2007年9月13日 (木)

●戦国時代の室町幕府・・・

昨々日、岩波講座『憲法2』を引き取りにいったついでに、今谷明著『戦国期の室町幕府』(講談社学術文庫)を購入しました。

そして、昨日と今日、この文庫本に目を通しているのですが、著者の今谷明氏は、「1942年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位修得。文学博士。国際日本文化研究センター教授。専攻は日本中世史。主著に『室町幕府解体過程の研究』・・・・」があると紹介されています。

あとがきに、「本書の構成は、第1章~第3章が私の修士課程時代の大学院へのレポート・・・」とあります。

<学歴と資格をもっている人の論文はこうでないといけない・・・>、と呟きながら通読していきましたが、あとがきに目をやると、「原本の出版が1975年(昭和50)なので、実に31年ぶりの刊行になる。」という言葉が飛び込んできました。

今谷明氏は、「筆者の研究主題は、しぜん学会焦眉の問題とはおよそ縁遠い政治史へと向けられ、いわゆる役に立たぬ学問研究に専念することになってしまった。」といいます。当時の中世史の研究が、「ほとんど農村史つまり荘園制の研究」に関心が集中されていた時代、今谷明氏は、中世政治史を研究されていたといいます。

無学歴・無資格の『部落学序説』の筆者である私にとっては、中世史研究の主流ではなく傍流の方に、すぐれた研究がある・・・、と直感的に思っています。

筆者が、刀狩り以降の社会構成員を、軍事・警察にかかわる「非常・民」と、「非常・民」ではないその他の人々である「常・民」とから構成されていた・・・、という仮説に立って論述を展開していますが、刀狩り以前、古代・中世の時代にも、軍事・警察に関与した人々は存在していたわけです。

軍事と警察が分離されたのは、嵯峨天皇の時代ですが、嵯峨天皇の時代から、刀狩りによる軍事・警察にかかわる「非常・民」と「常・民」とが完全に分離されるまで、何らかの形で、「非常民」・「常民」の区別が不明確な形で軍事・警察の職務に従事していた人々がいたと想定されます。

今谷明著『戦国期の室町幕府』には、中世の「非常・民」、特に、司法・警察として治安に預かったいた人々の姿が描かれています。今谷明氏は、「非常・民」・「常・民」という概念を設定することはありませんが、中世政治史の性格上、当然、そのことは意識しながら論文を執筆されていたと思われます。

「幕府や権門の警察権の問題を考えようとした」とされる「第3章・門前検断と釘貫」では、まさに、中世の警察システムの諸相が描かれているように思われます。禅宗・日蓮宗・一向宗と、権力と宗教との癒着によって、その都度、町や村の警察システムが改編されていきますが、中世を生きぬき、近世に入って時の幕府権力と結びつき、幕藩体制下の司法・警察機関(宗教警察)としての地位を手に入れのが浄土真宗であったのでしょう。

復刻版『部落』の第11巻(『部落』第75号)に野田只夫著「岡島皮田村記録」という論文が掲載されていますが、紀州藩『城下町警察日記』に出てくる牢番頭(穢多身分)たちは、中世警察システムの末裔か、何らかの関係を持っていたようです。紀州藩城下町の牢番頭は、「釘貫家」に属する人々でした。「釘貫家」は、「現在同地に中心部にそびえ立つ・・・堂々たる石垣作りの邸宅」だそうです。

部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会のブログ『ジゲ』戦記の中で、「釘貫」・「釘貫家」について言及されていますが、相当関心をお持ちのご様子、研究成果が楽しみです。

今谷明著『戦国期の室町幕府』第3章(182頁)に、『塵添壒嚢ショウ鈔』(『大日本仏教全書』)からの引用が掲載されています。

「町々ニアル城戸ヲ、クギヌキト云フ苛歟。文字如何。クギヌキと云也。平家ニモ成経帰洛ノ時、父ノ墓ニ参リテ壇築キヌキサセト書ケリ。字ニモ釘貫ト書ク。人ヲ登セジトテ、釘ヲ打通シテ根ヲ返サザル故ニ、釘ヲ貫くト書ク歟」。

今谷明氏はこのように説明しておられます。

「これによると要するに木材を縦横に柵のようにわたし、釘を多数打って反対側に突き抜かせて、盗賊などを防ぐために作った構築物であるらしい」。

「釘貫」は、京都の「西大路南北并柳原北釘貫辺」にもあったようです。

「釘貫」を守っていた「役人」(門番・番人・警固役等)、近世幕藩体制下の司法・警察である「非常・民」としての「穢多」の前身だったのではないでしょうか・・・。

今谷明氏は、「専門の研究者」といえども、「まとまった史料を通覧するといったことは不可能であるから、零細な断片的史料をかき集めて、わずかの事実を明らかにするという程度で満足しなければならない。」といいます。

まして、無学歴・無資格の筆者に到底及ぶことがらではないのですが、今谷明著『戦国期の室町幕府』(講談社学術文庫)は、筆者にとっても、傾聴に値する論文です。いつか時間を作って、精読し、批判・検証し、その成果を筆者の「部落学」に取り込んでいきたいと思います。

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