2008年5月10日 (土)

●庭の景色を塗り替える冷たい雨・・・

今日は雨が振っています。

しかも、冷たい雨が・・・。室温は16度C・・・。老いの季節に入ってひさしい、礼拝堂のシクラメンの花にとっては、やすらかさを覚える日になるのでしょうか・・・。

庭の草・木・花、この雨でいろいろな花がその開花期を閉じていきます。ムスカリ・シラーベルビアナ・釣鐘水仙・フリージャ・アネモネ・ラナンキュラス・ポピー・ヒナゲシ・こでまり・ストロベリーキャンドル・キンセンカ・・・。今回は、教会を離れていたときが多く、そのきれいな姿を撮ることができませんでした。

春の花が終りを告げ、そして、初夏を彩る花が咲き始めました。

プランターと鉢を整理、その土を再生して、そのあとに、今、育苗中の夏・秋の花の苗を移植します。この前、園芸店で購入した各種ハーブもいっぱい芽を出しましたので、苗床からポットに移植して、さらに苗を大きくします。

この春も、筆者、失敗だらけ・・・。もっと上手に花を咲かせることができたのに・・・、と後悔の思いが残ります。しかし、教会の庭に咲いてくれる花、何も言わないで、「咲かせてくれてありがとう。また来年お会いしましょう・・・」と散っていきます。

筆者の勝手な<妄想>でしかないかもしれませんが、生と死のドラマを繰り返していきます。

P5100162松田観光農園の奥さまに、「ぶどうの木の幹には虫がつきやすいので、指でそっとなでてやると虫がつきにくいようですよ・・・」と教えられて、ときどき、ぶどうの幹を触診してきましたが、そのためか、害虫に侵害されることなくすくすくと成長しています。

ぶどうは、子育ての中では優良児に相当します。

ぶどうの枝には、1番枝・2番枝・3番枝があることを知りました。ぶどうの枝にも、生育した順番に長男・次男・三男というのがあるのでしょうか・・・。枝ごとのぶどうの花芽の数は、1番枝・2番枝・3番枝の順番に比例しています。

1番枝・・・、ぶどう棚をはみ出して成長していますので、梅雨に入る前に、ぶどう棚を延長して雨除けを作ってやらなければなりません。増設するぶどう棚、母屋にくっつける離れ家の形につくります。

下松愛隣教会の天に召された兄弟姉妹たち・・・、土を耕し土と共に生きてきたひとびとの死はおだやかです。花がしおれるように去って逝きます。「共に信仰を分かち合ってくれてありがとう。またみ国で、イエスさまの前でお会いしましょう・・・」。

下松愛隣教会の瓦礫とバラスだらけの庭に咲くいろいろな花・・・、先に天に召された兄弟姉妹たちの天からの祈りのことばなのかもしれません。

クリスチャンの単なる妄想かもしれませんが・・・。

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2008年5月 8日 (木)

●筆者に語りかける草・花・木・蝶・蛙・・・

Han0805081教会の庭を点検し終えて時計をみると、12時が近い・・・。

梅の木やピラカンサについているシャクトリムシ(ウメエダシャク)を駆除するのにかなり時間を消耗したらしい・・・。ピラカンサの木は5本、梅の木は3本。シャクトリムシは、この2種類の木に集中して増えているようです。

しかし、水道の水をジェット水流にして洗い落してきた結果、枝についているシャクトリムシの数はめっきり少なくなりました。

草・花・木に水をやっていると、彼らが筆者に話しかけてきます。「お水がもっとほしい・・・」、「私は堆肥・・・」、「虫がついているから取り除いて・・・」、「日があたるところへ引っ越しして・・・」、「球根を育てるからお礼肥を頂戴・・・」等。

筆者の単なる妄想かもしれませんが、<妄想>だとして、その声を聞き捨てますと、草・花・木は、花を咲かせることなく枯れてしまいます。次の年も花を咲かせることはありません。その声に耳を傾け、それなりの対応をとりますと、教会の庭の草・花・木・・・、きれいに花を咲かせてくれます。

それから、今年、はじめて、カラスアゲハ(ナガサキアゲハの可能性もありますが、現在とのところ筆者に識別できませんので・・・)が教会の庭から飛び立ちました。羽化するところを見たわけではないのですが、いつものように、筆者の廻りを数回ゆっくりと羽を広げて飛んで飛び立って行きました。教会の庭から巣立つアゲハチョウの行動パターンです。筆者には、「今年も農薬をまかないでいてくれてありがとう。ぼく、こんなにきれいなちょうになったよ・・・」と話しかけてくるようです。「がんばってね・・・」、こころのことばを交わし、飛び立っていくカラスアゲハ・・・、もうすっかり夏ですね。

そのあと、あしながばちが2匹やってきて、「モッコウバラの枝の中に巣を作っていい?」と語りかけてきます。「だめだよ、ここは水をよくかける場所だから・・・」。あしながばち、「わかったわ・・・」といいながら、モッコウバラを離れて行きました。彼女たち、一番苦手なのは、水・・・。特に、水道のジェット水流は苦手です。一度これにあたると、長い足が折れ、羽が破れるみたいで、再び飛び立つことができなくなります。

デジカメをもって、庭に戻ってみると、別のカラスアゲハが・・・(上の写真の上から2枚)。十分飛び立つことができなくて、ミニ菜園の中で離陸と不時着を繰り返しています。そして、ついには、ミニ菜園を何周かして木の枝にとまることができました。

「ゆっくり、練習してていいよ、今、猫は昼寝の時間だから・・・」。
「うん、そうする・・・」。

P5080133 カラスアゲハが不時着していたミニ菜園の土をみると、亀裂が・・・。落花生が芽を出しはじめたようです。土の中で育った芽が、土を押し分けて、地上にひょっこり顔をみせた瞬間です。

「やあ、君の姿みるとうちの妙子さん、喜ぶよ・・・」。
「ぼく、ことしもがんばって芽、出したからね・・・」。

教会の瓦礫とバラスだらけの庭を開墾してつくったお花畑とミニ菜園、筆者と妻と、生きとし生けるものの同棲同類の場所です。筆者と妻が、こころの中で、花や蝶、小鳥や虫と会話できる場所・・・。それが、たとえ<妄想>といわれるものであったとしても・・・。

水をまいていたとき、鳴いていた蛙は5匹・・・。

毒虫・害虫に支配された世界は悲惨です。ですから、毒虫・害虫は、一定の数以上に増殖しないよう、駆除する必要があります。自分の権力と利権だけを主張する毒虫・害虫が異常繁殖することは、「同棲同類」の秩序を破壊してしまいます。しかし、教会のお花畑やミニ菜園、花壇や庭の木々には、無農薬・有機栽培ですから、毒虫・害虫もいつでも存在しています。農薬を使って、絶滅させることはありません。害虫・毒虫も、「同棲同類」の対象です。

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●連休明けの庭の点検・・・

昨日の日本基督教団西中国教区の教区総会をもって、この4月末から5月はじめの「ゴールデンウイーク」は終わりました。

昨日は、精神的疲れからか、夜早くから就寝し、目が覚めたのが午前8時・・・。妻は、仕事にでかけてもうその姿はありませんでした。

ふとんをたたんで、ゴミを出し、洗濯をはじめましたが、洗濯している間は、花に水をやることができませんので、教会の庭を散策してデジカメで写真をとっていました。2、3日前まできれいに咲いていた花も、その花期を終えて散り始めているものも少なくありません。

来週木曜日、西中国教区の『教区通信』の編集者が取材にこられますが、そのとき教会の庭はどんな様子になっているやら・・・。まあ、教区の中で一番小さな教会・・・、花だけを取材にこられるわけではなさそうなので、あまり気にする必要はないのかもしれませんが・・・。

きぬさやとグリーンピースを収穫。いずれもザル1杯分。きぬさやはそろそろ終りを迎えています。きぬさやに代わって収穫できるようになったのがグリーピース。そのあとを追いかけるようにソラマメが大きくなっています。

そうこうしているうちに、教会役員の方がオートバイに乗ってやってきました。そして、教会のぶどうと野菜の苗を見て帰られました。その役員さん曰く、「教会のぶどう、大きくなりましたね。楽しみですね。どんな実を付けるやら・・・。2本目のぶどうにも、花芽がついている・・・。夏野菜の苗も、ずいぶんりっぱになりましたね。ところで、この苗どこに植えるです・・・?」

教会のミニ菜園、教会役員の方のはたけと違って、本当に<ミニ>ですから、心配になられるのも無理ないのですが、でもなんとかおさまるものです。といっても、すいか7本(必要数3本)、トマト16本(必要数8)、きゅうり12本(必要数6)、インゲン16本、エダマメ16本・・・、妻と筆者の二人分を収穫するには少し多すぎますか・・・。種をまくとき、まいた数だけ発芽してくれるわけではないので、つい多めにまいてしまいます。ミニ菜園に空きがないときはプランター栽培に切り換えます。

その他に、花の苗もいっせいに大きくなっていますので、これから、教会の庭の手入れ、多忙になります。

それと、芸予地震で被害を受けた会堂・・・、いままで、自力で補修してきましたが、昨年、教会の玄関の屋根瓦の土が流動化して流れ出て隙間ができ、瓦がずれると同時に雨漏りの原因となっていることがわかりました。補修作業をしなければ・・・、と思いつつ、優柔不断な筆者、いままで伸ばしに伸ばしてきましたが、まもなく梅雨・・・、早急に屋根の補修作業をしなければならないと思っています。

今朝の天気予報では、土曜日には雨が降るとか・・・。日曜日は、教会暦の上では、ペンテコステと母の日・・・。毎年、母の日に、教会関係者に母の日の花をプレゼントするのですが、土曜日に降る雨、どの花を流し去り、どの花を残してくれるのか・・・。もしかしたら、母の日の花、一輪もないという場合も想定されます。

霊性豊かな牧師は、説教・牧会・祈祷に専念し、平和・人権・教育のための運動に参加し、こころの中にきれいな花を咲かせ、母の日には、花屋の高価なカーネーションの花束を信徒にプレゼントする尊い仕事に従事することになるのですが、霊性の乏しい、神の裁きの中を生きている筆者、屋根にはいつくばり、地にはいつくばって、芸予地震の残被害といまだに闘い、礼拝堂に生ける花を育て、健康維持のため、無農薬・有機栽培の野菜を自分の手で育て、母の日には、自らの育てた、雨にあたってしおれた花を信徒にプレゼントしなければなりません。

瓦礫とバラスだらけの庭から石ころをひとつひとつ取り除いて土をつくり花や野菜を育てるのと同じく、日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」から差別的見解をひとつひとつとりのぞき、差別なき<壌土>を見出し、そこに部落差別完全解消の<花>を咲かせようとする・・・、「ミンナニデクノボウトヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ」無為の日々を過ごす筆者・・・。

年をとるとみんな、若い時代の生き方が出てくる・・・、と言われます。筆者、歳をとっても、今とそれほど大きな違いはなさそうです。「ミンナニデクノボウトヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ」、基督者として、黙々と畑を耕し続ける・・・。

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2008年5月 4日 (日)

●ホテイアオイを入れ換える・・・

ホテイアオイが腐ってしまい、藻が発生するようになりました。

それで、今日は、ホテイアオイを破棄して、あみで、水槽のメダカ10匹を退避させて、水槽の水を半分入れ換えました。そして、園芸店で買ってきた、あたらしいホテイアオイ4本を入れました。

水槽のメダカ・・・、最初ホテイアオイを買ったとき、そのホテイアオイについてきたメダカです。今は、10匹家族になっているみたいで、楽しそうに水槽の中を泳いでいます。

ホテイアオイが大きくなるまで、朝夕、メダカにエサをやらなければなりません。体長1cmほどのちいさな、あかちゃんめだかが食べることができるほどの小さな顆粒のエサですが、メダカもみているとかわいいですね・・・。

妻曰く、「同じなら、スイレンの花を咲かせたらいいのに・・・」。

スイレンの花、1本で1200円の価格がついていたことと、スイレンの根の張り方について、昨日の夜、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方から聞いた話を伝えると、「睡蓮の花はいいわ・・・」と、残念そうにつぶやいていました。

特価で200~300円になったとき、迷わずに睡蓮の花を購入することにしましょう。

教会の庭に、睡蓮の花がお嫁入りするのを待つのも楽しみです。

部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方が作っておられる簡易浄水装置を作って、その処理の中間過程の中で、睡蓮の花を咲かせてみたい・・・。

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2008年5月 3日 (土)

●5月の教会の庭・・・

Han0805031わずか5日間、教会を離れていただけなのに、教会の庭、すっかり様変わりしていました。

1枚目と2枚目の写真は、白色のもっこうばらです。今が満開です。近隣の庭は、黄色のもっこうばらが多いのですが、妻の要望で白色のもっこうばらの苗木を植えました。

③オダマキ、④ラベンダー、⑤釣鐘水仙、⑥シラーベルビアナ、⑦白色の花は梅花うつぎ、⑧スイトピー、⑨金魚草、⑩カーネーション、⑪タイキンケイギク、⑫矢車草。

ラベンダーの花は、日本基督教団・阿佐ヶ谷東教会の日高姉が送ってくださった種から育てたものですが、宿根草なので、毎年数が増えるようです。

日本基督教団西中国教区の教会の中で一番ちいさな教会の庭・・・、春の花でいっぱいになるのも、そう遠い日のことではなさそうです。

教会の庭は、瓦礫とバラスだらけの痩せた土地・・・、筆者のこころと精神、思索と論理の貧困さを物語っているようです。

筆者と妻が育てている花も、他の方々が作っておられる立派な花と比べますと、かなり見劣りがします。『部落学序説』とその関連ブログ群についても同じかな・・・。

東北の妻の実家で過ごした丸三日、牧英正他編『日本法制史』・喜田貞吉著『賎民とは何か』を読みました。読めば読むほど、『部落学序説』とその関連ブログ群で主張している筆者の説をあらためて確証させられます。

「馬鹿につける薬はない・・・」と、部落史の学者・研究者・教育者の方々からは揶揄されるかもしれませんが・・・。

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2008年4月25日 (金)

●花香る季節・・・

Han0804253教会の庭を散策していますと、土の匂いと草花の香りがしてきます。

左の花は、カリフォルニアポピー・フリージャ・春菊・石竹・撫子・花菱草・ラナンキュラス(2枚)・ゆきしのぶ・忘れな草・たんぽぽです。

デジカメで花を撮影する・・・

それは、筆者にとっては簡単ではありません。なにしろ、芸術的センスはほとんど皆無ですから・・・。

花を撮影するとき、いちばん考えさせられるのが、花と、花を撮影する筆者との位置関係です。花は、上から見下ろして撮影することもできますし、膝を折って花と同じ視線で撮影することもできます。また、身をひくくかがめて花を仰ぎながら撮ることもできます。

同じ花を撮影しても、視角の如何によって、撮影された花のおもむきはかなり違ってきます。同じ花を撮影しても、筆者と筆者の妻の間でも、花の写真は、異なる構図と異なる情緒をかもしだします。

それに、撮影日時・天候・機材・技術・・・によって、その違いはさらに拡大されます。

そこに咲いている花はひとつなのに、無数の視角から撮影される無数の写真が存在することになります。

誰にでも納得できる、その花の一般的な写真を撮ろうとしますと、撮影した写真・・・、だんだん、植物事典に掲載されているような写真に近づいてきます。

写真も、撮影した時点で、著作権が発生しますが、上手に一般的な写真を撮ろうとすればするほど、植物事典に掲載されている写真に近づいてきます。そうしますと、その写真・・・、著作権の保護から外されてしまいます。

このことは花についてだけでなく、小鳥や蝶についても同じです。

筆者、それだけでなく、部落史研究においても当てはめることができると考えています。

目の前にある部落史の史資料は、ひとつです。しかし、その史資料をひもとく視点・視角・視座は無数に存在します。筆者、存在していて当然・・・、と考えるのですが、中には、既存の一般的な枠組み、視点・視角・視座しか認めようとしない歴史学の学者・研究者・教育者も存在します。

植物事典に掲載されている写真を理想化し、現実に棲息している草花の多種多様な花の姿を否定するひとびとです。

チューリップは、いつもつぼみの状態でなければならない。思い切りパカーっと開き切ったチューリップなどチューリップではない・・・、と考える人たちです。また、ウグイスは、「ホーホケキョ」と鳴くべきであると断定して、他の鳴き方をするウグイスに「ヘタクソ!」と罵倒する人たちです。

ステレオタイプ化した写真・文章・絵画は、著作権保護の対象外になってきます。

『部落学序説』とその関連ブログ群・・・、一般説・通説・俗説に吸収しきれないが故に、最初から、著作権保護の対象になっています。

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2008年4月24日 (木)

●ハナアオイと落花生・・・

海岸沿いの国道188号線を走って、上関に行く途中、毎年、ハナアオイの花がきれいに咲いています。

瀬戸内の海の青に映えて、とてもきれいなのですが、毎年、同じ場所に同じ花が咲いています。それをみる都度、妻曰く、「今度、あの花を植えましょう・・・」。

何度となく耳にした妻のことばですが、今日、国道2号線沿いの米沢園芸に立ち寄ったとき、ハナアオイの種をみつけました。1袋315円・・・。1袋の種で約30本の苗がとれるといいます。

ついでに、ロケット・バジル・レモンバームのハーブの種も買ってきました。これらのハーブは鑑賞用ではなく食用のハーブ。ロケット・バジルはスパゲッティに使い、レモンバームは紅茶に入れて服用します。

それから、落花生・枝豆・インゲン・ホウレンソウの種も購入しました。

ミニ菜園は、現在、畳み3枚分しか空きがありませんので、春野菜が収穫し終わるまで、ポットで苗を育成することになります。

教会のミニ菜園とお花畑・花壇・・・、そんなに広くありませんので、種を直播きするのはほんの一部です。ほとんどは、種をまいて、苗を育ててから、菜園や花壇に移植します。

妻が「どうしてもほしい」という、ハナアオイと落花生・・・。

午後、種をまきます。

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2008年4月18日 (金)

●種のまきかた・・・

Han0804184筆者が、妻に教えられて、花や野菜の苗を育てる方法です。

100円ショップの小さなプランターを苗床として、市販の花の種1袋を1プランターにまきます。

農薬を使っていない庭では、芽がでると虫や鳥に食べられてしまう場合がありますので、筆者は、上に、園芸用のポットケース(園芸店て花の苗を買うとこのケースに入れてくれます・・・)を載せます。もし、発芽温度が不足しているようでしたら、ポットケースの上にガラス板(廃品)を載せます。

プランター(苗床)の代わりに、ポットに直接播く場合もありますが、下の写真は、それで育てた夏野菜(トウモロコシ・キュウリ・トマト・スイカ)の苗です。

一番下の写真は、「綿」の芽・・・。

今回の春の雨・・・。雨が降ったあとには、たくさんの花の芽が出ていました。

聖書の中に、「春の雨」・「秋の雨」ということばがよく登場してきますが、「春の雨」は、神さまの恵み雨です。

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2008年4月17日 (木)

●春の雨で芽が・・・

今朝も春の小雨が降っています。

やはり、春の雨は、一雨ごとに、教会の庭の花のある景色を塗り替えていきます。雨に打たれて散ってしまう花もあれば、つぼみを大きくして開花に備えている花もあります。

朝顔・ひまわり・コスモス・ホウセンカ・・・、この雨で芽がではじめました。それに、藍と綿も芽を出しています・・・。

藍と綿・・・、園芸店で売られていた種を1袋づつ、@128円で買ってきたものですが、綿から糸を作り、藍からとった染料で、藍染めしてみたいと思います。綿の種・・・、今回はじめてみましたが、いままで一度も見たことがない種の形状をしていました。種に綿毛が生えている・・・・?!

昨々日、1袋売価470円の球根が100円で販売されていた、ムスカリの球根とアイリスの球根・・・。袋の中で芽は出ていますが、根は皆無・・・。いままで、花の咲く季節にその球根を植えて成功したためしはないのですが、性懲りもなく、ムスカリの球根の数10個、アイリスの球根の数16個・・・(計400円)で買ってきました。

そして、ありあわせの器や廃品を利用して、ムスカリとアイリスの育成装置を作ったのですが、なんと3日目にして、根がではじめました。今年、花は咲かせなくてもいいので、葉をしげらせて、球根を大きくして、来年、りっぱな花を咲かせてくれたら・・・。

自然にあわせて、1年単位でものごとを考えるようになったのは、筆者の妻の影響です。


*ムスカリとアイリスの育成装置

本当のことを書きますので、笑わないでください。用意したのは、①廃品のプラスチックの20×30×4(深さ)cmの容器と、②同じく廃品のプラスチックの1cm角の格子状のかご、③折れた園芸用の支柱・長さ20cm程度2本・・・。

まず、①の中に水を入れ、③を適当に沈めます。その中に②を入れ、②の底が①の水面になるように水の量を調整します。そして、②の格子状の底に、枯れた皮をとって、ムスカリとアイリスの球根を芽を上にして差し込みます。根が伸びてくると、③を他の適当なもの(石ころ)に代えて、水の深さを調整しながら、根を伸ばしていきます。そして、球根の大きさの2倍の根になったら、作り置きの堆肥を加えたプランターに移植してやります。かかる費用は、球根の購入代金400円のみ。それで、ムスカリの10本、アイリス16本の切花がとれれば最高です。しかも、ムスカリにしてもアイリスにしても、あまり手をかけないで毎年切花用の花を咲かせてくれますから・・・。

花って不思議です。こころが通じるのか、売れ残った花をていねいに育ててあげると、次の年、きれいな花を咲かせてくれるのです。筆者の妻の言い分ですが・・・。人間も同じです。

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2008年4月15日 (火)

●ムスカリとアイリス・・・

今日、妻とBOOKOFFに行った帰り、スーパーに立ち寄りました。

そこで、花屋さんのコーナーで、球根1袋100円で販売されていましたので、ムスカリとアイリスそれぞれ2袋購入しました。

ムスカリは、開花時期は4月下旬まで。アイリスは5月上旬まで。どちらも、芽が出ていますが、根は出ていません。・・・、開花時期に、その球根を植える・・・、いままで何度か試してみましたが、一度も成功したことはありませんでした。

過去の経験から、今、この球根を植えても開花する可能性はないし、そのまま土の中で腐る可能性もあります。

しかし、それにもかかわらず、ムスカリとアイリスの芽が出て、根が出ていない球根を購入したのは、実験するため・・・。根を出すためにはどうしたらいいのか・・・、ある試みをすることにしました。

ムスカリの球根の数10個、アイリスの球根の数16個・・・。この日曜日、礼拝後の茶話会のときに話題になったアヤメ・・・、今日手に入れた16個200円のアイリスもアヤメ科の花・・・。今年花をさかせることができなくても、次の年から花をさかせてくれればいいので、挑戦してみることにしました。

ムスカリとアイリス・・・、本来は、1袋470円の球根です。アイリスには、「花もちがよく切り花におすすめ!」とありました。本腰を入れて育てなければ・・・。

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2008年4月11日 (金)

●恵みの雨、花にとっても、草にとっても・・・

Han080411_2昨日の春の雨・・・。

植物にとっては、恵みの雨だったようです。教会の庭に花は、背丈も伸び、少しく花も大きくなったような感じがします。

しかし、神さまの恵みの雨、人間の目から見て、高価な価値のある花だけに降るわけではありません。人間の目から見て、価値のないと思われている雑草の上にも、平等に降り注ぎます。

ということで、教会の庭の花・・・、春の雨が注がれてきれいに咲くのと同じく、雑草も同じように成長し、花を咲かせています。

教会の庭、生きとし生けるものが「同棲同類」(高村光太郎の言葉)していますので、花だけでなく、雑草の手入れもしなくてはなりません。花が咲いているところの雑草は抜き取りますが、そうでない場所の雑草は、地表から出ている部分だけを刈り取るだけです。

すべての雑草を取り除いたらどうなるのか・・・。

教会の庭、バラスと土で、砂漠化したようになり、夏は、太陽の光を反射して、礼拝堂は蒸し風呂のようになります。それで、筆者、庭の雑草は適宜刈り取って、疑似芝生にします。すると、夏の礼拝堂、爽やかな風が入ってきて、過ごしやすくなります。

時々、雑草とみるやら、徹底的に抜き取って除去しないと気がすまないひとに出会いますが、そういうひと、筆者は苦手な存在です。人間の世界ですと、「首都圏への通勤時間1時間以内、100坪の豪邸に住んでいないと人間ではない・・・」、と思っていたりするのですから・・・。

『部落学序説』の付論「百姓の目からみた渋染・藍染」の続きを執筆したいのですが、今日は草の手入れをしないと・・・、「一日遅れの三日取り、三日遅れの十日取り、十日遅れの一ヶ月取り、一ヶ月おくれの、あとは草ぼうぼう・・・」、天国に召された、関東学農会の事務局長・井草先生から夢の中で一喝されそうです。

上の写真は、今朝の礼拝堂のシクラメンの花・・・。

毎日、しおれた花をつみとっていますので、花の数はすっかりすくなくなってしまいました。花の数が少なくなると同時に、シクラメンの葉の数が増えて大きくなっていきます。シクラメン、花を咲かせるより、次の季節のために、球根を大きくしはじめたようです。

最後のはなびらが散るのは、いつごろになるのでしょうか・・・。

仕事にでかける前に、妻曰く、「シクラメンンに対する、あなたのやさしさ次第です・・・。しっかりお世話してね。枯らしてはだめよ・・・」。

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2008年4月10日 (木)

●種から育てた三色すみれ・・・

Han080410b種から育てた三色すみれ・・・

あめあがり、きれいな花を咲かせていました。春の小雨にぬれると、どの花もきれいに見えるようです。

この三色すみれは、花壇に植える三色すみれと違って、とても小さな花です。野生のすみれに近いのかもしれません。色は、2色・・・。

教会の庭に植えている花は、基本的には切花用で、切花として使用できない花は、ほとんど栽培していません。

しかし、昨年、日本基督教団豊科教会のJohn F Cross牧師の影響を受けて、三色すみれの苗を買ってきたり、種を播いたりしました。その時の、種から播いた三色すみれが左の写真・・・。

どの花も、それぞれの美しさがあって、見ていると飽きることはありません。

夕方になって、また雨がふりはじめました。簡易温室の中の花の苗床、ほとんど全部、温室の外に出しました。今回の春の雨にあたって、この前まいた百日草の種も一斉に芽を出しています。

牧師になるために学んだ農村伝道神学校・・・、筆者、その神学校でも落ちこぼれで、農業実習は、ほとんど何も身につけることはできませんでした。そのとき、おぼえた唯一のことは、関東学農会の事務局長をされていた井草先生から教わった、満州の開拓農民が使っていたという<蛸壺農法>・・・。その農法の背景に、老子の「無用の用」が反映されているから不思議です。

この<蛸壺農法>・・・、インターネット上で検索しても出てきません。今となっては、井草先生から受け継いだ貴重な農法なのかもしれません。


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2008年4月 8日 (火)

●一日、花の種をまく・・・

今日は一日花の種をまきました・・・。

「一日・・・?」
「そう、一日・・・?」
「そんなに教会の庭って広いの?」
「いいえ、西中国教区の教会の中で一番小さな教会ですから、それ相応・・・」
「それなのに、花の種をまくのに、一日もかかるのですか・・・?」
「園芸、しろうとですから・・・」。

筆者の下手な種のまきかた
(1)土に、園芸店で買ってきたバーク堆肥・牛糞堆肥:過リン酸石灰を適量まぜる
(2)ケースに30個分のポットを並べる
(3)ポットに、用意した土を7割程度入れる
(4)ケースの30個のポットに散水する
(5)花の種の袋の説明書を読んで、指示通りに種をまく
(6)柔らかい土でうっすら種を被覆する
(7)バーミキュライトをかける
(8)再び、散水する
(9)花の名前を記入する
(10)説明書に従ってポットケースを花壇に配置する
(10)発芽に温度が不足していればケース全体をガラス板でおおう

ひとつの花の種をまくのに、結構時間がかかります。

下松愛隣教会の庭の花は、ほとんどが種と球根から育てていますので、なにとなく、時間がかかります。園芸店から花の苗を買ってきて植えると楽なのですが、1本78円の苗を100本買ってきても7800円かかります。そんな費用、簡単に出すことはできません。

それで、種からまくことになるのですが、1袋128円の花の種で育てることができる花の苗は、品種にもよりますが、24~30本・・・。やはり、ごくありふれた花は、種から育てたほうが安価にすみます。

しかし、作業を終えた夕方6時頃になりますと、どこにどんな花を植えたのか・・・、ほとんど忘れてしまっています。もちろん、花の種をまくつど、花の名前を記した札を立てることにしているのですが、この作業を怠ると、<悲劇>がはじまります。

しかし、作業をすべて終了したあとは、なにとなく、こころよい疲れが残ります。

今年の夏、どんな花が咲いてくれるやら・・・。

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2008年4月 5日 (土)

●4月のシクラメンの花・・・

Han0804051毎日、2、3個ずつ、しおれていく花を摘み取っています。

まだ、下から新しい芽が出てきていますが、これからは、徐々に花の数が減っていくものと思われます。

シクラメンンの花の手入れを、冬モードから春モードに切り換えて1ヶ月になりますが、4月に入っても、花を咲かせ続けるシクラメン・・・。最後の花を摘み取るのは、いつごろになるのでしょうか・・・。

最後の花を摘み取ったあとも手入れが必要なようです。今度は、葉と球根を育ててやらなければなりません。妻はよく、「花のこころを知るや君・・・」といいますが、筆者、無粋にして花のこころを知ることはなかなかできません。

シクラメンの花、もう時期が過ぎたとして見捨てるか・・・、それとも、最後の最後まで花を咲かせ続けるのか・・・、どちらが、シクラメンにとっていいことなのか・・・、筆者、判断することはできません。その場合、筆者は、いつも、「とりあえず、現状維持・・・」を選択します。

筆者が決めなくても、シクラメンの花自身が決めるでしょうから・・・。

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2008年3月31日 (月)

●チューリップが咲き始めました・・・

Han0803312チューリップの花が咲き始めました。

今年は、教会の玄関の花壇ではなく、裏庭のお花畑に球根を植えました。

主日礼拝の切花用として栽培していますので、防風林となる垣根の木の前に植えています。2種類の球根を植えたのですが、今は、半分だけが咲いています。

あとの半分は開花時期がかなり異なります。

スイセンの花は、いろいろな種類のスイセンの花が同時に咲いています。

キンセンカは、今年は、黄色が少なく、ほとんどがみかん色・・・、写真に撮るとそうでもないのですが、自分の目でキンセンカの花をみると、その鮮やかさに驚きます。夕方にもくっきり・・・。

今日、教会玄関の南側の隣家との間のブロック沿いに、雑草をとったときの雑草と土を50センチ幅で、20センチの高さに設置しました。

今年は、ランドカバーグラスの種をまいて、来年から、菊の花を自生させることにします。

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●月曜日は牧師の休日、しかし野良作業・・・

月曜日は、牧師の休日・・・。

しかし、それは名目だけで、実質上は普段の日となんら変わりはなし・・・。

教会の庭、庭木・花壇・お花畑・ミニ菜園・・・、朝からちらついていた春の小雨もあがったので、これから、<野良作業>です。

上下作業着に着替え、襟首から虫が入らないように、たれ布のついた麦わら帽子をかぶり、花粉症対策用のマスクをつけ、手首には袖筒、農作業用のゴム手袋をはめ、足はゴム長靴、風のある間は綿入り半纏を身にまとう・・・、これが、日本基督教団下松愛隣教会の日頃身にまとっている衣類です。

主日礼拝の説教をするとき、信徒の家庭を訪問するとき、教区の諸集会にでかけるとき、書店・図書館におもむくとき、病院に診察を受けにいくとき・・・、は背広に着替えます。

今日の夜は、「百姓の目からみた渋染・藍染」の続きを執筆します。今日は、「岡山藩」の「倹約」の認識内容について・・・。

「岡山藩」における<倹約>・・・、四様に解釈されていたそうですが、「岡山藩」の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者たち・・・、<倹約>の内容を検証せず、通り一遍の解釈にとどまります。

無学歴・無資格、歴史学の門外漢である筆者、部落史研究の学者・研究者・教育者が無視してきた史資料を引用するにためらうことはありません。

<倹約>・・・、そのことば、意味深長です。

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2008年3月29日 (土)

●野の花・アネモネの花・・・

Han0803291野の花・アネモネの花・・・

やっと、切花にできるように、茎が伸びてきました。

今年は、ていねいに球根を育てて、来年、花の数を4~5倍にしましょう。

妻曰く、「園芸店で販売されている花の苗、それをかってきて開花を楽しむだけでなく、花が咲き終わったあと、種なり球根なりをとっておいて、次の年、同じ花を咲かせる、それが、花を作るほんとうの楽しみ方なのです・・・」。

あおむらさきのアネモネ・・・、きれいですね。

こうしてみますと、春の花の中にも、青系統の花は少なくないようです。ネモフィラ・忘れな草・アネモネ・・・。

妻から、園芸を引き継いでからというのも、毎年、種をまきながら花を咲かせることができないものに、「花あざみ」があります。

中学2年生のこと、クラス会で、担任から教えてもらった「あざみの歌」・・・。

山には山の 愁いあり
海には海の 悲しみや
ましてこころの 花ぞのに
咲しあざみの 花ならば・・・

その次の朝、教室の白い壁の前に活けられていた、紅の混じった深紫の花あざみの色・・・、その色を、60歳をすぎた年になっても追い求めている筆者ですが、まだ、その色に再会したことがありません。

筆者、八洲秀章作曲の歌は、すべて好きなのですが、人生の様々な試練や苦しみ・悲しみの中で、ふとわれにかえったとき、思い出すのは、八洲秀章作曲の歌です。その歌をくちずさむとき、筆者は、いつも、人としてのやさしさを取り戻すことができました。








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●花のつき方がまちまちの忘れな草・・・

Han0803294_2忘れな草の花・・・。

忘れな草の青色もきれいな色です。赤・白・黄の花の多い春の花の中で、青色の花というのは、めずらしいものがありますが、このちいさな忘れな草の花・・・、みつめていますと、こころなごみます。

数日前、東北福島の妻の実家から電話がありました。まだ、山(磐梯山・会津布引山)には雪が積もっているので、雪が溶けてから帰ってくるように・・・。

最初、妻が電話にでたのですが、おとうさん、すぐ、筆者に代われ、といったとか・・・。「おとうさん、わたしより、あなたに会いたいみたいよ・・・」と、妻、ちょっぴり淋しそうでしたが、妻のおとうさん、筆者のことを、<娘婿>ではなく、自分の<息子>と思っているようです。

今年も、妻の実家を尋ねて、戦前、若い時代、お国の為に、海軍で頑張ったおとうさんの話しに耳を傾けてきましょうか・・・。

忘れな草の青・・・。

筆者にとっては、海の色・・・。きれいな海を、もう一度、人間の赤い血に染めることがないよう、祈りをこめて、この忘れな草の花を大切にしていきたい・・・。

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●麦とシラン・・・

Han0803295切花用の麦とシラン・・・。

明日の主日礼拝の花に、この切花用の麦をささげます。

シランの花・・・、昔、妻が園芸店で1ポット買ってきて植えたものですが、いまでは、数百本に増えています。他の花が咲かないところには、スイセンとシランを植えるようにしています。

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●教会の庭に増えるスズランスイセン

Han0803297スズランスイセンの花・・・。

スズランではないのですが、スズランに代わって、スズランの花の美しさを楽しませてくれます。

このスズランスイセン、徐々に教会の庭に増えていっています。3年に1回、球根を移植してやると、球根の数が自然に増えていきます。

60歳の男が愛でる花ではないのかもしれませんが、これからも教会の庭のあちらこちらに増やしていくつもりです。

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●ネモフィラの青が映える春・・・

Han0803298_3ネモフィラの青・・・。

筆者はとても好きです。

白鳥は悲しからずや空の青海の青にも染まずただよう

正宗白鳥の歌ですが、筆者、こどものころから、「空の青」・「海の青」が大好きです。

妻と結婚するまでは、ほとんど青一色の装いでしたが、妻と結婚してからというもの、茶系統・緑系統の衣類を身にまとうようになりました。

でも、青系統の色が一番安心できます。

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●まだ咲き続ける菜の花・・・

Han080329a上の2枚の写真は、ハボタンの菜の花です。もう少しで開花します。

下の3枚の写真は、白菜の菜の花です。

筆者、菜の花の黄色の色が好きなので、次の野菜の種をまくのにじゃまにならない限り、花を咲かせるようにしています。

それぞれ、神さまから命を与えられていますので、できるかぎり、花を咲かせてやることが、神さまの御旨にかなうことではないかと思っています。

人間、自分の勝手な意志で、他者の花を散らすようなことがあってはなりませんね・・・。

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●教会の庭に咲くいろいろな花・・・

Han080329b教会の庭に咲くいろいろな花・・・。

筆者は、かなり<適当>なところがありますので、教会の庭に種をまいたり、苗を植えたりした花の手入れは、必要最小限しかしていません。

教会の近隣の家々の庭は、いつも丁寧な手入れがされていますので、とてもきれいな花を咲かせています。それに比べると、教会の庭に花・・・、放任主義で育てられた花々です。

上から、カーネーション・フリージャー・チェリーセージ・チューリップ原種・チンチョウゲ(今年植えたばかり・・・)・ニラスイセン・ビオラ・タンポポ・ラッパスイセン・三色すみれ。

昨日、<福音>教会の牧師と思われる方から、お電話をいただき、長時間お話をしました。日本基督教団下松愛隣教会がホームページやブログで<宣伝>と<勧誘>をしているので、教会員を引き抜かれないように心配しなければならなくなったとか・・・。下松愛隣教会と同じようなホームページやブログを作成して対抗しなければならなくなって、余分な時間をとられるようになったとか・・・。

・・・・・・。

あまり、心配される必要はありません。<宣教>を<宣伝>・<勧誘>と同一視されますと、心配になられるかもしれませんが、<宣教>は、<宣伝>・<勧誘>と同じものではありませんから・・・。

それに、下松愛隣教会のホームページやブログ、<つまづきの石>である部落差別問題を前面に出していますので、被差別部落出身者を含めて、下松愛隣教会に、他教団のクリスチャンが尋ねてこられる可能性はほとんどありません。

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2008年3月25日 (火)

●春のシクラメンのお手入れ・・・

Han0803251今朝の礼拝堂の室温は、12度C・・・。

復活日の朝、生けたスイセンとゆきやなぎ、昨年の降誕日を前に園芸店から買ってきたシクラメンと一緒に、小さく貧しい教会の礼拝堂に彩りを加えています。

日中は、室温20度Cを越える場合も多く、シクラメンにとっては、あまりいい環境とはいえません。

それで、筆者、妻の指示に従って、朝・夕、ときどき昼にも、冷たい水道の水を霧吹きで、シクラメンの花と葉に隅々まで吹きつけています。

そして、2日に1度は、花の上から、少量のつめたい水道水をみずさしでかけています。

このシクラメン、葉の中には、いっぱい小さな花芽を持っていますので、春にふさわしい<お手入れ>をしてやれば、これからもまだまだ、花を咲かせ続けることになりそうです。

待降節・降誕節・受難節・復活節・・・、そして、聖霊降臨節をめざして、いくつもの教会暦上の季節を過ぎ越して行くシクラメンの花・・・。

教会の花・・・、いつも、新しい季節の新しい花を追いかけるように咲いているのではなく、古い季節の古い花が、生き続け、花を咲かし続け、そして、天寿をまっとうして枯れていく様と常に同居しているのです。

昨日、娘の大学入試関連の資料(厚さ5センチ・・・)を取り出して、妻と