今日の午後、西中国教区事務所に提出書類を持参し、その帰り、脳梗塞で入院している教会役員の兄を尋ねました。
ちょうど、姉と長男の方が一緒にこられたところとか・・・。
長男の方は、43歳・・・。筆者が現在の教会に赴任したときは、確か高校生でした。今は、3児の父・・・。長男の方も3人のこどもたちも、みんな、教会で幼児祝福式を受けています。43歳・・・、それはそうでしょうね・・・、筆者がこの教会に赴任してきたのは35歳のとき・・・。今61歳を迎えていますから・・・。
お見舞いに帰ってきたとき、誰もいない教会で筆者を待っていてくれたのは、百舌鳥2羽・・・。
その百舌鳥の姿を見たとき、もう一度、百舌鳥について書いて置かなければ・・・、と思ったのですが、それは、百舌鳥の鳴き声の歴史について・・・。
もちろん、筆者には、この主題で文章を書くほど、百舌鳥に関する史資料があるわけではありません。山l口仲美著『ちんちん千鳥のなく声は・日本語の歴史鳥声編』(講談社学術文庫)の百舌鳥に関する箇所を拾い読みする程度ですが、山口仲美氏には、百舌鳥の鳴き声はどのように聞こえるのか・・・。
「キチキチキチとなく百舌鳥の声を・・・」という文章からしますと、山口仲美氏の耳には、百舌鳥の鳴き声は、「キチキチキチ」と聞こえるようです。
筆者が、野鳥を観察するために持っている図鑑は2種類・・・。見かけで小鳥を識別するために使用している『野鳥』(山と渓谷社)、仕種と鳴き声で識別するために使用している『日本の野鳥図鑑』(ナツメ社)の2冊・・・。
『野鳥』では、百舌鳥の鳴き声は、「キイキイキイ」・・・。『日本の野鳥図鑑』では、「ジュン、ジュン・・・」、「ギチギチギチ」、「キィーキィー」の3種類・・・。
厳密にいいますと、山口仲美氏の耳に聞こえる「キチキチキチ」という百舌鳥の鳴き声が百舌鳥の鳴き声だとしますと、『野鳥』や『日本の野鳥図鑑』に出てくる鳴き方をする百舌鳥は百舌鳥でなくなってしまいます。
おそらく、百舌鳥の鳴き声・・・、すべての野鳥図鑑を調べてみますと、多種多樣な鳴き方が表記されているように思われます。
山口仲美氏・・・、その本の中で、「われわれ現代人に心のふるさとを思い出させ、興味深い事実を教えてくれる」野鳥の声をとりあげた・・・、とのことですが、残念ながら、そのなかに百舌鳥は出てきません。その他の野鳥の脇役としてのみ取り上げられています。
山口仲美氏によりますと、1113年頃、源俊頼によって執筆された<和歌の作り方>に関する本『俊頼髄脳』に百舌鳥の鳴き声が記録されているそうです。その百舌鳥の鳴き声は・・・、
「コトゴトシク」・・・。
現代人の感覚からしますと、百舌鳥の鳴き声が、どうして、<コトゴトシク、コトゴトシク・・・>なんですか・・・、と山口仲美教授に質問したいところですが、無学歴・無資格の筆者・・・、質問したところで、<空>にむかって独り言をささやくようなもの・・・。
源俊頼のいう<百舌鳥>というのは、果たして現代に棲息する百舌鳥と同じ野鳥をさしているのやらどうやら・・・。もし、同じ野鳥だというなら、ことばで表記された百舌鳥の鳴き声は時代によって変遷されているということになります。
源俊頼の目にうつる百舌鳥の姿・・・、「梢にとまっていて、声高にも鳴かないで、気配も見せず、垣根伝いに移り、時々「コトゴトシク」とつぶやいている・・・」と記していますが、百舌鳥の鳴き声を、中世・近世・近代・現代を通して通用する、共通の鳴き声を確定することは、非常に困難です。
しかし、この困難な作業を、いとも簡単にやってのけた人々がいます。
百舌鳥の世界の話しではなく、人間の世界の話しですが、部落史の学者・研究者・教育者は、日本全国多種多樣に存在していた、近世幕藩体制下の司法・警察である非常民の一翼、<穢多・非人>の、中世・近世・近代・現代に一貫して存在する共通の属性を、明治以降の歴史用語・学術用語である<賎民>概念でもって把握しようとします。
百舌鳥の鳴き声ですら、中世・近世・近代・現代を通して通用する、共通の鳴き声を確定することは困難をきわめるのに、まして、人間・・・、それが人口の数パーセントの人々であったとしても、<賎民>概念ですべてを認識することはほとんど不可能な話です。しかし、部落史の学者・研究者・教育者たちは、<賎民>概念でもってすべての問題を論究できると考えます。
筆者は、近代以前の、司法・警察である非常民<穢多・非人>を<賎民>概念で把握しようとするのは、<無理>だと思いますね・・・。四角い豆腐を、丸形の枠に押し込むようなものです。豆腐は、丸形の枠にまるくおさまるどころか、豆腐自体がくずれてしまいます。
筆者の視点・視角・視座からしますと、部落史研究の学者・研究者・教育者たちは、司法・警察である非常民<穢多・非人>歴史と伝承を、<賤民史観>という間違った枠組みに押し込んで、本来の非常民<穢多・非人>の歴史と伝承の真実を破壊している・・・、ように見えます。
百舌鳥は歴史上なんと鳴いてきたのか・・・。司法・警察である非常民<穢多・非人>は、みずからをどのように歌ってきたのか・・・。部落史研究は、部落史の研究とあわせて、部落史を綴る基本的な概念の歴史をも研究の対象にしなければならない・・・。
筆者、歴史学と歴史学的研究方法に対して、みずからを批判検証することができる歴史学とその研究法だけが、その名に値すると考えています。
教会の庭に棲息する百舌鳥・・・、いちばんよく耳にするのは、<チュー、チュー>とか、<チュン、チュン>とか・・・。
百舌鳥・・・、スズメの鳴きまねをしているのか、それとも餌のネズミの鳴きまねをしているのか・・・。
こんなことを書くと、学歴・資格のある、高邁な、岡山の岡山の中学校教師の方から、<頭が悪いと思っていたら、耳も悪かったのか>と揶揄されるかもしれませんが、筆者が直接知っている百舌鳥は、実に多種多樣な鳴き方をします。専門家からバカにされるのを覚悟して、百舌鳥のほんとうの鳴き方を、筆者なりに表記すれば、早口で<ジキジキジキジキジキジキジキジキ・・・・>(直々直々直々直々)・・・ということになります。朝はやく、教会の庭で鳴く百舌鳥の鳴き声です。
山口仲美氏の耳には、百舌鳥の鳴き声、<キチキチキチ>(吉吉吉)・・・、と聞こえるようですが、<縁起担ぎ>の好きな日本人、なぜ、百舌鳥を<吉>を呼ぶ縁起のいい小鳥としてもてはやさなかったのでしょうか・・・。<縁起担ぎ>・・・、明治以降、民衆の間にひろまったという説もありますが・・・。
<学問>というのは、対象が何であれ、実に楽しい作業ですね・・・。
岡山の中学校教師の藤田孝志さん・・・、そのブログで宣言されているとおり、無学歴・無資格、学問とほとんど縁のない筆者にかかわらないで、今年の長~い連休、高学歴・高資格を生かして、昔、インターネット上で公開された、今となっては黴の生えたような論文を手直しして再掲、茶を濁すようなことをされないで、時代の先端を行く、同和教育・人権教育の論文を執筆されては、いかがでしょう。
筆者・・・、岡山の中学校教師・藤田孝志氏と、<柳田國男の精神>でかかわり続けているのは、そのことを期待してのうえですが・・・。
*上の写真は、雨上がりの教会の庭の上の電線にとまっていたオスの<もずくん>・・・
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