2009年12月15日 (火)

●若いときにもっと勉強していれば・・・

今朝、古書を前にして、妻にひとこと・・・

<もっと若いときから研究をはじめていたら、もう少し変わった事態になったかも・・・>。

すると妻曰く、<いままでは、その日暮らしで、必要な本すら購入するゆとりがなかったのでしかたがありませんわ・・・。それに、あながたが、もっと若いときにに、今、集めているような古書を集めて研究論文を書いていたら、あなた、それを書き終えて、今ごろ、老後をどのように生きるか、迷っていたはずですよ。いいじゃありませんか、今、水を得た魚のように、元気になって、集めた本を読むことができるのですから・・・。あなたが今読んでいる『老年心理学』に書いてありましたわよ。あなたの好きなゲーテが『ファウスト』を完成させたのが82歳のとき、死ぬ1年前だって・・・。あなた、まだ61歳なのですから、まだまだ人生に先があります>・・・。

筆者の妻、人生に対しては、どことなく<白妙姫>の趣があります。<白妙姫>・・・? 筆者のこころの中に存在する尊敬すべき女性像のことです。

  

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2009年12月 2日 (水)

●身の丈ほどの独学術・・・

昨日、徳山市立図書館郷土史料室の史資料を探索していて、久しぶりに眼精疲労に陥りました。

限られた時間の中で、効率よく、手作業で文献を検索しようとしますと、かなり目を酷使して視力が衰えてきます。文字に焦点を結ばせることができなくなて、文字が二重・三重に見えだします。作業の継続不可能に・・・。筆者の場合、根を詰めた文献の検索は2時間が限度・・・。

しかし、この1年間・・・、インターネットの<日本の古本屋>を通じて、基礎的な文献を収集してきましたので、徳山市立図書館に出向いていかなくても、手持ちの史資料だけで論文執筆が可能になりました。近世の長州藩と近代以降の山口県の史資料を用いた、部落史の見直しは、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々が分担されますので、筆者は、部落史研究の枠組みについて広範な見直しに関する史資料を重点的に収集しました。

山口県の部落史関連の史資料、膨大ですね・・・。

もちろん、部落史研究の枠組みについて批判検証を重ねているときに遭遇した、長州藩と山口県の史資料についてはこれからも言及する可能性はありますが、今回のように、徳山市立図書館郷土史料室、あるいは、山口県立図書館で、史資料を探索することは、ほとんどありえないのではないかと思われます。

やはり、年齢からくる身体的・精神的限界というものがあります。

その点、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々は、学歴をもった、筆者より若い世代の人々ですから、今後、研究成果が期待されます。筆者は、<身の丈ほどの独学>術を駆使して、『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆を継続していくことにしましょう。

  

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2009年11月28日 (土)

●職人わざとしての学問・・・

<科学>には長い歴史があります。

聖書解釈学もひとつの<科学>であるとしますと、その背後には、旧約聖書・新約聖書に関する解釈の長い歴史があります。

1冊の注解書を執筆しようとしますと、その解釈の長い歴史を回顧し、執筆しようとしている注解書の歴史的課題について言及しなければなりません。

無学歴・無資格の<ただのひと>が、注解書をひとりで書き上げるというのは、ほとんど不可能なことです。

たとえば、現在のドイツの神学研究・・・、その学者・研究者・教育者は公務員であり、豊富な研究費を使って、研究グループで、包括的・体系的な研究が遂行されるのが一般的であるといわれます。そして、その研究グループによる研究成果は、その研究グループの指導教授の名を冠して発表・出版されます。

しかし、日本の神学者・・・、少ない予算のもとで、どちらかいいますと、<技術者>というより<職人>の仕事を余儀なくされます。

最近、インターネットを介して、無学歴・無資格の筆者とは無縁の<学問>の世界をのぞいてみましても、<あらずもがなの神学>以外の学問においても、まだまだ<職人>仕事を要求されている、またそれに甘んじている学者・研究者・教育者が少なくないようです。

しかし、無学歴・無資格の、学問とはほとんど縁のない筆者が、<学問>の世界に魅せられ、その学者・研究者・教育者のいとなみを尊敬のまなざしをもってみあげることができるのは、徹底的に<職人>仕事を貫徹している方々です。

最近、筆者をして、神経病学・精神医学に関心をもたせるきっかけのひとつになった、佐竹昭広氏も、単なる学者・研究者・教育者ではなく、<職人>的仕事を極めた学者・研究者・教育者であるような気がします。

筆者の<佐竹学>熱・・・、なかなかさめそうにありません。

    

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2009年11月25日 (水)

●<現代精神医学>についで<現代心理学>も学びなおす・・・

無学歴・無資格の筆者・・・、いままであまり関心をもつことがなかった学問の分野は少なくありません。

そのひとつに心理学があります。筆者が、心理学を学んだのは、相良守次著『心理学概論』(岩波書店、1968)のみ・・・。

今回、<精神医学><現代精神医学>にシフトするついでに、<心理学><現代心理学>にシフトすることにしました。しかし、心理学については、あらたに書籍を入手するつもりはないので、手持ちの書籍から、本明寛他著『現代心理学入門』(1985)を通読することにしました。

そのあと、横島章著『部落差別の社会心理学的研究』(明石書店、1984)を精読することにしましょう。

無学歴・無資格の筆者にとって、すべての学問は、人生において遭遇するさまざまな問題を解決し克服するために<道具>・・・。<道具>の世界もいろいろ近代化され、材木を加工するにも、電気ノコギリや電気カンナを使うのが一般的になっています。しかし、筆者、電気ノコギリも電気カンナももちあわせていませんので、相も変わらず、普通のノコギリと普通のカンナを使用しています。

筆者のクライアントサーバーは、Windows Server 2008 ですが、筆者にとっては、こちらも、電気ノコギリも電気カンナの類ではなく、単なる普通のノコギリ、普通のカンナの類・・・。身の丈を超えた知識・技術は問題解決のために使用することができず、身の丈に及ばない知識・技術は問題解決の道具足りえない。無学歴・無資格の筆者に必要なのは、常に<身の丈ほどの>知識と技術のみ・・・。

筆者に必要な精神医学と心理学の知識・技術も、筆者にとっての<身の丈ほどの>知識と技術のみ・・・。

筆者・・・、もしかしたら、筆者の人生60歳を過ぎて、一番<どんよく>に<学習>しているのかもしれません。

  

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2009年11月19日 (木)

●森のなかで道に迷った旅人・・・

<学問>をする人のための<第2の格率>・・・

<自分の行動において、できるかぎり確固として果断であり、どんなに疑わしい意見でも、一度それに決めた以上は、きわめて確実な意見であるときに劣らず、一貫して従うことだった。この点でわたしは、どこかの森のなかで道に迷った旅人にならった。旅人は、あちらに行き、こちらに行きして、ぐるぐるさまよい歩いてはならないし、まして一カ所にとどまっていてもいけない。いつも同じ方角に向かってできるだけまっすぐ歩き、たとえ最初おそらく偶然にこの方角を選ぼうと決めたとしても、たいした理由もなしにその方向を変えてはならない・・・>(デカルト『方法序説』)

昔、小学生のときからの親友である尾崎敬市君から、山で道に迷ったとき、そこから脱出する方法を教えてもらったことがあります。晴れた日は、腕時計と太陽の位置から北の方角を知る方法・・・。雨の日には、切り株の年輪から北の方角を知る方法・・・。コンパスと地図を用いて、進路を北にとる方法・・・。

筆者、<方向音痴>で、山に昆虫採集にいくとき、よく方角を見失い道に迷ったものですが、筆者の<方向音痴>をなおすための彼の処方箋が上記の方法・・・。

歳をとるにつれて、冒険をしなくなったためか、筆者、道に迷うことは少なくなりました。よく妻と一緒にドライブしますが、地図を見ることはほとんどありません。方角と走行距離で、頭の中の地図のどの位置にいるのか推定します。

彼がよく言っていたのは、<道しるべはあてにならない>・・・ということでした。<誰かがいたずらで道しるべの向きを変えていたら、道に迷ってしまう・・・。だから、岐路に立ったときは、自分で進むべき方向を決断する・・・>。彼も、何度か苦い経験をしたことがあるとか・・・。

筆者、『部落学序説』の執筆を開始したとき、デカルトの<第2の格率>と、親友から学んだ山の歩き方を思い出しながら、『部落学序説』執筆の旅のための腕時計・地図・コンパス、そしてそのほかの装備品について用意周到に準備しました。旅の途中、何度も遭遇するであろう道しるべや他の旅人の誤情報に従って、道を踏み外し、遭難することがないように・・・。

<第2の格率>に従う学問の世界の旅人は、<すべての不安から解放されている>のです。

デカルト曰く、<他の人の仕事については何も言うつもりはないが、わたし自身はいまやっているこの仕事をつづけていくのがいちばんと考えた。すなわち、全生涯をかけて自分の理性を培い、自ら課した方法に従って、できうるかぎり真理の認識に前進していくことである>。

  

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●昔の医学部の教科書を収集することに・・・

今日、インターネットの<日本の古本屋>に注文していた医学書がとどきました。

大学の医学部で使用されていた教科書・・・。

筆者、19歳から24歳まで、某医学研究所付属病院で臨床病理に携わっていたことがありますが、そのとき、医学全般に渡って学習させられましたが、そのとき読んでいたのが、大学の医学部で教科書として使用されている本・・・。

それから約40年が経過していますから、そのとき読んだ医学の教科書は、もはや完全な時代遅れ・・・。時代遅れとなった医学書は<古書>として、<日本の古本屋>の検索にヒットし、しかも、筆者にとっては信じがたい格安で入手することができます。

戦後から高度経済成長突入以前の医学部の教科書・・・、筆者、すべて入手することにしました。今日入手した、若かりし日に苦労しながら読んだ医学書・・・、60歳を過ぎてひもときますと、すべてのことがらがスーッと頭の中に入ってきます。

これなら、<医学部のカリキュラムにそって、昔の医学部の教科書を再学習することも難しくはないのではないか・・・>と思われます。

ゲーテ『ファウスト』<悲劇第一部>のファウストの最初のことば・・・

ああ、わたしはこれで哲学も
法学も医学も
あらずもがなの神学まで
熱心に骨おって研究しつくした。
そのあげくがこのとおり哀れな愚かものだ。
前よりちっとも賢くなってはいない。
・・・そしてわれわれは何も知りえなないのだということを悟っている。
それを思うと、この胸が焼けてしまいそうだ。
・・・ひとかどのことを知っているなどと、うぬぼれもせず、
人間をよりよくして改宗するために
何かを教えることができると、うぬぼれもしない。
財産も金も持たなければ
世間の名誉や栄華も持たない。
・・・思い切って世の中へ飛びだし、
いっさいの地上の苦しみと幸福とをしょいこみ、
あらしと戦いまくり、
難破船のきしめきにも屈しない勇気を感じる。

ひとはそれを、自暴自棄、ヤケノヤンパチといいますが・・・。

人生の晩年になって、哲学・法学・医学・神学、四学を学びなおそうとする筆者のおろかさ・・・、笑わば笑え・・・、笑われることをおそれて、どうして、人生の晩年を有意義に過ごすことができようぞ。

  

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2009年11月18日 (水)

●<俳人>の意味・・・

昨日、<非>という漢字の語源をたずねているとき、<非>と<人>を横にならべますと<非人>になるけれども、それを逆にしたらどういう意味になるのか・・・、そんな疑問がふと頭の中を過りました。

それで、今朝、目が覚めてふとんの中で考えていたのですが、<人>と<非>を並べると<俳>という言葉になります。

<俳>は、俳句・俳諧・俳言・俳画・俳人などの熟語に用いられる<俳>・・・。

昨日、この日記で、<非人>は、人の否定を意味することば・・・。しかし、抽象的な<否定>の意味を持つようになる前の段階を想定しますと、<羽><非>をくらべますと、<羽>が左と右が同じで一対のものを指しているのと違って、<非>は左と右が異なっています。よく似てはいますが、3点で異なっています。そういうところから、左と右とをくらべていずれが正しいかを判断する意が、漢字の<非>に含まれたようです。左と右を区別し、いずれが正しいかを判定する・・・。漢字<非>にはそのような意味があるので、<非><非す>(ただす=糾す)と読む読み方が生じるのでしょう。>と書きましたが、<俳>という漢字の中に、類似したものを観察して識別する・・・、という意味が含まれているのだとしましたら、<俳人>とはこういう意味になるのではないでしょうか・・・。

私たちが生きることを許されている自然・・・、刻々と変化している。1時間ごとに、1日ごとに、1週間ごとに、1カ月ごとに、季節ごとに、自然の山川草木、変化している。その変化を観察して、日常見過ごしてしまう生きとし生けるものの生を、その命の躍動を言葉にする・・・、それが<俳句>なのではないか、その<俳句>をつくりだすひとが<俳人>なのではないか・・・、と。

今朝、加藤常賢著『漢字の起源』をひもといて<俳>という漢字の語源をしらべてみましたが、<俳>にはそのような意味は記されていませんでした。どうやら、<人>(男)に<非ず>と解釈され、<小人>・<柔弱の人>を意味すると解されたようです。<俳>には、武道を捨て、刀を持つ手を筆に変えて知の世界、学問・芸術の世界に遊ぶ軟弱・柔弱な男を指して使用された言葉のようです。

身も蓋もない・・・、とはこのことです。

無学歴・無資格の筆者、言語学の世界においても門外漢ですが、識者から、無学の故に<罵詈雑言>をあびせられるのを覚悟していえば、<俳人>とは、武術から離れ学術・芸術をたしなむ軟弱な男を意味するのではなく、自然と社会を観察し、日常生活のごくありふれた世界から真実と美とを紡ぎだすことができるひとを意味します。

さすれば、<手>偏に<非>の<排>・・・、<手で左右両方に押しのけて開く>(加藤)という意味が含まれる・・・。『広辞苑』をひもときますと、<排>には、<①おしひらく、あける。②おしのける、しりぞける。③ならべる、配列する。>という意味があるそうですが、<非>が持っているという否定の意味はあまり前面に出てきません・・・。

<行人>偏に<排>の<徘>という字がありますが、この<徘>、筆者の<非>に関する解釈を適用しますと、ただ単に歩くのではなく、道の両脇にあるさまざまなもの、畑を耕す人、すれ違う旅人、木立に宿る小鳥たちの姿をながめ、観察しながらゆっくりと歩くさまを指すことばになります。

<俳人>の旅は、急ぐ旅ではなく、ゆっくりした旅・・・。多くの人々が無関心で通り過ぎていく事象にもするどい目を向け、観察して、その背後にある本質・真実を読み取っていこうとする・・・、あてどない旅でありながら、時空の一点をみつめてやまない旅・・・、その旅、長短を問わず<徘徊>と呼ばれたのではないでしょうか・・・。

無学歴・無資格の筆者、<俳句>はたしなみません。そんな筆者の<俳人>に対する机上の解釈・・・、プロの<俳人>の方々から、<誹謗中傷・罵詈雑言>を浴びせられることになるかもしれません。しかし、筆者、<俳人・松尾芭蕉>の姿が何となく見えてきたような気がします。『奥の細道』<徘徊>する<俳人>の観察日記のような気がします。

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2009年11月16日 (月)

●歴史研究の<良貨悪貨を駆逐す>・・・

無学歴・無資格の筆者が歴史的文献をひもとく際に使用したのが、古島敏雄著『地方史研究法』と今井登志喜著『歴史學研究法』(東大新書)です。

筆者のブログ『部落学序説』とその関連ブログ群の読者の方から、歴史的文献の解釈について基礎的な知識・技術が欠落しているとの指摘が多く、筆者、上記2書を、質・量ともに超える歴史研究法に目を通すべく、インターネットの<日本の古本屋>で古書を買い集めてきましたが、その中に、『郷土史研究講座』(全7巻)があります。

その末尾の出版社の案内に<大学向教科書・参考書>というリストが掲載されていましたが、その中に、『郷土史研究講座』(全7巻)が含まれていました。大学の歴史学科というのは、『郷土史研究講座』(全7巻)を教科書として使用しているのですね・・・。これを全部読んで、岡山藩の部落史研究をしておられるとしますと、やはり、筆者が、新書版の古島敏雄著『地方史研究法』1冊を読んで部落史に関する<論文>を書いていると、問題を感じられたのでしょう。

もし、そうなら、誹謗中傷・罵詈雑言を繰り返されないで、古島敏雄著『地方史研究法』にとどまらないで、『郷土史研究講座』(全7巻)を一読して論述したら・・・、とアドバイスをくだされば、もっと生産的な関係が生じたと思われます。

『郷土史研究講座』(全7巻)が大学の歴史学科の教科書であるというなら、『日本古文書学講座』(全11巻)も同じ大学の教科書なのでしょう。非生産的な誹謗中傷・罵詈雑言を繰り返されないで、<『日本古文書学講座』・全11巻を読んでもの申せ>と指摘されてもよかったのではないでしょうか・・・?

無学歴・無資格の筆者、幕末から明治23年までにかけての史資料は、『日本近代思想大系』(全24巻)に依拠するところが多いのですが、『日本近代思想大系』が入門書レベルで、大学の歴史学科の教科書は、もっと異なる資料集を使用している・・・、というのであれば、その<資料集に目を通せ>と助言くださってもよかったのではないでしょうか・・・?

部落史の学者・研究者・教育者の世界・・・、学問的な自由な批判・検証が許される世界ではなく、むしろ、自由な批判・検証を抑圧し、基本的な部落史研究の枠組みを逸脱するものに対しては、徹底的に誹謗中傷・罵詈雑言を投げかけ潰しにかかる世界であることを、筆者、身をもって経験しました。

しかし、今となっては、筆者にはこれ以上、新たな文献にあたる時間的ゆとりも経済的ゆとりもありませんし、根拠薄弱な誹謗中傷・罵詈雑言に耳を傾ける精神的ゆとりもありません。

昨年11月から1年間をかけて、収集してきた文献をもとに、『部落学序説』の執筆を再開するのみです。この1年間、数多くの関連文献を収集してきましたが、『部落学序説』の執筆継続を断念さざるを得ないほどの論文や資料に遭遇することはありませんでした。かえって、筆者の論説を補強してくれる多くの資料・論文に遭遇することになりました。

筆者、山口大学農学部獣医学科の元研究者の方とのメールでの情報交換をしながら、無学歴・無資格、学問とは縁のない筆者に対する、学者・研究者・教育者としてのアドバイスのありよう、<こうでなければ・・・>と思わされました。

山口大学農学部獣医学科の元研究者の方・・・、筆者に、どのようなことばに耳を傾けなければならないのか、また傾ける必要がないのか・・・、その判断基準を身をもって提示してくださいました。

<悪貨良貨を駆逐す>ということばがありますが、ほんとうの歴史研究の世界では、その逆、<良貨悪貨を駆逐す>の方が真実を伝えているように思われます。

  

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2009年11月15日 (日)

●思考の整理学・・・

今朝、テレビに外山滋比古氏が出ていました。

筆者、『思考の整理学』の著者、お茶の水女子大学教授・外山滋比古氏の顔を拝見するのははじめて・・・。

2009年8月3日の朝日新聞教育欄に<東大・京大で昨年最も読まれた「思考の整理学」>という記事が掲載されていました。

この類の本、たとえば、加藤秀俊著『独学のすすめ』・松山幸雄著『「勉縮」のすすめ』・紀田順一郎著『読書の整理学』・本田勝一著『ルポルタージュの方法』・川喜田二郎著『発想法』・・・など、無学歴・無資格の筆者には、少しく学問的世界をかじるために大いに参考になる書物です。

しかし、いままで、筆者が、このような文庫・新書をてがかりに『部落学序説』の準備をしてきたことに対して、『部落学序説』の読者の方々から、幾度も嘲笑の的にされてきたことか・・・。<ハウツーものを読んで学問のまねをしても、まともな研究などできるはずがない>と・・・。

大学・大学院で学ぶことができる学問研究の方法は、もちろん、これらの文庫・新書版の内容をはるかに超えたもので、学歴・資格を持ったものがあえて読むべき本ではないのかもしれません。

しかし、その類の本である、外山滋比古著『思考の整理学』・・・、東大・京大などの天才・秀才の学生たちに好んで読まれているのは、どういう現象なのでしょうか・・・。

主日礼拝の準備をしながら、時々、その番組の画面を見ただけなので、なぜ、『思考の整理学』が現代の学生たちによって読まれているのか、その理由は、聞けずじまい・・・。

外山滋比古氏曰く、<本に書いてない知識というものがある。ただ、すこし教育を受けた人間は、そのことを忘れて何でも本に書いてあると思いがちだ。本に書いてなくて有用なこと、生活の中で見つけ出すまでは、だれも教えてくれない知識がどれくらいあるか知れない・・・>。

すべてのことがらは、覚えておいた思考パターンを適用することで把握することができる・・・、戦後の教育がつくりあげてきた知識人の回路・・・、もしかしたら、<すこし教育を受けた>だけの段階なのでしょうか・・・?

部落史研究の世界・・・、この世界も<思考パターン>適用の世界・・・。どの資料・文献を読んでも<賤民史観>という枠組みに組み込むことで、個別の部落史研究を完結させることができると考えられています。差別思想である<賎民史観>に依拠した部落史研究・・・、<すこし教育を受けた>だけのひとびとの手慰み程度なのかもしれません。

外山滋比古著『思考の整理学』、もう一度通読してみることにしましょう・・・。

  

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2009年10月23日 (金)

●佐竹昭広集第1巻と第2巻が届く・・・

書店に注文していた『佐竹昭広集』(全5巻)の第1巻と第2巻が届きました。

第3巻は、10月23日発売予定なのですが、その書店の在庫対象の書籍ではないので入手までに2週間ほどかかるとか・・・。

今日は、銀行・郵便局・農協・書店・薬局・園芸店・スーパーによって帰ってきたのが午後1時過ぎ・・・。園芸店は、麦の種を買いに行ったのですが、3店とも、<今年は在庫していない>とか・・・。

この春収穫した麦・・・、ほとんど麦茶にしたのですが、念のため数本そのまま残して置きました。今年は、この麦粒をまいて、苗を作ることにします。切り花用の麦の種も食用にできるそうですが、その種も在庫切れ・・・。<不況>の中、売れ筋の商品しか置かなくなったのでしょうか・・・。手に入らなくなった花の種も少なくありません。

スーパーでは、もやしと油揚げを購入・・・。今日は、筆者の料理当番なので、奥薗流のレシピを見て作成します。

今朝、サツマイモを収穫しましたので、これから、消石灰をまいて土を耕さなければなりません。そして、簡易温室で花の苗つくりをするために苗床の土の準備をして、それからですね、『佐竹昭広集』第1巻のページを開くのは・・・。

書店では、ついでに秋篠宮文仁・小宮輝之監修・著『日本の家畜・家禽』(学研)と中島正著『自給養鶏Q&A』を購入・・・。筆者、毎日たまごを食べているのに、ニワトリについても養鶏についても知識はほとんど皆無・・・。ニワトリにもいろいろな種類があり、生みだされるたまごもいろいろあるのに、筆者、ほとんど識別することはできません。どれもこれも<たまご>で済ませています。

スーパーで販売されているたまごを見て、どの品種のニワトリが生んだたまごなのか識別することができるようになりたいですね・・・。

筆者、日本基督教団農村伝道神学校に入った年、5月に開催された恵泉女子短期大学の学園祭に、農業実習の井草教授と一緒にでかけたことがありますが、そのとき、豚を牛と間違えたことがあります。<この牛、大きいね・・・>といった筆者の声に、そこにいた人はみんなどっと笑いだしました。同期の菊地泉さん・・・、<君、これを見て牛に見えるの?>と呆れていました。豚の大ヨークシャーという品種など体長が2mを越えます。小さな牛よりはるかに大きい・・・。<みかけで判断してはいけない>(筆者、そのとき背中だけを見て判断・・・)・・・、筆者がそのことを学んだ瞬間でした。

豚と牛を見間違った筆者、その年の学園祭のメイクイーン(5月の女王)に選ばれた学生さんにメイキングとして選ばれ、野外劇場の多くの観衆を前に祝福を受けたことがあります。

どちらのできごとも忘れることができません。

そのあと、教授に引き連れられて、福島白河の種畜牧場を見学したことがありますが、そのときもびっくり・・・。馬より牛の方がでかいなんて・・・。筆者の頭の中で、牛・馬・豚の大きさがごちゃごちゃになりました。ハムをつくる実習のとき、教授がかついできた豚の足1本の大きかったこと・・・。

山口大学の研究者の獣医さんのおかげで、筆者、いろいろなこと思い出しました。銀行・郵便局・農協・書店・薬局・園芸店・スーパーといろいろ回りながら、筆者の頭の中にくりかえし去来していたのは、農村伝道神学校で勉学しながら、農村伝道に従事することなく牧師を辞任することになるということ・・・。したかったなあ・・・、農村伝道・・・。

現在の教会を辞任して、妻の実家のある東北福島の湖南町で農を生きるようになってからでも、遅くはないか・・・。

   

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