2009年7月31日 (金)

●今回の集中豪雨による小郡教会の被害状況・・・

今日、日本基督教団西中国教区から《災害ボランティア参加のお願い》という文章が届きました。

西中国教区議長名の文章です。

その中に、西中国教区山口中分区の小郡教会の被災状況に関する<簡単なご報告>が掲載されていました。

筆者、小郡教会を尋ねて安否を確認することなく、外観からだけ、この『田舎牧師の日記』にコメントしていましたが、西中国教区議長からの公式の報告が出されましたので、ここに転載します。

「7月28日(火)・・・床上浸水の被害のあった小郡教会へ。金澤正善牧師にお話を伺う。見える範囲は教会員の方々のはたらきで片づいていはいるものの、乾いていくにつれて床板の反り返り等が目立ってきている。トイレの床板が膨れてビニールシートが浮き上がっている。当然水浸しになったはずの床下はどうなっているか不明。調査が必要・・・」。

どうやら、今回の集中豪雨による被害・・・、小郡教会の床上浸水が唯一の被害で、他の教会、教会員の方々には大きな影響はなかったようです。筆者、ほっと一安心・・・。

小郡教会は、新幹線の新山口駅の北側の市街地にありますので、治水はかなり整備されている場所・・・、今回の集中豪雨のときにも、市街地が川の氾濫等で浸水した・・・、との報道はされていません。小郡教会のある周辺2、3軒が、たまたま低位の状態にあり、集中豪雨の雨水がたまって、床上浸水の被害になったようです。

下松愛隣教会の近隣にも、そういう場所が何ヶ所かありますので、想像するに難くありません。8月3日~8日、日本基督教団西中国教区として、被災地にボランティアを派遣するようです。活動の拠点は、日本基督教団・防府教会。小郡教会の被害状況などより詳しい情報を知りたい方は、090-2686-1441 西中国教区社会部委員長・草地太作牧師まで。

  

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2009年5月 8日 (金)

●いろいろな人と出会うことができる教区総会・・・

日本基督教団西中国教区総会は、1泊2日の日程で開催されます。

最近の西中国教区は、東京・大阪の大都市の教会に赴任するための<踏み台>になっている感のある教区です。人事移動が激しく、めまぐるしく、牧師が入れ替わり、筆者、牧師の名前と顔とがほとんど結びつきません。多くの場合は、年に1度、教区総会でお会いする方々ばかりですから・・・。

といっても、教区総会は、いろいろな方々に出会い、いろいろな話をお伺いできる<場>・・・。

今回、印象に強く残ったのは、西中国教区の執行部のA兄・・・。元山口大学工学部の教授で、専攻は、<地下資源学>・・・。お聞きしたところでは、日本列島の地下に埋蔵されている鉱物資源の探索方法の研究が専門であるとか・・・。A兄の話しでは、日本は大正時代まで、地下資源の輸出国であったとか・・・。今の日本列島、まだまだ多くの鉱物資源が眠っているそうです。

B兄は、山口県有数の石油会社の社長・・。筆者と妻がよくドライブする羅漢高原にも、冬、灯油を配達するのだとか・・・。もちろん、社長自らではなく従業員の方々が・・・。B兄はなにもいいませんでしたが、たぶん、冬の羅漢高原に灯油を配達・・・というのは、採算がとれないのではないかと思われます。しかし、注文があれば、凍てついた冬の山道でも灯油を届ける、筆者、心の中で凄い・・・、と思っていました。筆者、この2月、羅漢高原に軽四で登ろうとして、すぐ凍てついた冬の山道に阻まれて2~3メートルもさきに車を進めることができませんでしたから・・・。

C兄は、教区の財務委員・・・。筆者が64歳で年金を満額受給できるようになって、現在の教会を辞して、東北福島の妻の実家に戻ったとき、どのようになるのか・・・、教えていただきました。牧師の辞任というのは、この世の会社の辞任とは違って、西中国教区から東北教区へ籍を移動するだけで、<西中国教区の牧師>から<東北教区の牧師>に名称が変更するだけのようです。牧師の定年は、実質的には<70歳>のようです。ということは、筆者の『部落学序説』、今後約10年間は<田舎牧師>として執筆を継続することができるようです。

D姉は、中谷訴訟(自衛官合祀拒否訴訟)の支援者・・・。筆者が尊敬している数少ない教区の常置委員・・・。

E姉は、基地問題・性差別問題・慰安婦問題に取り組んでおられる行動派。筆者、<西中国教区部落差別問題特別委員会>は廃止して、近代天皇制下におけるすべての差別を包括的に取り上げることができる<差別問題特別委員会>に改編してほしいと訴える・・・。まじめに検討してくださるとのこと・・・。

F牧師は、5畝の畑を耕している牧師・・・。F牧師の奥様のおとうさん・おかあさんの健康のために、有機栽培・無農薬栽培でみずから野菜を栽培しておられるようです。筆者と同じ団塊世代ですが、F牧師も、老後のことを真剣に考えはじめられたようです。

G牧師、広島の山村で、3.8反の田んぼと畑を耕し、米と野菜を栽培している現役の牧師・・・。筆者が、<水利権>の話をしますと、<君も、本格的に帰農する準備をはじめたようですね・・・>と話しておられました。人生の晩年、帰農して、農村に身を置き、米をつくる・・・、<水利権>のことを忘れていると、米つくりに必要な水を入手することができず、農村生活が暗礁に乗り上げることに・・・。その他、いろいろお話をお聞きすることができました。

H牧師・・・、「私のところに、<吉田君が、インターネット上でH先生の<悪口>を書いている>と言ってくる人がいるんですよ。ほんとうに<悪口>を書いているの?」といわれます。「ええ、書いています・・・」と筆者・・・。H牧師は、「部落民なら証拠を示せ・・・、ってまだ言っているの? ひと(他人)に言えることと言えないことがあるから、なかなか私が部落民であることを証明するのはむずかしい・・・」といわれます。H牧師・・・、いつのまにか、人格ができた好々爺になりました。筆者、内心では尊敬しているのですが、最近は、そのことを言葉にすることが少なくなりました。H牧師・・・、「吉田君にお願いがあります。部落差別問題と取り組んできた○○牧師のことを調べてほしいのですが・・・」。H牧師からのたっての願い・・・、筆者、よろこんで、○○牧師の調査を引き受けました。

みんなで朝食を食べているとき、山口教会のI牧師曰く、「吉田さん、教区総会のとき、特別委員(教会記録審査委員)をするのは、何年ぶり・・・?」。筆者答えて、「何年ぶりかなあ・・・? たぶん20年ぶり・・・」。I牧師、「やはり、そう・・・? 私も、今年は、教会記録審査委員・・・。この下関の教会のJ牧師も、教会記録審査委員・・・。私たちを委員にするなんて、西中国教区、人材がいないんですね・・・」。I牧師もJ牧師も、<社会派>牧師ではなく<福音派>牧師・・・、I牧師やJ牧師と仲良く話をしている筆者も、<社会派>牧師ではなく<福音派>牧師に数えられているのかもしれません。

K姉・・・、筆者の近くに座って、筆者の顔をうれしそうに見ています。筆者、「あの~、わたしこのことを知っているのですか?」。K姉曰く、「ええ、一度、わたしたちの教会に説教に来られて、いろんな批判をされて帰って行かれましたから・・・」。筆者答えて、「ええ、私って、そんなに批判をするひとなんですか?」 K姉、「わたしたちの教会の礼拝堂を黄色のペンキで塗っているのを見て、<教会の建物に黄色のペンキはふさわしくない>って一喝されました・・・。それと、木造の礼拝堂の床を土足であがることを許すなんて、礼拝堂を穢すことになるって、おっしゃいました・・・。吉田先生は、礼拝堂にはいるとき、靴を脱いで入られました・・・」。

そういえば、I牧師も、朝食を一緒にとりながら、「私が赴任したきた年の総会で、<山口の田舎の教会に赴任してきました・・・>と挨拶したら、<山口を田舎と言って差別するな>と野次を飛ばしましたよね・・・>といわれます。筆者、こころあたりなし、記憶もなし・・・。

教区総会の終わりごろに審議された建議案・・・、若い教職が出した建議案に賛同する気持ちで<質問>したところ、建議案を出したL牧師・・・、「そのことは視野に入れていませんでした・・・」と<素直に>認めてしまいました。あとで、F牧師、「吉田さん、今の若い牧師に難しいことを言っても駄目だよ。団塊の世代の論理はもう通用しないよ・・・」とくぎをさされました。

若い牧師で、筆者とあいさつを交わした牧師は、M牧師のみ・・・。一昨年の教職研修会で温泉に入ったとき、その温泉、男湯と女湯が一日おきに入れ替わるシステムであったため、筆者、前日と同じ男湯に入ったつもりで、女湯に入ってしまいました。それで、温泉に浸かっていたM牧師に遭遇・・・。筆者、男湯と女湯を間違ったのは生まれてはじめて・・・。その驚き!  <セクハラ・・・>と、あとで訴えられなかったのは、M牧師の人格と寛大さのなせるわざ・・・。

とりあえず、いろいろな人と出会うことができた教区総会・・・、今年も無事に終わりました。

 

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2008年11月11日 (火)

●イスラムについての研修会・・・

11月10日(月)から12日(水)まで、広島県尾道市において、西中国教区教職研修会がありました。

今回の研修の主題は、<イスラム>・・・。

筆者、<イスラム>については、ほとんど知識・情報をもちあわせていないので、BOOKOFFの105円コーナーで次の5冊を入手・・・。

大塚和夫著『イスラーム的 世界化時代の中で』(NHKBOOKS)
真田芳憲著『イスラーム法と国家とムスリムの責任』(中央大学出版部)
ラシッド著『タリバン』(講談社)
田中宇著『タリバン』(光文社新書)
大薗友和著『アジアを読む地図』(講談社)

筆者の隣の席に座っていた防府教会の牧師曰く、「そのハードカバーのタリバンも105円・・・?」。

筆者、表紙の裏に張られているBOOKOFFの105円シールを見せますと、驚いておられました。

3日間の研修の間にこの5冊を通読することにしたのですが、夜の集会に参加していたとき、教会から電話・・・。

その電話を取り次いでくれたS牧師曰く、「緊急電話のようです・・・」。

電話に出た妻の話では、電話がいくつかかかってきたそうで、そのひとつは、<脅迫電話>であったとのこと・・・。とても心配しますので、教職研修会の担当者の方に事情を告げて、急遽、尾道から下松まで帰ることにしました。

筆者、<方向音痴>・・・。見知らぬ土地で夜道を走るのは、至難のわざです。しかし、事情が事情ですので、途中、車をとめて、道を尋ね尋ねして、やっと山陽道の三原久井のインターチェンジまでたどりつきました。

<イスラムについて、もっと話を聞きたかったなあ・・・>と思いながら、夜の高速道路を走って帰ってきました。

それにしても、暇な人がいるものです。筆者を脅迫してくるなんて・・・。昔は、ボイスチェンジャーを使って、いたずら電話をしてくるのは、日本基督教団光教会のF牧師と決まっていたのですが・・・。

こころ残りのする<イスラム>に関する教職研修会でした・・・。

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2008年7月31日 (木)

●西中国教区第1回「農を語る会」報告書を読んで・・・

昨日、教区事務所から送付されてきた文書に、『第1回西中国教区「農を語る会」報告書』がありました。

昨日の夕方、この「報告書」に目を通しました。

「農」についての、つもりつもった思いが一挙に噴出したかのような参加者の声が集められた「報告書」でした。

筆者が、下松愛隣教会の駐車場あとの瓦礫とバラスだらけの庭を開墾してミニ菜園をつくり野菜の栽培をはじめたとき、教区の他の牧師たちから、「西中国教区の牧師は、ほとんどが花や野菜を栽培していますよ。あなたのしていることは、めずらしいことではありません。なんでもないことを、どうして、ブログで紹介しているんですか・・・?」と訝しがられたことがありますが、「報告書」を読んでいて、そういう発言の背景をなにとなく察することができるようになりました。

数千坪の屋敷・田畑・山林で自給している牧師もいれば、「400坪の畑で20種類から30種類の野菜を作って」いる牧師もいます。農村生まれ、農業経験を自負される牧師も少なくありません。

「ああ、やはり、参加しなくてよかった・・・。下松愛隣教会で瓦礫とバラスだらけの庭を開墾してミニ菜園を作っている程度で、「農を語る会」に参加しようものなら、牧師・信徒の方々から、冷たい視線にさらされ、排除・疎外されることになったに違いない・・・、と思わされたからです。

今朝も、ミニ菜園で、大ざるいっぱいの夏野菜を収穫しました。トマト・ナスビ・キュウリ・インゲン・ミニトマト・ピーマン・・・。筆者がしていることは、安い中国産野菜を食べて体を壊した経験から、健康を維持するために、せめて野菜位は自分でつくろうという、極めて<卑近>な動機に基づきます。

西中国教区の「農を語る会」に集まった牧師・信徒の方々のように、「農を語る」際の高邁な精神を持ちあわせてはいません。

筆者、これからも、死ぬまで、筆者と妻のために、無農薬・有機栽培の野菜を作り続けていくのだろうな・・・、と思っています。

現在の下松愛隣教会の関係者は、ほとんど兼業農家です。筆者、彼らが直面する<営農>上の様々な問題に耳を傾けることが多いこのごろですが、26年前赴任して、毎週1回家庭訪問するようになった独り暮らしの姉妹たち・・・、そのほとんどが農家でした。尋ねていくと、数時間、話をして帰りましたが、どちらかいいますと、彼女たちの語る言葉に耳を傾けることが多い日々でした。

天に召されたあとも、彼女たち、下松愛隣教会のことを見まもっていてくださるのかもしれません。彼女たちが形見に残してくれた木々や草花は絶えることなく、今も教会の花壇や庭木の中に生き続けているからです。

朝夕2時間ずつ、教会の花壇・お花畑・ミニ菜園に水をやります。西中国教区の一番小さな教会・下松愛隣教会の小さな庭の花と野菜に水をやるにも、1日4時間はかかります。その4時間・・・、筆者にとっては、<祈り>の時となります。どちらかいいますと、<感謝の祈り>が支配的になります。

イエスさまがその弟子たちに語った言葉に、このような言葉があります。「多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からは更に多くを要求される・・・」。

西中国教区の「農を語る会」に集まった人々・・・、「多く与えられ・・・」、「多く任せられ・・・」た<農人>を自負される方々ばかりです。かって、日本基督教団の部落差別問題の取り組みが、西中国教区からはじまったように、日本基督教団の農村伝道・農業問題の取り組みも西中国教区からはじまることになるのでしょうか・・・。

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2008年7月17日 (木)

●教区通信、掲載中止・・・

昨日、日本基督教団西中国教区の『教区通信』の編集長からメールが届きました。

平和聖日特集号に、この前、取材された下松愛隣教会の歴史と課題を掲載することに、難しさを覚えておられるようです。

理由は、一般的・常識的なクリスチャンの頭では、下松愛隣教会の歴史と課題、そして、その取材に応じた吉田牧師・・・、筆者の説明をほとんど理解することができないことにあるようです。

理解することができない・・・、そんなとき、無理に掲載しようとするとどういうことになるのか・・・? 想定し得ることは、下松愛隣教会に対する誤解と偏見を更に拡大することに繋がるのではないでしょうか・・・? 西中国教区の諸教会に、下松愛隣教会の歴史と課題を共有する機会を提供するというより、さらに、下松愛隣教会を排除と疎外の対象にする・・・、という姿勢が伺えます。

今度、教会の役員全員がそろって、<臨時役員会>で承認を得ることができるのは、7月27日の主日礼拝ですが、たぶん、教会役員会は、『教区通信』編集者から送付されてきた掲載予定の記事は、承認するに至らないでしょう。

それに、取材された日、ちょうど、教会の庭の花が咲き変わる時期で、記事の主題「花咲き乱れる教会」に相応しい写真を撮影することはできなかったようです。教会の庭の花は主日礼拝にささげる切り花用として栽培していますが、そのため多品種少量生産です。つまり、いろいろな種類の花がたくさん咲いてはいますが、ひとつの花が、たとえばバラの花などが教会の庭一面に咲いているわけではありません。

主日礼拝に切り花としてささげる・・・、それを外すと、下松愛隣教会の庭で花を栽培する意味がまったくなくなってしまいます。

それに、下松愛隣教会の歴史と課題を支え続けてくださったのは、聖書に記された神さま(イエスさま)ご自身です。そして、牧師・役員・信徒です。西中国教区の常置委員会をはじめとする諸教会です。

しかし、『教区通信』の編集者は、下松愛隣教会を支えてきたのは、「部落解放同盟」だと断定されていますが、『教区通信』の編集者は、下松愛隣教会の<教会性>を容認したくないのでしょうか・・・?

また、ぶどう栽培にしても、「ぶどうの栽培もなさり、手作りのワインができるとか……。」という表現は、取材に起因するものではありません。筆者、教会の庭でとれたぶどうから、「ワインを作る・・・」などと一度も言葉にしたことはありません。「栽培しているぶどうはみどりいろのマスカットの類、ワインを作っても白ワインにしかなりませんので、教区の諸教会の聖餐式用のワインを製造することはできません・・・」とそのときはっきりとお断りしたのですが、「ワインにすると、バザーで売れる・・・」とコメントを繰り返しておられましたが、それがたとえ亀の里支援という大義名分があったとしても、教会の庭で栽培しているぶどうをバザーに提供することは100%ありません。

教会の庭ではじめたぶどうの栽培、小さな教会の庭でつくるたった1本のぶどうの木ですよ。バザーで販売できるようなぶどう酒が作れるわけがありません。

それに、教会の庭にぶどうの苗を植えたのと同時に、教会役員宅の庭でもぶどうの栽培をはじめたということもとりあげることはありません。今年は無理ですが、計画通りにことがすすめば、来年は、牧師が作ったみどりいろのぶどうと、教会の役員が作ったむらさきいろのぶどうを、翠峰とピオーネを1房づつ1箱につめて、ぶどうをつくるためにお世話になった方々へお送りすることにしていますが、教会の庭のぶどう、その程度の収穫しか得ることができません。

「基督葡萄」として商品化することも、インターネットで「通販」して、それを亀の里に献金することもありません。

それに、牧師が、瓦礫とバラスだらけの教会の庭を開墾して、木を植えたり、花や野菜を植えたりしているのは、老朽化した教会を台風の風から守る防風林を構成するためであり、野菜は、日本の農業、食の問題を、兼業農家の教会員と一緒に考えるためです。

日本の農政によって、上から押しつけられた農業ではなく、自分たちの食の安全を確保するため、<考えながらする農業>への転換をはかるためです。下松愛隣教会では、牧師と信徒の間のやりとりは、<信仰>だけではありません。かって、賀川豊彦が提唱した、近代農法ではなく、「立体農業」という自然農法を一緒に考えることで、<農>と<農に携わる者>の<復権>をめざしているのです。

それに、下松愛隣教会は、前任の牧師が自害された・・・、ということを隠す意図はありません。下松愛隣教会が、その付帯事業の私物化をめぐって苦悩したという事実も否定することはありません。教会は、常に、事実・現実に立脚して、日々の教会の歩みをしています。『教区通信』の編集者は、下松愛隣教会の宣教の課題の<本質>を外して、その<現象>だけをとらえようとしていますが、教会と牧師である筆者に疎外と排除をもってむくいてきた「山口東分区」からの取材・・・、最初から<無理>だったようです。

理解できないなら、理解する必要はありません。

『教区通信』掲載予定の文案・・・、「ニーハオ!! 今回の風の旅は下松市にある下松愛隣教会におじゃましました。そこはまさに春の花咲き乱れるきれいなお庭の教会でした。」という文章ではじまりますが、どうして、「ニーハオ」という外国語ではじめるのですか・・・? 下松愛隣教会の取材を、理解することができない<外国>(異質という意味)の教会として認識されている『教区通信』の編集者の方の姿勢が如実に物語られています。

記事を捏造する日本基督教団西中国教区の『教区通信』・・・、どうして、悪しきマスコミの血筋をひくのでしょうか・・・?

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2008年6月26日 (木)

●日本は淋しい日本・・・

Han0806263_2梅雨の雨上がりを惜しんで咲く、教会の庭の花・・・。

①桔梗、②切り花用シャスターデージー、③白の菖蒲、④姫檜扇水仙、⑤コスモス、⑥パイナップルセージ、⑦百日草、⑧カンナ・・・。

妻曰く、「どの花もきれい・・・」。

筆者もそう思います。どの花も、神様からいただいた命を精一杯に生きていますから・・・。

昔(昭和33年8月)、戦前戦後の日本基督教団の指導者の一人賀川豊彦氏が、「淋しき人生の征服」という短文を記しています。

「人生は死ぬ時は、「ひとり」である。「ひとり」で母の腹から出てきたのだから「ひとり」でこの世を去るのはあたりまえである。しかし人生のひとり旅をすることよりなお淋しいことがある。それは神を見失い、何故人間が生きているのか分からぬ時である」。

賀川豊彦氏は、戦後、「神を見失った」日本人は、「一年間に三万一千六百五十五人(1956年)も自殺する日本は淋しい日本である。私は彼らの身になって考える。日本はあまりに淋しすぎる。・・・人生に目的があれば死ぬ必要はない。」、といいました。

賀川豊彦氏がそう記してから五十数年、日本は、あいも変わらず、淋しい国であり続けています。ここ十年、毎年、3万人を超える自殺者を出しているのですから・・・。

賀川豊彦氏が書いた、自殺者をなくするための処方箋・・・、今の時世においても有効なのでしょうか・・・。

「共産主義・・・神を見失った。その思想が日本に来た。それが世界一自殺国になった理由である」。

賀川豊彦氏は、共産主義がもたらした罪からこの世を救うのは、キリスト教であるといいますが・・・。

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2008年5月15日 (木)

●教区通信の「風の旅」欄の取材・・・

今日の午後、日本基督教団西中国教区の『教区通信』(平和聖日号)の「風の旅」欄の取材がありました。

編集者の方、大変だと思います。下松愛隣教会を記事にするには・・・。

今までの『教区通信』の担当者の方々が避けて通ってきた教会のひとつですから・・・。抱えている問題の深刻さと複雑さ・・・。さて、どのような記事をかかれるのやら・・・。

無難なところでは、部落差別問題と取り組む教会の実践事例として紹介してくださることぐらいでしょうか・・・。徳山市立図書館の郷土史料室で集めた、部落問題・部落差別問題に関する史資料をお見せしたら、驚いておられました。

「これって、部落地名総鑑じゃないですか! 山口では、こんな資料まで入手することができるのですか!」

あまりの驚きように、筆者の方が戸惑ってしまいました。

『教区通信』の「風の旅」欄の「風」とは、聖霊のこと・・・。「風の旅」とは、聖霊に送り出されて、聖霊に導かれる旅のこと。聖霊という風に導かれてたどりついた下松愛隣教会で、その編集者の方、何を見ることになったやら・・・。

聖霊という風が吹くと、瓦礫とバラスだらけの教会の庭に花が咲き、ぶどうが実る・・・。その現実をまのあたりにしながら、『教区通信』の編集者の牧師の方曰く、「農村伝道神学校で学ぶと、こんなことができるんですか!」

筆者、聖霊に導かれるまま答えました。「そうです・・・」。

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2008年5月 7日 (水)

●西中国教区総会終わる・・・

日本基督教団西中国教区の総会が終わりました・・・。

何もしないのに、とても疲れた教区総会でした。毎回、教区総会に出て思うのですが、無学歴・無資格の筆者には、理解できない議論が多すぎるようです。

部落学序説とその関連ブログ群についてと題したチラシを配布したのですが、掴むことができるほどたくさん配布される各種資料・チラシに埋もれて、筆者の用意したチラシは、ほとんど存在感がありません。

しかも、ある牧師曰く、「保守的・体制的なあなたが書いた文章など読む気にはなれない・・・」。

筆者の『部落学序説』とその関連ブログ群・・・、保守的・体制的と評されることに少しく違和感を感じますが、『田舎牧師の日記』に書いてきた、光市母子殺人事件に関する文章など、「最高裁の見解そのもの・・・」と酷評されます。筆者の見解の間違い、朝日新聞の記事に依拠していることに起因しているとか・・・。朝日新聞の関連記事、「差し戻し控訴審判決理由要旨」も含めて全部間違い、最高裁判決に沿って捏造されたものであるとか・・・。

革新的・反体制的な牧師からの批判なのですが、革新的・反体制的な立場とは、どのような立場のことなのか、筆者、理解に苦しみます。

筆者は、保守的・体制的でも革新的・反体制的でもなく、ただの非政治的・批判的な視点・視角・視座からの発言にすぎないと思っているのですが・・・。

ともかく、今年も教区総会が終わってほっとしました。

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2008年5月 5日 (月)

●馬鹿と新緑と藤の花・・・

今日は大失敗・・・。

教区総会は、今日ではなく明日からでした。山口市内の会場に行ってみると、誰もいません。「日本基督教団西中国教区総会会場」という張り紙もありません。不思議に思っていると、そこへ、横田相愛教会の牧師さんが・・・。「総会は、今日ではなく、明日ですよ・・・」。

筆者、どこかの時点で、教区総会の開催日を間違ってしまったようです。

今日は、総会の前の準備をかねて、西中国教区の常置委員会があったようです。会場の玄関に行きますと、常置委員の浦部姉にお会いしました。朝、議案書を見ていて、その中に、開会礼拝の献金当番をするように指示があったこと、10年に1度指名があるかないかの「役」なので、遅れては申し訳ないといのちがけで車を走らせたことをお話しました。

そして、昨日、徹夜して作成した、教区総会で配布する筆者のチラシを、浦部姉ともうひとりの方にお渡ししました。「部落学序説、アクセス件数、70万件になったのですか!」と驚かれていました。・・・、教区の牧師・信徒の中で、筆者のブログのアクセス件数を知らされて驚かれた方ははじめてです。

そのあと、筆者、帰路についたのですが、徹夜したのがたたって、頭がボーッとしていてこころにゆとりがありませんでした。県庁の近くの道路で、追突事故で大破した車を見て、「事故だけは起こさなければ・・・」とハンドルのしがみついて帰ってきました。

いそがしいとき、人の視野は急速に狭くなるようです。

やっと、普通の視野に戻って、道路だけでなく、その周辺の景色が目に入るようになったのは、旧新南陽市の和田地区に入ってから・・・。新緑が目に飛び込んできました。そしてその新緑の中に、いたるところに薄むらさきの花を咲かせている藤の花が次から次へとあらわれては車のうしろに消えていきます。

藤の花・・・、今が満開のようです。

馬鹿と新緑と藤の花・・・、東北の福島県湖南の妻の実家のある村里の風景と同じように、山口県の農村の風景もとてもきれいだと思いました。会津・長州だけでなく、村里は、日本全国いずこも美しくきれいなのかもしれません。

明日は、今日の帰路と同じ道を通って、教区総会の会場へ行くことにしましょう。藤の花をデジカメに納めるために・・・。

それにしても、筆者、トンマというかマヌケというか、馬鹿というか・・・。

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●チラシの印刷で徹夜・・・

5月5~6日、日本基督教団西中国教区総会が山口市であります。

筆者は、西中国教区の中では、長年<無役>ですので、教区総会は、ただ黙って席についているだけです。

『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆は、教区の取り組みとは何の関係もありませんので、教区の記録に残ることはほとんどありません。

しかし、筆者は、8年間西中国教区の部落差別問題特別委員会の委員をさせられた関係で、その課題をいまだに引きずっているので、その取り組みの概略を<非公式文書>の形で配布してきました。

今回、その「部落学序説とその関連ブログ群について」を印刷していて、急にプリンターの調子がおかしくなり、通常なら数十分で完了するプリントアウトに6時間もかかってしまいました。とうとう徹夜するはめに・・・。

教区総会の間、<睡魔>におそわれなければいいのですが・・・。

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