水)

●日本史の年表を入手・・・

出かけたついでに、国道2号線沿いのBOOKOFFに立ち寄りました。

入手したのは、日本史の年表・・・。

以前岩波の『日本史年表』を持っていたのですが、いつのまにやら紛失してしまって、そのままになっていました。

今日入手した年表は、講談社『日本全史』、1991年発売当時の価格は13800円・・・。1991年当時の筆者の牧師給、月額8万円程度でしたので、『日本全史』など購入できるはずもありません。

今日、BOOKOFFでみつけたときは、売価2500円のラベルがはってありました。

しかし、ビニールで包装されていて、その中身を確認することができません。レジに持っていって、担当者の方に、閲覧させていただきました。本の帯に、「全国の博物館・歴史資料館を取材して地域史や、庶民の生活史を重視、未公開資料も積極的に紹介・・・」とありました。

『部落学序説』の視点・視角・視座からみますと最適な日本史年表のようです。

ただ、この日本史年表が発刊されたとき、部落差別に関連した、運動団体からの差別文書に対する摘発と糾弾が盛んな時期でもあったため、部落研究・部落問題研究・部落史研究に関する項目はほとんど皆無です。

被差別部落の運動団体・・・、いくつかありますが、日本の歴史の中から、関連する歴史をすべて消去してしまいたかったのでしょうか・・・? それとも、関連する歴史の出版に関連した<特権>を主張し、歴史研究の潮流を、<利権>追求のため制御しようとされたのでしょうか・・?

筆者、部落問題・部落差別問題・部落史問題については、<触れなければ、全面的に触れない方がいい・・・>と考えます。中途半端な言及の場合、多くは差別的な文章になってしまう可能性が高いですから・・・。

カラー図版入り年表である、講談社『日本全史』・・・。

「常民」の視点・視角・視座にたって、古代・中世・近世・近代・現代を通史として眺めることができそうです。

バブル期のバブル的文化遺産・・・、安価な値段で入手できることは、筆者にとってはさいわいです。講談社『日本全史』・・・、買い手がなくて、2500円に値下げされたようです。値札の上に値札がはってありました。

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2008年4月 2日 (水)

●30万冊の本屋さん・・・

今日の午後、妻と一緒に、防府市に新しくできた書店に行きました。

同業者の方が、この書店、30万冊を店頭に並べる・・・、と話しておられましたが、店内に並べられた書籍をすみからすみまで眺めていて、<30万冊は30万冊でも・・・>と少々がっかりしました。

『部落学序説』執筆に関する文献・資料は、ほとんど目にとまりません。日本史関連の書籍を並べているコーナーを見たのですが、近世幕藩体制下の「穢多非人」について、あるいは、近代の「特殊部落民」について言及している歴史書はほとんどありませんでした。しかも、新刊30万冊・・・ではなく、開店にあわせて、チェーン店の倉庫から在庫の品をすべてかき集めたような・・・。

筆者、新刊の購入は、いままで通り、国道2号線沿いの宮脇書店で十分・・・、と判断しました。この30万冊を常備していると宣伝されている、新しい書店・・・、<再び訪れることはないだろうな・・・>、と思いながら、町の中を走る国道ではなく、農道を通って帰ってきました。

岡山には、丸善が昔からあったし、筆者がまだ若い頃、紀伊国屋が進出してきて、その二つの書店には、よく出かけました。バスに40~50程揺られながら・・・。岩波書店の学術本や洋書・・・、若い時代の筆者にはとても魅力に満ちたものでした。

山口には、そのような書店はなし・・・。

いつも<不満>をのべていた筆者の耳元に入ってきたのは、国道2号線沿いに宮脇書店が進出してくるとか・・・。そして、その売り場面積は、周南地区最大・・・。書棚に並ぶ本の中には、学術本も・・・。そのとき感じた喜びは、今日の、30万冊を常時揃えているという新しい書店に対しては抱くことはありませんでした・・・。

本の数は少なくていいから、いい本をたくさん置いてくれる書店はできないものでしょうか・・・。

そう思いながら、今日、その書店で、柳田国男著『木綿以前の事』(岩波文庫)を購入しました・・・。

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2008年3月29日 (土)

●『部落学序説』執筆のための資料を購入・・・

『部落学序説』執筆のための資料として数冊の書籍を購入しました。

『部落学序説』第5章・水平社宣言批判執筆のための資料として、中尾文隆編著『柳田国男の民俗学がわかる本』(秀和システム)・喜田貞吉著『賎民とは何か』(河出書房新社)・喜田貞吉著『先住民と差別』(河出書房新社)の3冊。

喜田貞吉については、いままで、『特殊部落研究』を唯一の資料にしていましたが、これで少しく喜田貞吉の「賤民史観」について批判検証を深めることができそうです。

もう一冊は、河田章著『近世瀬戸内経済史研究-岡山藩・長州藩の史的分析』(吉備人出版)。第1部岡山藩流通史は、読んでいて少しもの足りなさを感じます。木綿と藍についても、「流通」だけでなく、木綿と藍の「生産」についても言及し、<岡山藩生産・流通史>として研究成果をまとめてほしかった・・・。この博士論文、『部落学序説』の筆者としては、木綿・藍・規制・法令・通貨(岡山藩内では、金銀銭ではなく紙幣の藩札が流通していた・・・)に関する史資料集として使用します。

一般史からの、河田章氏の木綿・渋染・商取引規制に関する論述は、「岡山藩」の「渋染一揆」の原因となったとされる「倹約御触書」の各項目の解釈に際して、有力なツールになります。

無学歴・無資格、歴史学の門外漢の筆者・・・、先人の言説に学びつつ、先人の言説を批判検証することになります。

筆者の、部落史研究の師である北川健先生、長州藩の木綿・藍について論じるとき、「流通」だけでなく、「生産」にも重きを置いて論述しておられます。真の歴史学者は、時代的制約の中に身をおきつつ、その論述に際して、自己の限界を論述することのできる謙遜さを持ち合わせています。

筆者が、北川健先生に<師事>するのは、その歴史学者としての良心的謙遜さ故です。

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2008年3月25日 (火)

●水平社の時代的背景を綴る、史資料集入手・・・

今日、ひさしぶりに、国道2号線沿いの宮脇書店に立ち寄りました。

購入したのは、水平社の時代的背景を綴る、史資料集2冊・・・。

今、執筆している『部落学序説』の付論「百姓の目から見た渋染・藍染」・・・、大体、先が見えてきましたので、本論の第5章・水平社宣言批判の執筆に戻るためです。

20080325ブログ『部落学序説』とその関連ブログ群、中世より近世、近世より近代、近代より現代の問題をテーマにしたときの方がアクセス件数・読者数が増える傾向にあります。『部落学序説』、これからも、アクセス件数・読者数が増えていくのでしょうか・・・。

部落史研究・・・、日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」から自由になりますと、とてもおもしろい世界がはじまります。

一般説・通説・俗説にのっかった「江戸学」では描ききれない、ほんとうの歴史が姿をあらわしてきます。部落史研究の学者・研究者・教育者の執筆する、入門書・専門書・教科書だけに依拠しないで、自分の目で、関連史資料を読んでみることで、そのことが可能になります。

渋染一揆の『禁服訟歎難訴記』に出てくる、「<身分広き>御百姓様・・・、<身分狭き>穢多・・・」の言葉の意味するところ・・・、岡山藩の御用学者・熊沢蕃山の執筆した書物の言葉から推測していきます。ココログの保守作業が終わったら、その文章をアップロードします。

差別思想「賤民史観」への批判とその解体への、筆者の孤独な闘い・・・、最後まで続けます。

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2008年3月14日 (金)

●久しぶりに徳山市立図書館郷土史料室をたずねる・・・

午前中、徳山市立図書館を訪ねました。

筆者が閲覧する本の多くは、1階の一般書ではなく、2階の歴史に関する専門書・資料群です。

徳山市立図書館の郷土史料室の蔵書を閲覧することができなかったとしたら、筆者の『部落学序説』の執筆は、ほとんど不可能であったと思われます。

今日は、2時間をかけて、2階にどのような書籍があるのか、一瞥しました。一度目にとめたものは、それをたとえ忘れてしまっても、なにかの拍子に思い出すものです。

今日は、当然、「木綿藍染」を調べにいったのですが、近世幕藩体制下の農法・農業に関する古書がところせましと並んでいます。それらを1冊1冊手にとって、目次だけに目を通していきます。

「学者っていいなあ・・・、毎日毎日、史資料を読んで、研究できるなんて・・・」。

ひとり心の中でつぶやきながら、徳山市立図書館2階の歴史資料を散策しましたが、楽しかったのは、草木染めの染見本(布地・糸)をファイリングした本を見つけたこと・・・。藍で染められた木綿布地・木綿糸・・・。濃淡を問わず、とても奇麗な色です。

好きな色はひとそれぞれ違います。「蓼食う虫も好きずき」ということわざがありますが、俳人にしても、松尾芭蕉と小林一茶では、衣類の色のこのみに違いがあります。松尾芭蕉は茶色系統の色を好み、小林一茶は青色系統の色を好みます。

『小林一茶』(集英社新書)の著者・宗左近氏は、一茶は、「青空色がひどく好きなのですね。・・・半透明な青、それに一茶は敏感なのです。ずいぶん喜びを感じるようです。・・・一茶は・・・実に繊細な詩人です。」といいます。

青空のやうな帷(かたびら)きたりけり

帷子(かたびら)の青空色や朝参り

青天と一ッ色也日傘(ひがらがさ)

長月の空色袴きたりけり

元旦や上々吉の浅黄空        「浅黄」は薄い藍染の色・空色・水色のこと


木綿の帷の色は、藍染で染めた色・・・。宗左近は、小林一茶は、「岡山藩」の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者が「差別の色」・「人をはずかしめる色」とする藍染の色を、あえて着て見せ、注目を集めようとするような人ではないといいます。「一茶はけっしてガラッパチではありません。じつに繊細な詩人です。」と言い切ります。

今日は、筆者、藍染の布地と糸をみることができてしあわせです。

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2008年3月 6日 (木)

●日本文化史研究者の方が立ち寄られる・・・

昨日、日本文化史研究者の方が当方に立ち寄られました。

出張のついでとか・・・。

今年は、『部落学序説』執筆のための資料を増やさないと決心していたのに、「岡山藩」の「渋染一揆」に関する文章を書き始めて以来、BOOKOFFで関連書籍を多数購入していることを心配してくださって、「古書店を探しに歩かれる前に、電話してください。手元にあれば、すぐ提供させていただきますので・・・」と言われます。

その方、日本文化史に関して、膨大な冊数の資料・書籍・論文集をお持ちとのこと・・・。

無学歴・無資格の筆者に、いろいろ便宜を図ってくださること、感謝の極みですが、ただ、筆者はほんとうに無学歴・無資格・・・、部落研究・部落問題研究・部落史研究の基礎資料・基礎研究・基礎論文が何なのか・・・、ほとんど知りません。

筆者は、たまたま入手できた資料を精読して、そこから、『部落学序説』執筆に必要な情報を抽出しているに過ぎません。

『田舎牧師の日記』に掲載していませんが、「百姓の目から見た渋染・藍染」執筆をはじめてから、「岡山藩」の「渋染一揆」に関する史資料も収集しています。「岡山藩」の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の方々の論文を読んで、その史資料がその論文の執筆に際して使われているかいないか、確認していますが、それは、主に、「岡山藩」の「渋染一揆」研究の学者・研究者・教育者の方々から反論があった場合、それに対応するための備えとして保有しはじめているに過ぎません。

<過ぎたるは及ばざるが如し>という言葉がありますが、筆者にとっては、『部落学序説』、その付論である「百姓の目から見た渋染・藍染」執筆に必要な最低限の、身の丈ほどの史資料があれば充分です。

それにしても、日本文化史研究者の方・・・、その方の前に立ちますと、筆者、無学歴・無資格の現実を認識せざるを得ません。本物の学者・研究者・教育者の水準、無学歴・無資格の、歴史学・文化学のしろうとの筆者の及ぶところではありません。

『部落学序説』とその関連ブログ群を読んでくださる日本文化史研究者の方のご厚意・・・、こころから感謝申し上げます。

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2008年2月14日 (木)

●『フューチャリスト宣言』を入手しました・・・

BOOKOFFに立ち寄り、3冊入手しました。

中江克己著『江戸の暮らし』・池波正太郎著『江戸切繪圖散歩』・坪田五男編『農商の偉人』。

帰りに、宮脇書店で、日本基督教団豊科教会のJohn F Cross 牧師がすすめていた、ちくま新書の『フューチャリスト宣言』を購入しました。視力が回復したら、読むことにしましょう。

家に戻ってしばらくしたら、この前、注文していた岩波書店の文庫本2冊が届けられました。喜田川守貞著『近世風俗志』の第4巻と第5巻。

「百姓の目からみた渋染・藍染」を執筆しはじめてから、「今年は、本を増やさない・・・」という、新年はじめの決意もどこかへ吹き飛んでしまいました。今日だけで、増えた本の数は6冊・・・。

『フューチャリスト宣言』の著者の一人、茂木健一郎氏曰く、「社会の中で僕の憎むさまざまな・・・「差別」の根源には、「リソース(資源)が限られている」ということがあると気づきました」。

もう一人の著者・梅田望夫氏曰く、「いままでの仕組みのなかで選ばれた人が情報を選別して民に知らしめるべきなんだ、そういう仕組みでようやく人間の世界は成り立ってきたんだ」という世界観を持っている人はエリート社会に多い・・・」。

梅田望氏のことば、これまでの部落研究・部落問題研究・部落史研究の世界についても妥当するかもしれません。「部落史研究」を特定のエリート集団に独占させないで、民衆の手に取り戻す・・・、筆者の『部落学序説』は、アナログ的発想のもとに執筆されているにもかかわらず、どこかで、梅田望夫・茂木健一郎氏と時代精神を共有しているところがありそうです。

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2007年12月 3日 (月)

●105円の学術書・・・

Pc030086今日、BOOKOFFに立ち寄りました。

入手した105円の本は、森下忠著『刑事政策各論』(成文堂)、森末伸行著『正義論概説』(中央大学出版部)、ペック著『平気でうそをつく人たち-虚偽と邪悪の心理学-』(草思社)の3冊・・・。

無学歴・無資格の筆者にとっては、<学術書>と思われるこれらの本が、新品同然の状態で@105円で入手できるのは、とても幸いなことです。

@105円で入手した文献は、こころおきなく、資料として、マーカーを入れたり、注を施したり、あるときは、論文単位に綴じ直したりして、論文執筆の材料に供することができます。

105円の学術書・・・、一月10冊買っても1050円、20冊買っても2100円・・・。

最近、スーパーで販売されている大根、1本100円・・・(教会のミニ菜園で栽培しているので購入することはありませんが・・・)。<賞味期限>がきれた学術書と新鮮な大根1本が同じ値段・・・。不思議といえば不思議な世の中になったものです。

写真は、BOOKOFFから帰ってきたとき、教会の前の川にいた白鷺です。

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2007年10月25日 (木)

●昨日注文して今日届いた古書・・・

昨日、インターネットで検索して、『田子一民』を注文しました。

すると、今日の午前中に届きました。

読みたいときに読むことができる・・・、何となくうれしくなります。「日本の古本屋」加盟店で、『田子一民』と一緒に、その書店の古書目録も送られてきました(「日本の古本屋」からはメールマガジンが送られてきます)。

今日、午後、周南団地付近に用があったので、ついでに、国道2号線沿いのBOOKOFFに寄りました。入手したのは、神谷美恵子著『生きがいについて』・『こころの旅』、岩波講座日本通史『現代1』・『現代2』の4冊。

安価で古書が読めるのはしあわせです。

神谷美恵子の2冊の本は、筆者の青年時代に読んだことがあります。なにとなく、読み直してみたくなりました。神谷美恵子は、精神科医、岡山の長島愛生園に勤務したことがある方で、それで関心を持つようになりました。そのころ、筆者は、病院で臨床病理検査に従事していました。病院勤務を辞めたあと、すっかり忘れてしまっていた本ですが、105円コーナーで見つけました。それで再読する決心をしました。

それと、『こころの旅』の巻末に添付されている「本との出会い」の32冊の本・・・。

筆者の生きた時代の記念碑として、32冊全部読んでみたいと思います。

岩波講座日本通史『現代1』・『現代2』は、『部落学序説』第6章・同対審答申批判を執筆するために、もういちど歴史の流れを確認するため・・・。BOOKOFFで長い間、買い手がみつからず、105円コーナーの傍らで眠っていました。筆者も見て見ぬふりをしていましたが、今日、とうとう「嫁入り」してもらうことにしました。

こちらも、筆者の生きた時代の記念碑としても役立ちそうです。

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2007年9月21日 (金)

●数分を惜しんで資料の読破・・・

今、『部落学序説』第5章・水平社宣言批判の執筆再開に向けて、手持ちの資料を通読しています。

『部落学序説』執筆に先立って読んでいた資料は「再読」になりますが、『部落学序説』執筆開始後、新たに入手した資料や、『部落学序説』の読者の方々から提供のあった資料にも目を通しています。

筆者の頭の中のメモリーに何分の一かは、『部落学序説』執筆のための情報が占有しはじめましたので、、『部落学序説』第5章・水平社宣言批判の執筆再開の内的ボルテージは徐々に高まりつつあります。

『部落学序説』第5章は、「水平社宣言」の一般的・通説的紹介ではなく、根源的批判を意図しているため、執筆再開のため、少々時間がかかりました。「水平社宣言」を金科玉条・不磨の大典のごとく受け止めるのではなく、ひとつの歴史的なテキストとして、多角的に批判・検証を徹底したいと思っていますが、部落研究・部落問題研究・部落史研究の学者・研究者・教育者を「論敵」に見立てての、近代部落差別生成過程の解明、新たな解釈に挑戦したいと思います。

今、八木晃介著『<差別と人間>を考える 解放教育論入門』(批評社)を通読(精読)していますが八木晃介氏の視点・視角・視座が見えはじめました。そして、その理論的限界と破綻の側面も・・・。

八木晃介氏は、「著者紹介」では、「1967年-1991年 毎日新聞記者(千葉支局、東京・大阪本社学芸部)」であったそうですが、『部落学序説』では、いままで、マスコミ関係者への批判は控えてきましたが、元新聞記者である八木晃介氏のテキストを批判する際に、マスコミと部落差別の問題について言及していきたいと思っています。

近代部落差別の生成過程において、当時のマスコミ(新聞)の果たした影響は計り知れないものがあります。当時の国家権力の代弁機関に成り下がっていたマスコミ(新聞)の、「差別性」、どちらかいいますと、犯罪的「差別性」を明らかにする上でも・・・。

筆者は、昔、現・山口県立徳山高校教師・藤村泰夫氏が主催していた「読書会」に参加していたとき、八木晃介氏を招いて(その当時、八木晃介氏は新聞記者でした・・・)、講師の八木晃介氏との集団討論会が開催されたことがあります。そのとき、八木晃介氏の話をお聞きしたのが最初で最後ですが、筆者と八木晃介氏との関係は、一過性のものでしかなく、テキスト批判に際して主観が入る余地はありません。

それにしても、部落研究・部落問題研究・部落史研究は、いまだ解明されていない数多の課題を内包しているようです。八木晃介著『<差別と人間>を考える 解放教育論入門』は、部落問題の社会学的研究法をマスターしたい人にとっては、格好の入門書・手引書のようです。

黒川みどり著『地域史のなかの部落問題 近代三重の場合』(解放出版社)が部落問題の歴史学的研究の「たたき台」であるとしたら、八木晃介著『<差別と人間>を考える 解放教育論入門』は、部落問題の社会学的研究の「たたき台」であると言えるでしょう。

『部落学序説』の筆者の目からみますと、両書は、部落問題を見直すときの必読の書であると言えます。

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