2008年5月 9日 (金)

●シクラメンの花の数は12・・・

P509015711_2礼拝堂のシクラメンの花・・・。

花の数が少なくなってから、シクラメンの花、ほとんど散ることなく咲き続けています。今日の礼拝堂の温度は21度C・・・。真夏日の暑さになるときも多いこのごろなのですが、なにとか持ちこたえているようです。

残された花の数は12・・・。

数字の意味にこだわるわけではありませんが、12というのは、イエスさまの12弟子の数・・・。

この前、東北の妻の実家に戻ったとき、同じ村の農家の方の家におじゃましたことがありますが、その玄関先に、シクラメンの花が咲き誇っていました。その家の奥様の話では、湖南町のシクラメンは、11はじめから5月の終り頃まで、長い間花を咲かせてくれるのだとか・・・。

シクラメンの花の数が、7個・3個・1個になったとき、デジカメで写真を撮ることにしましょう。

筆者のデジカメの方も、そろそろ寿命でしょうか・・・、最近調子が悪く思ったように撮影することができなくなりました。ピントを外す場合が増えました。花の色も少しぶれが発生します。デジタルズーム機能は完全に故障、機能の使用は不可。デジタルズームで小鳥を撮影することは絶望的・・・。

ただ、近くによってきた小鳥を撮影したり、晴れた日に花を撮るのは、何の問題もなさそうです。

筆者が留守の間、筆者の妻、シクラメンの花の手入れを怠らなかったようです。

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2008年5月 3日 (土)

●湖南の湿原林と水芭蕉の花・・・

P4300065_3妻の実家のある湖南町赤津から、車で10分ほどの距離にある、馬入新田の湿原林と水芭蕉の花です。

夏がくれば思い出す
はるかな尾瀬、遠い空
霧のなかにうかびくる
やさしい影、野の小道
水芭蕉の花が咲いている
夢見て咲いている水のほとり
しゃくなげ色にたそがれる
はるかな尾瀬、遠い空

中田喜直の「夏の思いで」という歌の歌詞の中でしか知らなかった水芭蕉の花・・・。妻の実家のある村里から、ほど遠くないところに水芭蕉の群生地があったことに、驚いています。

P4300078 妻の話しでは、こどものころ、諏訪神社の近くの川の中にも、自然に水芭蕉の花が咲いていたそうです。水路をコンクリートで固めたころから、その姿を消していったとか・・・。カタクリの花、キクザキイチゲ、ショウジョウバカマなどの高山植物が、生活の身近な場所にある福島県郡山市湖南・・・、そこが、筆者と妻の終の住処になるとは、夢のようです。

湖南町赤津の生んだ小説家・諏訪三郎の記念碑の写真を撮りに行ったときに、その記念碑の廻りの花に水をやっておられた方に誘われて、その方の家におじゃましました。元会津藩の士族の家柄で、湖南町史談会会長をされているそうです。

P4300074いろいろ史資料を拝見させていただきました。湖南町は、自然の草花だけでなく、いろいろな方々との出会いも少なくなさそうです。

湖南町赤津にいた3日間で、いろいろなお話をおうかがいできたのは、15人・・・。楽しいひとときでした。


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2008年4月19日 (土)

●石地に落ちたアネモネの花・・・

P4190111右の写真をクリックすると、教会の庭で野生化した、野の花・アネモネを見ることができます。

ビッシリ敷き詰められたバラスの間に根をはってちいさな花を咲かせています。

今日、夕方、花と野菜に水をやっているとき、この前、スーパーの花屋さんで買った時期はずれのムスカリの球根・・・、なんと、花を咲かせはじめました。

球根の大きさは直径1cm5mm程度・・・。根は、本の少しでたばかり・・・。それなのに、球根からいきなり花が開くように、つぼみがのぞいています。

ムスカリも、アネモネに劣らず、生命力が豊かなのですね・・・。

ムスカリは、いったん根付くと、毎年花を咲かせてくれます。教会の庭には、2種類のムスカリがつぼみをもっていますが、このムスカリ、3種類目になります。

P4190124 下松愛隣教会の庭に、小さな客として迎えることにしましょう。

人間も、どんな環境に置かれても、自分なりの花を咲かせなくては・・・。筆者、花も人間も、美しいのは「価値」ではなく「存在」であると思います。イエスさまは、この世におけるわたしたちの「価値」ではなく、「存在」を愛してくださっているのです。

「無価値」なものは「存在」する資格や意味がないのではなく、「無価値」だからこそ「存在」し続け、生かされていることの意味を明らかにしていかなければならないのです。

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●矢車草の花、咲きはじめる・・・

Han0804197明日の礼拝のために、教会の玄関まわりを竹箒で掃除をしていましたら、筆者の目に飛び込んできた小さな花・・・、それは、バラスの上に咲いたアネモネの花でした。

このアネモネの花は、一重ではなく二重です。

昨年、バラスから鉢に移植したこの二重のアネモネ、今年は5~6cmの大きな花を咲かせました。

同じ花でも、置かれた環境の違いで、こうも違いが出てくるのでしょうか・・・。

多分、人間についても同じことが言えるのではないでしょうか・・・。どんな花を咲かせるのかは、本人の資質・能力より、環境が大きく影響する・・・。

野生化したアネモネの球根・・・、大きさは2~3mm程度しかありません。朝顔の種よりはるかに小さい球根です。

どんな境遇の中でも、その中で、精一杯の花を咲かせようとする野生化したアネモネ・・・。

バラスだらけの庭に咲いたアネモネ・・・、その事実を誰も知らなくても構わない・・・。イエスさまと、筆者と妻が見ているから・・・。

3枚目はセキチク、4枚目はカーネーション。

5枚目は、今年はじめて咲いた矢車草の一番花・・・、午前中は咲いていなかったのですが、夕方には、2個開花・・・。矢車草の青・・・、筆者は大好きです。

6~7枚目は、シラン・・・。2004年の秋、タイヤの中に入れた土の中で増えひろがったシランを、花壇とお花畑に移植しました。今は、10倍ほど増えていますが、このシラン(紫欄)、「準絶滅危惧品種」だそうです。

もっと増殖させてあげましょうか・・・。

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●ハボタンの菜の花は十字架のかたち・・・

P4190108昨年、種からまいたハボタン・・・。

教会の庭の片隅に放置しておいたのですが、今日、菜の花を咲かせているのがわかりました。

ハボタンの菜の花・・・、どの花も、十字架の形をしています。見つめていると、いとおしくなってきます。

教会の庭の花は、できるかぎり、子孫を増やすことができるようにしていますが、ハボタンの花・・・、こんなに清楚で、希望に満ちて、きれいだとは、知りませんでした。

どの花も、最後のさいごまで見届けてやらないと、ほんとうの美しさを発見することができないのかもしれません。

きっと、人間についても同じですね・・・。他者に見切りをつけることは、自分に見切りをつけることと同じです。他者であろうと、自分であろうと、見切りをつけること自体が、人間としての傲慢さのあらわれなのかもしれません。

十字架のかたちの黄色の花・・・。

筆者、この花のことをいつまでも忘れることはないでしょう・・・。

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2008年4月15日 (火)

●老いの季節を迎えたシクラメンの花・・・

P4140007礼拝堂の温度、24度C・・・。

シクラメンにとって快適な温度は、15度C以下なので、初夏のような気温の中、シクラメンは大変なようです。

シクラメンの鉢を置いている皿の水、ほとんど吸収しなくなって久しくなります。時々、新し水に交換してやるのですが、根から水を吸い取っているようには見えません。もう、水を吸うのもあきらめたのでしょうか・・・。

筆者の妻曰く、「よく咲いてくれたから、もう休ませてあげましょう・・・」。

シクラメンの花、花の色が白っぽくなってきました。シクラメンが老衰を迎えるのは時間の問題かもしれません。すべての花が散ったら、5月中は、家の中に置いてやって、6月以降は、風通しのいい日陰に移し、適宜水をやってあげると、いいとか・・・。

このシクラメンの花・・・、神さまにまもられてきた筆者と妻の姿なのかもしれません。神さまからの恵みを吸い取る力がなくなったら、筆者と妻の人生、それで終りです・・・。

上のシクラメンの写真、妻が撮りました。これから、何度、シクラメンの花の写真を掲載できるやら・・・。

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2008年4月 9日 (水)

●妻曰く、「あなたに似ている花・・・」

Han0804091教会の瓦礫とバラスだらけの庭に、野生化して咲くアネモネの花・・・。

新約聖書のイエスさまの言葉に出てくる「野の花」はアネモネの花であるといわれていますが、教会の庭に咲いているアネモネ、背丈は10センチ、花の大きさは開いたときで直径2センチ程度・・・。花びらは、一重です。

流行りの言葉でいえば、「ど根性アネモネ」というのことになるのでしょうか・・・。

昨年、この野生化したアネモネを、鉢に移植してやりました。そしてこの春、そのアネモネ、鉢の中で花を咲かせました。それが、上から3枚目以降の写真です。

花は、八重咲き、大きな花は直径5センチほどにもなっています。

野の花・アネモネ・・・、環境がいいときにはそれなりの、しかし、環境が悪いときにも、決してあきらめることなく、その状況の中で咲かせることができる花をめいっぱい咲かせることができるようです。

筆者の妻曰く、「この花、あなたみたいですね・・・。誰からも評価されることなく、見捨てられて、それでも、石ころだらけの土の上に花を咲かせようとしているところ・・・」。

無学歴・無資格、しかも霊性の低い、世俗的な牧師・・・、として、教団・教区・分区の諸教会から排除・疎外されることに自他共に受け入れるようになったころから、教会の庭に野生化して自生するようになった野の花・アネモネ・・・。

この野生化したアネモネ、昔妻が植えたものだそうですが、種が飛んで野生化し、バラスの庭に自生するようになったのだとか・・・。

イエスさまのたとへ話では、「石地におちた種・・・」は、不信仰と神のさばきの象徴・・・。筆者、牧師になったときから、神に代わって、教団・教区・分区の諸教会からさばき続けられているのかもしれません。

「そんな石地に花を咲かせて何の意味があるのか・・・?」、と。

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2008年3月26日 (水)

●野生化するネモフィラ・・・

Han0803262今年、プランター6個と鉢2個、そしてお花畑にさいているネモフィラは、種から育てた、青色の<インシグニスブルー>という種類です。

毎年種をまいているのですが、この種類ネモフィラは、こぼれ種から次の年何もしなくても芽が出るということはありませんでした。

しかし、白色の<スノーストーム>という品種と、まんなかが紫色の<ブルーベリーアイズ>という品種は、こぼれ種から自然繁殖するようです。

一昨年、1本ずつ買ったこのネモフィラの苗・・・、今年、こぼれ種から10本の苗が、庭の至るところで成長しました。

今は、それを拾い集めて、花壇の一カ所に移植しています。

静岡県にお住まいの、ブログ『風に揺れるものたちと』の著者の方の記事で、いったん、種をまくと、つぎからつぎへと自然に繁殖するネモフィラのことを知りました。

ネモフィラが自然に繁殖したのは、いちごばたけのまわりです。いちごの苗と苗の間に、芽を出し、成長していました。

いま、プランターの青色のネモフィラも、いちご畑のそばに置いていますが、順調に花を咲かせていっています。ネモフィラ、いちご用の堆肥が好きなのでしょうか・・・?

ともかく、何もしなくても次の年、こぼれだねから芽をだしてくれるネモフィラの花は大歓迎です。

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2008年3月24日 (月)

●麦とチューリップ・・・

Han0803243チューリップの花が咲き始めました。

左の写真は、チューリップの一番花です。切花用ですので、教会の裏庭に植えています。今年、球根を育てて、来年は、教会の玄関に植えます。

他の写真は、切花用の麦・・・。

次の週の礼拝には、赤色のチューリップと、切花用の麦の穂をささげることができそうです。

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2008年3月16日 (日)

●アネモネの季節・・・

P3160055礼拝後に撮影したアネモネの花・・・。

いろいろな花が日毎に成長しています。教会の庭に、いろいろな花が咲き乱れるのは、それほど遠いことではないかもしれません。

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2008年3月14日 (金)

●わすれな草の花・・・

P3140094忘れな草の花が咲き始めました。

昨年、はじめて、忘れな草の種をまいたのですが、この忘れな草・・・、ほとんどが芽を出したようで、プランターと鉢、20個分に苗を移植しています。

左の写真は、咲き始めたばかりの忘れな草の花です。

妻のすきな花のひとつです。

画像をクリックすると拡大します。

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●ブルーのアネモネのつぼみ・・・

P3140091左の写真、ブルーのアネモネのつぼみです。

青色のアネモネの花もきれいですね・・・。開く日が楽しみです。

花をクリックすると、画像が拡大します。

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2008年3月10日 (月)

●60歳にして<野の花>アネモネに驚かされる!

Han080310新約聖書のこのようなことばがあります。

「野の花がどのように育つのか、注意してみなさい・・・」。

このことばは、主イエスさまのことばです。

この<野の花>、花の品種でいえば、アネモネだそうです。イエスさまは、おそらく、その弟子たちに、アネモネの花を指さしながら、「野の花がどのように育つのか、注意してみなさい・・・」と言われたのではないかと思われます。

「今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか・・・、だから、明日のことまで思い悩むな」。

筆者、60歳にして、はじめて、<野の花>アネモネを注意してみることになりました。

というのも、教会の庭に、アネモネが一輪咲いています。しかし、他に、アネモネのつぼみは全然見当たらないのです。最初のアネモネが咲いてから、春が来たことを、他のアネモネに知らせると、他のアネモネがそれに呼応して、つぼみを付け、花を咲かせる・・・、と漠然と考えていました。

しかし、5つのプランターと2つの鉢に植えているはずのアネモネには、つぼみらしきものがみあたりませんでした。それで、筆者、少し不安になってきました。つぼみらしきものがどこにも見えないのに、アネモネの花、さくのだろうか・・・、と。

ところが、今朝、庭のアネモネをみると、十数個、つぼみが出ています。

「ええ! どうして?」と思ったのですが、理由が分かりません。ある日、ある時、突然と、アネモネのつぼみが出現する・・・、というのは、とても信じられなかったからです。

そして、デジカメで、アネモネのつぼみを撮っていて、アネモネが花を咲かせる過程が分かりました。

なんと、アネモネのつぼみ、土の中で成長していたのです。

昨年は暖冬でしたので、気がつかなかったのですが、今年は、長期天気予報に反して、寒くて冷たい冬の日が続きました。春の訪れが遅れる中、アネモネは成長を続け、土の中でつぼみを育んでいたのです。

春の日がやってきて暖かくなると、アネモネ、その首を持ち上げるように、そのつぼみを起こして、花を開く備えをするのです。

左の写真は、教会の庭のプランターに植えたアネモネのつぼみが、土の中から出て、黄緑色から、次第に赤みがさして、やがて、赤色のアネモネの花を開く・・・、その過程をしめしています。

人生の試練にさらされているとき、<野の花>アネモネのような生き方もあるのだと、知らされました。暗い土の中でも、つぼみをつけて、それを自分で育むことができる・・・、そして、開花のときがきたら、一気に、つぼみを地中から起こして、天に向かって開花する・・・。

「野の花がどのように育つのか、注意してみなさい・・・」。

60歳になるまで、このイエスさまのことばに耳を傾け、<注意してみる>ことの少なかったおのれを反省せざるを得ません。

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2008年3月 9日 (日)

●春の庭の花・・・(5)

Han080309cただひとり、様子見で咲いていたアネモネ・・・

礼拝のあと行ってみると、開花していました。今年の、アネモネの一番花です。

昨年の秋、植えたアネモネの球根の数は、約40個・・・。日本基督教団松山教会の信徒の方が指定献金をしてくださいましたので、アネモネ・ラナンキュラス・百合等の球根を購入させていただきました。

今日咲いたアネモネは、そのひとつです。

今年のアネモネは、昨年の白色に加えて、赤と紫の花が咲く予定です。

今は、アネモネもラナンキュラスもプランターや鉢に植えていますが、もう少し暖かくなって、新陳代謝が激しくなったら、花壇におろしてやるつもりです。

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●春の庭の花・・・(4)

Han0803096昨年と比べますと、2ヶ月遅れて咲き始めたキンセンカの花・・・。

寒くて冷たい冬は、やっと過ぎ去ったようです。

キンセンカが、花開く様・・・、なにとなく、いじらしいですね。おそるおそる、花びらを一枚ずつ開いているようで・・・。

昨年、キンセンカの種、少量しか播きませんでした。主日礼拝の切花用に30本程度・・・。品種も、背丈の短い花壇用ではなく、切花用専用です。

復活祭の花の一番候補は、このキンセンカのようです。

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●春の庭の花・・・(3)

Han080309dラッパスイセンのつぼみがふくらんできました。

教会の庭には、何種類ものスイセンの花が咲きます。種類ごとに、開花する時期がことなりますので、教会の庭は、春のかなり長い間、スイセンの花を楽しむことができます。

スイセンは、<環境を選ばない>ので、育てやすい花のひとつです。3年に一度、球根を掘り起こして植えなおしてやれば、どのスイセンもどんどん増えていきます。

スイセン・・・、花というより、雑草に近いかもしれません。

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●春の庭の花・・・(2)

Han080309bこの前、国道2号線沿いの米沢園芸で、妻が買ってきたチンチョウゲ・・・。

どうやら、枯れないで、根付いてくれたようです。

水はけがよくて日当たりのいい場所・・・。大きく成長してくれたら、教会の玄関の雰囲気も少し変わるかもしれません。

筆者が洗礼を受けた教会、旧庄屋の屋敷で、中に、茶室が三つもありました。ひとつは、週報を印刷する部屋、もうひとつは、納骨堂代わりに使用されていました。最後の茶室は、本格的な茶室で、庭には、それに相応しい木々が植えてありました。そのひとつにチンチョウゲがあった・・・、と記憶しています。

娘が大学を出るまでは、ほとんど経済的ゆとりがなく、教会の庭の手入れをする時間をとることができませんでした。不況による失業率の増加、高齢者の失職・・・、筆者も、なにとなくその流れの中に巻き込まれて、今は、<現役>にして<引退>暮らし・・・。

筆者の記憶では、妻が、チンチョウゲを買ってきたのは、これで3回目・・・。今度こそ、定着させなければ・・・。

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●春の庭の花・・・(1)

Han0803098教会の庭に植えている3本の梅の中で、一番遅咲きの梅です。

うっすらピンクがかった梅の花が咲きます。

筆者が、クリスチャンになるため洗礼を受けた教会の、旧庄屋の屋敷の白壁の片隅に、梅の花が咲いていました。寒梅・・・。

その前に、御影石のベンチがあって、日差しがあたたかい日には、礼拝のあと、そのベンチに座って、梅の花を見ていました。

筆者は、その御影石のベンチを、「祈りの石」と名付けていました。

人生、長~く生きていますと、ひとつひとつの草・木・花に思い出がまつわりつくものです。

いいじゃないですか・・・。

人生、アミエルがいうように、謎にみちているのですから・・・。自分でその意味を解きあかそうと思っても解きあかすことができない謎に・・・。

神しか知ることができない人生の隠された意味・・・、すべて、主に委ねて生き抜くこと・・・、それが信仰というものです。

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