●理解しがたい詩・・・
筆者の妻曰く、<あなたは理系なの? 文系なの?>
筆者、その問いに答えて、<どちらかといえば理系・・・>。
なぜ、そのような問答になったのかといいますと、最近、下松の古書店で購入した1冊の新書100円本、白井將文著『性機能障害』を読んでいたため・・・。
最近、山口大学の元研究員の方に心理学・精神医学に関する本を読むことをすすめられて、その結果、いろいろと脱線・・・、インターネットの<日本の古本屋>を通じて入手した老年医学・老年心理学・老年精神医学に関する本も読んでいますが、白井將文著『性機能障害』は、老年医学のひとつのテーマとして読んでいます。
インターネットの<日本の古本屋>で入手した、大江原秀子著『性ぬきに老後は語れない』もあわせて読んでいますが、これらの本を読むとき、筆者、<文系>としてではなく<理系>として読んでいます。<老人医学>に関する本としてなら精読することができます。
しかし、筆者、理解することができない世界も存在します。それは、<理系>の世界というより<文系>の世界・・・。
<高佐郷の歌>についていろいろ文献を漁っていますが、<高佐郷>というのはどういうところなのか・・・。調べているうちに、ある詩人に遭遇しました。彼のおとうさんは<高佐郷>出身・・・。戦後軍人として社会的に排除され郷里<高佐郷>に戻って農を生きた人・・・。その詩人は、壮年になってからも<高佐郷>の少年時代を詩にうたう・・・。
<未明の階級>という詩にこんな一節があります。
かぎりなく知ることは
はてしない生涯を這いぬくことを教え
あおざめた階級に尻をつけ
飢えているつめたい水にひたす藁
しめった思想を無言で打ち
垂らすべき縄 つるすべき首
思いめぐる日の中心で声を裂き
鍋をかかえて自滅する一撥がある・・・
この詩人の<少年>という詩について、あるひとはこのように解釈しています。
「みずからの出自と「たゆたう血潮」、すなわち血縁と土俗をめぐる苦悩をみずからの生に「閉じこめ」てゆこうとする苦い決意を巧みに、そしてすぐれて「主観的」に歌いあげることをしている、とわたしは読んだ」。
この詩人の綴る詩も、それを解説する詩の解釈者のことばも、<文系>ならざる筆者、理解する力を持ちあわせていない・・・。理解しようと思っても、詩人の語ることばの背後にある詩人のこころにたどりつくのは容易ではありません。おそらく不可能でしょう・・・。
「国家と時代に翻弄された父親に対する畏敬と憐憫の念のないまぜになった愛憎劇・・・」、「粗末な棲み家と貧しい食事、不気味な風土病、沈黙に等しくおおきく見えた父親の背中とその影に見え隠れしていた母親の細い影、それら郷愁と憎悪の同時に伴う幼少年時代の記憶・・・」、「ひとつひとつの行為が非日常的であることによって日常性を帯びてゆく原初的な精神の広野・・・」。
60歳を超え、人生の晩年を迎えた筆者にも、なお理解することができる世界と理解することができない世界があります。
あたらしい現代の<高佐郷の歌>、ほとんど読み解くことができません・・・。
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