2008年4月21日 (月)

●絶海の孤島・鳥島・・・

4月20日(日)の午後7時30分から、NHKの番組で、『ダーウィンが来た! 絶海の孤島アホウドリ今復活中』がありました。

最近、食事をしながら、妻と一緒にこの『ダーウィンが来た!』という番組を見ることが多いのですが、今日は、一時絶滅していたといわれたアホウドリが復活した・・・、という話しでした。

人間の残酷な乱獲によって絶滅に瀕していたと思われたアホウドリ、鳥島の断崖絶壁のわずかななぞえに棲息していました。アホウドリを虐殺した人間から、自分の身を守るため、人間が近づけない場所を棲息地にしていたようです。

そのアホウドリの棲息地を、鳥島全域に回復するためのこころみを映像化したものが、今日、放映された、「絶海の孤島アホウドリ今復活中」だったのでしょうか・・・。

絶海の孤島・・・、その名は鳥島。

「「鳥島」は通称で、正確には「硫黄鳥島」」だそうです。

筆者、『部落学序説』の執筆を完了したあとで、執筆に用いた史資料を一括して公表するつもりでしたが、読者の部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々から、執筆に用いる史資料は、最初に公表すべきであると指摘され、それも一理あると思われましたので、参考文献のリストを公表しました。

無学歴・無資格の筆者、執筆に使用する史資料を<秘蔵>する意図は全然ありませんので、すべて公開しました。そして、執筆開始以降に入手した史資料についても、リストに追加してきました。

その中に、狩野政直著『鳥島は入っているか 歴史意識の現在と歴史学』(岩波書店)があります。

26年前、山口県下松氏の小さな教会に赴任してきたとき、山口県の高校の教師を世話人としてはじめられた読書会に誘われ、筆者も発題を求められ、狩野政直著『近代日本の民間学』(岩波新書)・同『日本近代化の思想』(講談社学術文庫)をとりあげました。狩野政直氏は、歴史学の門外漢である筆者に、歴史学が何であるのかを教えてくれた学者のひとりです。

『部落学序説』とその関連ブログ群で使用している諸概念は、狩野政直氏の論文から大きな影響を受けています。

今、『部落学序説』の執筆を中断して、『部落学序説』序論と第1~3章で論じてきたことを、「岡山藩」の「渋染一揆」研究に適用したらどうなるのか・・・、実践事例を明らかにするつもりで、「百姓の目からみた渋染・藍染」について言及していますが、第4章「解放令」批判はもちろん、第5「水平社宣言批判」~6章「同対審答申」批判の執筆に際しても、<狩野史学>からの影響は、今後も大きなものがあります。

『部落学序説』執筆の舞台裏と直面した様々な問題を具体的にとりあげた『田舎牧師の日記』の中に、草・木・花、小鳥・蝶・虫に関する文章と写真を掲載していますが、それは、筆者が、「部落史」を論じるとき、一般説・通説・俗説という枠組みに埋没して、ちいさなことがらに対する視線を見失うことをおそれ、自らの自戒とするためです。

バラスだらけの庭に咲いた、ちいさなアネモネの花に注目するのも、そのような精神のあらわれですが、それを教えてもらったのが、狩野政直著『「鳥島」は入っているか 歴史認識の現在と歴史学』(岩波書店)です。

狩野政直氏は、作家・島尾敏雄の講演『私の見た奄美』から<啓示>を受けたことばを引用しています。「日本の歴史の中であるいは日本人の中で、はじっこの方だから、落していいといふうな考え方を是正して行かなければならない・・・」。狩野政直氏は、そのことばには、「”切り捨てる”のとは対極の思想が表明されていた・・・」といいます。

そして、読者にこう呼びかけているのです。

「わたしたちの歴史学には、はたして「鳥島」は入っているか」。

「鳥島」は、民間学・民衆史学の大切なメルクマールなのです。

「歴史認識に当って、これまでの尺度の踏襲的な適用は、不生産性・独善性に連なるかもしれぬ・・・」といわれますが、部落史の認識にあたって、これまでの尺度(賤民史観・愚民論)の踏襲的な適用は、歴史研究・歴史教育の「不生産性」・「独善性」に帰結することになる・・・という、「戦後歴史学の・・・自己点検=再構成」にかかわった学者・研究者・教育者が抱いた「危機感」・・・、筆者の見る限りでは、その「危機感」・・・、部落史研究の分野においては現実のものになってしまったような気がしてなりません。

自覚するとしないとにかかわらず、「権力史観」に立ち、「武士階級」の視点・視角・視座からしか、「岡山藩」の「渋染一揆」を研究できない、学者・研究者・教育者たち・・・、狩野政直氏いう「愚民論」的発想を捨てきることができないようです。

筆者、部落史の「学問の権威自体」を疑い、無学歴・無資格、歴史学の門外漢である<常民>の視点・視角・視座から、部落史という学問の枠組みそのものを「批判の対象」にしています。

戦前・戦後の部落史研究の「存立の基盤」である「賤民史観」に対して、「原理的」に否をつきつけているのです。

『部落学序説』の執筆の直接的原因となった、筆者と山口県北の寒村にある、ある被差別部落の古老との出会い・・・、その寒村は、筆者にとって、部落史研究上の、部落学遂行上の「鳥島」です。「岡山藩」の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者が切り捨ててかえりみない、重要な課題です。

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2008年3月 1日 (土)

●昨日はひさしぶりに熟睡・・・

昨日は、ひさしぶりに熟睡しました。

今朝は、目のかすみは、少し和らいできました。

少しよくなると、すぐパソコンの前に座る筆者ですが、今朝は、『部落学序説』の1文書あたりのアクセス件数を出してみました。

被差別部落の地名とタブー  9033件
ある同和対策事業批判  1330件
部落学序説  786件
紀州藩「城下町警察日記」を読む  151件
田舎牧師の日記(Ⅱ)  62件

筆者が各文章、読者の方々が読みにきてくださるのは、部落差別問題関連記事です。教会・花・野菜・小鳥の話は、極少数の方々のみ・・・。

部落差別問題関連記事で、読者数の多いのは、以下の順です。

部落差別問題の現代>近代>近世>中世>・・・

執筆の主題が、中世よりも近世、近世よりも近代、近代よりも現代を主題にしたものの方が読者数が多いようです。

『部落学序説』とその関連ブログ群は、歴史学的研究ではありません。非常民に関する学としての「部落学」という、新しい枠組みで執筆されていますが、現在のところ、近世から近代へ、近代から現代へ・・・、と主題の時代的範囲を拡張していますが、現在は、その流れと逆行して、近世と近代のはざまに戻って、「百姓の目から見た渋染・藍染」について執筆しています。

アクセス件数をみすみす減少させる営みです。

しかし、これまで、『部落学序説』で紹介してきた視点・視角・視座、方法で、「岡山藩」の「渋染一揆」をとらえたらどうなるのか、その実践事例として言及するのも悪くはないかな・・・、と思って、執筆を続けています。

筆者の手元にある、部落差別問題関連資料は、現代>近代>近世>中世>・・・の順番ですから、ひとつの文章を書くために確認しなければならない資料は飛躍的に増えます。その資料を批判検証するためには、近世のテーマについて言及する以上に、執筆者の視点・視角・視座を明確にしなければなりません。

日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」を徹底的に<破壊>・・・、するためには、膨大な時間と労力が必要なようです。

吉岡幸雄著『日本の色を染める』に記されているように、「日本の色・・・」、それはどの色も美しい・・・。「貴色」・「賤色」という発想は、外来思想である中国の悪しき文化に汚染された古代天皇制の残滓でしかありません。「日本の色・・・」、それはどの色も美しい・・・、のと同様、すべての「ひと」は、美しい・・・。そこに、本質的に「貴人」・「賤民」と呼ばれるような人が存在するはずもありません。

それぞれの時代の支配階級が、自分の都合のいいように制度化したに過ぎません。

現代の「被差別部落」の人々は、その先祖の歴史にまでさかのぼって「賤民」として、部落史の学者・研究者・教育者からラベリングされることを黙って容認してはならない、差別思想である「賤民史観」という、一見、「被差別部落」の人々を「勦るかの如き・・・」教説は、「多くの兄弟を堕落させた・・・」教説であり、差別的な部落史の学者・研究者・教育者によってはきかけられた「クダラナイ嘲笑の唾・・・」に過ぎず、「呪はれの夜の惡夢・・・」に過ぎない。「被差別部落」の人々は、部落史の学者・研究者・教育者によって押しつけられた「賤民」としての「烙印・・・」を投げ返さなければならない。「被差別部落」の人々は、部落史の学者・研究者・教育者の差別的な思想「賤民史観」を受け入れ、「卑屈なる言葉と怯懦なる行爲によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならなぬ・・・」・・・。そして、「被差別部落」の若い世代が、「人生の熱と光」を持って生きることができるよう、差別思想である「賎民史観」を葬り去り、民衆と共に差別なき新しき社会をつくろう・・・。被差別部落の人々を差別の奈落に落としこめた人々は、民衆ではない。背後にあって民衆を教育し、差別思想である「賎民史観」を注入し続けてきた、学者・研究者・教育者である・・・。彼らは、それぞれの時代の権力の走狗として、「被差別部落」の人々の「誇りうる・・・」近世幕藩体制下の司法・警察である「非常民」として生きてきた歴史と人生の物語を奪い続けてきたのだ。自ら構築すべき歴史を、差別者である、部落史の学者・研究者・教育者にゆだねた結果、「賎民」とラベリングされてきたし、今もされている、そしてこれからもされ続けることになる・・。「被差別部落」の「人間を冒涜」することを許したことは、今日に至るも、「被差別部落」の「多くの兄弟を堕落・・・」させている。「被差別部落」の若い学徒たちが、「人間を尊敬する・・・」ことの真の意味を認識し、差別思想である「賎民史観」を投げ返し、「自らを解放せんとする者の集団運動を起こせるは、寧ろ必然である・・・」。近代以降の歴史学者・研究者・教育者が構築してきた、差別思想である「賎民史観」を破棄し、自らの歴史と物語を取り戻すとき、決して、差別されることのない「祝福された時が来る・・・」。差別なき社会の夜明けは近い。押し付けられた「荊冠・・・」をかなぐり捨て、勇気をもって、真の部落解放運動のために立ち上がるべきだ。大学の教室で、図書館で、研究室で、差別思想である「賎民史観」を打破すべく勉学を続けよ。毎日毎日、真の部落解放の姿を考えよ。これまでの部落解放運動は、真の部落解放運動の<前座>に過ぎない。戦いはこれからだ。差別思想「賎民史観」の打破と、それを永久に葬り去る課題は、大学で、その図書館や研究室で学ぶ、「被差別部落」出身の学生の肩にかかっている。「人の世に熱・・・」「人間に光・・・」、「被差別部落」の本当の歴史をその手に掴むために、差別思想である「賎民史観」の担い手である学者・研究者・教育者の言説を批判検証し、議論・討論し、「賎民史観」を放棄せしめ、「人間に貴賎はなし・・・」との理念のもと、真の部落解放運動に共同参画せしめよ。真の部落解放運動の前座でしかない、同和対策事業の様々な問題に臆するな。同和対策事業の最初から<罠>は想定されていた。大切なのは、真の部落解放運動の担い手足るべく自らを飛躍させることだ。無学歴・無資格、「被差別部落」出身ではない、ただの「百姓」の末裔に過ぎない、部落解放運動の門外漢に過ぎない筆者の言葉を読む、<あなた>、<あなた>にはそれができる!

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2008年1月21日 (月)

●明山修先生のお手紙を読み直す・・・

今年のはじめ、部落史の論文集を送ってくださったのは、明山修先生・・・。

筆者は、日本基督教団西中国教区に赴任してすぐ、部落問題特別委員会の委員をさせられましたが、最初の課題は、日本基督教団が部落解放同盟から糾弾された、キリスト教界の差別文書(代表的なものが賀川豊彦著『貧民心理の研究』)に対する批判検証でした。

賀川問題を理解するために、関連文書を集めていたとき、購読していたのが、『ひょうご部落解放』でした。そのとき、部落研究・部落問題研究・部落史研究の学者・研究者・教育者による優れた論文にお目にかかりました。

明山修先生の『「新古平民騒動」の研究』もそのひとつです。

その当時、『ひょうご部落解放』を購読して、諸論文を読んでいなければ、『部落学序説』は、形になることはなかったことでしょう・・・。

『部落学序説』の執筆を開始して以来、読者の方々から、資料・論文集をいただくことが多いのですが、その都度、どこまで、その事実を公開していいものか・・・、思案します。

明山修先生から論文集をいただいたときも、思い悩みましたし、元検事で牧師になられた松尾喜代司の親族の方、東京工業大学・松尾陽太郎教授からのメールについても同様・・・。

しかし、明山修先生にしても、松尾陽太郎教授にしても、最初から実名での筆者に対するお便りですから、インターネット上で殊更そのお名前を匿名にする意図は持っておられない・・・、と思うようになりました。

明山修先生は、「兵庫教育大学教授・柴田一先生(渋染一揆の発掘者)に師事」されていたそうです。

送っていただいた論文集に同封されていたお手紙を何度も読んでいますが、「停年以降のライフワーク」と考えておられる、部落差別の「共同幻想」批判・・・、豊富な資料を駆使しての近代初期の「旧穢多」にまつわる研究・・・、『部落学序説』の筆者として、大いに関心を持っています。

筆者は、すでに、『部落学序説』の既述文章において、明山修先生の論文について批判を展開しています。多々、失礼な表現もあろうかと思いますが、それにもかかわらず、論文集の提供と、書簡において、数々のご教示を賜り、感謝の思いを募らせるのみです。

明山修先生のご活躍を楽しみにしています。

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2008年1月12日 (土)

●ロウバイの花が満開・・・

P1120006_3 今、教会の庭のロウバイの花が満開です。

ミニ菜園で作業をしていると、ロウバイのいい花の香りがしてきます。

教会の庭の木々に寒肥を施すために、余分な枝や雑草・枯れ草を取り除いていっていますが、なかなか作業が捗りません。

明日、礼拝のあとに、寒肥を施すことにしましょう。

左の写真は、フリーソフトのBatchGOOで、画像サイズを縮小したものです。左の写真をクリックすると、デジカメ(オリンパス、CAMEDIA C-2100 Ultra Zoom)で撮った原画を見ることができます。

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2007年12月19日 (水)

●ミカド 日本の内なる力

W.F.グリフィス著『ミカド 日本の内なる力』(岩波文庫)を入手しました。

この前、国道2号線沿いの宮脇書店で、グリフィス著『The Micado's Empire』を入手したのですが、そのとき、ついでに、岩波文庫の『ミカド 日本の内なる力』を注文しました。しかし、宮脇書店にも岩波書店にも在庫なし・・・、それで、インターネットで検索して古書店に注文しておいたものです。

明治維新の前後の時代、<外国人>は、誰から、どのように、日本の「穢多・非人」についての情報提供を受け、それをどのように理解し把握していったのか・・・、それを確認するためのひとつの資料として、上記2冊を入手したのですが、日本の部落研究・部落問題研究・部落史研究の一般説・通説・俗説から<逸脱>した論理を抽出できそうです。

これからも、部落差別完全解消を目指して、<確信>をもって、『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆を継続していくことにしましょう。

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2007年12月16日 (日)

●明治初年代のEtaに関する資料

この前、国道2号線沿いの宮脇書店で、William Elliot Griffis 著『A History of Japan from the Age of Gads to the Meiji Era (660BC-AD1872)』を入手しました。

中学校3年生程度の英文法で通読できる読みやすい英文です。

日本で出版された英書のようですが、本の帯びにこのように記されています。

「近代西洋へ初めて紹介され、当時の日本理解のよりどころとなった貴重な書」

「大学在学中、日本人留学生との出会いを機に日本に興味を持ったグリフィスは1870年に来日。福井藩の藩校明新館と東京の大学南校(東京大学の前身)で化学・物理学を教える。その間3年弱という短い滞在だったが、グリフィスは精力的に日本の歴史や風俗慣習について研究し、日本学の先駆となった。その成果をまとめた本書は1876(明治9)年にニューヨークにて刊行されて以来、長年にわたり欧米人の日本についての知識の源泉として大きな役割を果たした」。

グリフィスが、日本に滞在している間に接した日本人は、主に士族階級・・・。Preface には明治維新と近代中央集権国家の建設者となった著名な旧武士階級の名前が列挙されています。

グリフィスは、明治4年の「穢多非人之称廃止」の太政官布告が出された前後数年という極めて短い期間日本に滞在したに過ぎません。その間に、旧武士階級から収拾した資料をもとに日本の歴史を執筆し、明治9年に本国で出版しています。

グリフィスは、『The Micado's Empire』の中で、「穢多・非人」について、4回言及しています。グリフィスは、その時代と状況の中で、「穢多・非人」をどのように認識したのか・・・。読んでいますと、旧武士階級が、グリフィスに伝えたことと伝えなかったことが明らかになってきます。それと同時に、グリフィスが、「外国人」として、日本の「穢多・非人」をどのような視点・視角・視座から見ていたのか・・・、それも、しかと認識することができるようになってきます。

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2007年9月17日 (月)

●明治以降の三重県と山口県の部落史の比較・・・

今、黒川みどり著『地域史のなかの部落問題 近代三重の場合』(解放出版社)を精読しています。

合わせて、布引敏雄著『融和運動の史的分析』(明石書店)も再読しています。

明治以降の「地域史のなかの部落問題」を三重県と山口県のそれを比較・検証して、両者の相違点と類似点を明らかにするためです。

「水平運動」と、その否定的契機としての「地平運動」(融和運動)の相違点と類似点を明らかにするためでもありますが、近代三重県と山口県の部落史の相違点より類似点を明らかにする方が、近代部落差別の本質を明らかにすることに資するようです。

「水平運動」と「地平運動」(融和運動)、それぞれの特質・・・。現代の部落問題、部落解放運動においては、両者は著しく混同され、解放運動と融和運動の区別の指標が曖昧にされているようです。「部落解放運動」を名乗ってはいるが、実は、戦前の融和運動と寸分違わぬものであったり、「部落解放運動」そのものが拡大・拡散されていく中、現在の「部落解放運動」は、Syncretism 的状況に陥っているようです。

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