●面白かった宮武外骨・反骨の奇人・・・
今晩のNHKの番組、『宮武外骨・反骨の奇人』・・・
筆者にとっては、とても面白い番組でした。やはり、宮武外骨の<穢多>についての言及は一度も取り上げられませんでしたが・・・。
番組の中では、宮武外骨・・・、当時の人々から<揶揄>された・・・、と紹介されていましたが、<揶揄>・・・、もっと的確に表現すれば、<誹謗中傷・罵詈雑言>ということになるのでしょうか・・・。
17歳のとき、父母によってつけられた<亀四郎>の名前を捨てて、自らを<外骨>と称した宮武外骨・・・。17歳にして、人生のすべてを知ったのでしょう。それから88歳の生涯を終えるまで、宮武<外骨>として、徹底的に<反骨>の生涯をまっとうすることになりました。
宮武外骨・・・、明治の刑法は、欧米流の刑法に準拠しているように見えながら、その実、日本の封建的司法・警察制度が継承されていることを看破した人ですが、宮武外骨、そのような認識の中で、旧穢多の<半解半縛>の姿を認識することができたのでしょう。
宮武外骨の明治政府の発することばに対する<観察>(<かんざつ>と読む・・・)力はすごいものがあります。
NHK・・・、なぜ、『宮武外骨・反骨の奇人』という番組の中で、<宮武外骨と穢多>とのかかわりについて言及しなかったのでしょうか・・・。おそらく、<穢多>という表現を使用することで、部落解放同盟などの運動団体から、<差別語を使用した・・・>という理由で糾弾されることを避けるためであったのでしょう。
部落解放運動家と、それに付和雷同する学者・研究者・教育者たちによって、<穢多>ということばが、歴史的本質を封印されたまま、<差別語>として忌避されることは、歴史上の<穢多>の実像を民衆の視界から遠ざけるのに大きく貢献したに違いありません。そのために、部落差別完全解消への道程は大きく頓挫させられることになりました。
日本の社会に、<言論の自由>がほんとうに保証されていたとしたら、<穢多>の歴史上の真の姿・・・、すでに解明されていたに違いないと推察されます。
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