●嘆かわしい歴史教育の衰退・・・
昨日、教会の庭を散策していて、ウグイスを2回視認しました。同じ1羽のウグイスなのか、違う2羽のウグイスなのか判断できませんが・・・。そのウグイスの鳴き声、<ホーホケキョ>ではなく<チャッチャツ>・・・。
現在、教会の庭で、<ホーホケキョ>と鳴くのは、ウグイスではなく、他の小鳥の鳴きまねができる百舌鳥やむくどりの鳴き声・・・。
<常識>に依存しているひとにとっては、筆者の上記の言説・・・、信じがたいでしょうが、最近、小鳥の観察をはじめた筆者の目には、そのように見え、筆者の耳には、そのように聞こえるのです。
さて、今朝、メールを確認していますと、以下のようなメールが紛れ込んでいました。
・・・福島発信の死体埋葬禁止令は一次資料の定義を満たしていませんよ。しかも同じ福島から一次資料の定義を満たした死体埋葬記が出てきてます。管理人さんは一次資料の定義をご存知でしょうか?「いつ・どこで・誰が・何を・どうした」、これらの事柄が全て明確に当てはまって一次資料なのです。個人のブログとはいえ俗説をあたかも史実のように書いて発信するのは良くないと思いますよ?それよりも長年に渡り、証拠も信憑性もないまま5次資料で鹿児島や山口などいくつもの地域を公的にも中傷する福島の方が問題ではないでしょうか?日本は法治国家です。明確な証拠もないのに他地域を叩く福島県こそ、オカシイと思いますよ。最後に質問します。管理人さん、あなたは白虎隊を少年だと思いますか?そして悲劇の部隊だと思いますか?
この種のコメント・・・、『部落学序説』で公開してもあまり意味がないので、公開することはありませんが、今回、筆者の<気分転換>のために、コメントに応答させていただくことにしました。しかし、あくまで単発的な<反応>として・・・。
質問に対して質問をもって応えるのは好ましくことではありませんが、筆者、「史料の可信性の批判」において、「時間・場所及び人間の関係」(今井登志喜著『歴史學研究法』)が重要な指標になることはしっていましたが、「一次資料」の定義の<外延>として、「いつ・どこで・誰が・何を・どうした」という5項目が列挙されているのを見たのははじめです。そこで、質問です。「一次資料」の定義の<外延>として、「なぜ」という項目は必要ないのでしょうか・・・。
無学歴・無資格、大学等の高等教育機関などで学ぶことができる歴史研究とは無縁の存在ですので、貴兄がいわれるような「1次資料」・・・「5次資料」という「史料の等級」は知りません。貴兄は、「1次資料」についてのみ、貴兄なりの定義をしてみせますが、「5次資料」についての定義はなになのでしょう・・・?
貴兄は、「長年に渡り、証拠も信憑性もないまま5次資料で鹿児島や山口などいくつもの地域を公的にも中傷する福島の方が問題ではないでしょうか」と問いかけてこられますが、「5次資料」で、歴史を判断してはいけないのでしょうか・・・。無学歴・無資格の筆者の目からみますと、日本の近代の歴史学は、<国家統治のための学>としての機能をになっていましたので、近代中央集権国家・明治天皇制国家の護持に抵触する史料・研究は、徹底的に排除されていった・・・、と認識しています。しかし、歴史の事実までは抹消することはできませんので、歴史の事実・真実は、貴兄がいう「1次資料」だけでなく、「2次資料」以下の形態で伝承されていくことになります。
柳田國男民俗学などは、歴史学がカバーできない史資料(文書・伝承)に着目してなされた学的研究でしょう。
無学歴・無資格の筆者は、『部落学序説』執筆に先立って、筆者が依拠している論文・書籍を公開しています。そして、筆者が採用している<歴史的研究法>についても・・・。今回の「史料の等級」に関する問題についていえば、筆者が依拠するのは、歴史研究法の<古典>に近い、今井登志喜著『歴史學研究法』(東京大学出版会)です。
その中で今井登志喜氏は、「史料の等級」について、坪井『史學研究法』の、「史料の価値」についての「六つの等級」を紹介し、また、その「史料の価値判断」に関する反論として、大類『史學概論』の説を紹介しておられます。そのうえで、今井登志喜氏固有の見解を記しておられます。
無学歴・無資格の筆者、歴史研究法については、この今井登志喜著『歴史學研究法』に全面的に依拠していますので、現代の歴史学研究の方法論は、戦後一段と進んでいる可能性がありますので、おそらく、貴兄は、現代の歴史学研究法の最先端を学んだうえで、筆者に問いかけしておられるのだろうと思いますので、貴兄の胸をかりるつもりで以下の文章を綴ります。
無学歴・無資格の筆者にとって、歴史研究にさいして行われる「史料の等級」の判断は、坪井説にしたがって、「一等史料」・「二等史料」・「三等史料」・「四等史料」・「五等史料」・「等外史料」の「六つの等級」のみです。
筆者、別に漢語表記にこだわるわけではありませんが、坪井説の「一等史料」・・・「五等史料」という表現と、貴兄のいわれる「1次資料」・・・「5次資料」という表現が、どこでどうつながっているのか判断しかねます。
筆者の<常識>では、「一次資料」という表現に対しては「二次資料」という概念が存在するのみで、「三次資料」・・・「五次資料」はないはず・・・。しかし、貴兄は、「5次資料」という表現を、なんら定義されることなく使用されますので、おそらく、坪井説の「一等史料」・「二等史料」・「三等史料」・「四等史料」・「五等史料」の亜流か、焼き直しの表現ではないかと思います。
坪井説の「一等史料」と「五等史料」の説明(定義)をそのまま引用します。
「一等史料 史學事項の起こった當時、當地においてその當事者が自ら作った史料、たとえば主たる當事者の日記の類、参謀官のメモ等」
「五等史料 編纂物の上乗なもの、すなわち根本史料により科学的に審査し、公平に編纂したもの」
つまり、「五等史料」とは、歴史学者によって、「史料」として編纂された資料集のことです。筆者が使用する岩波『日本思想大系』・岩波『日本近代思想大系』は、この「五等史料」に属します。
無学歴・無資格、歴史学の門外漢の筆者が、『部落学序説』の執筆に際して使用する「史料」は、99.99%が「五等史料」ということになります。「一等史料」(「1等資料」)でないと、まともな歴史研究ができない・・・、というのは、歴史学者・歴史学徒としては暴言です。孔子の残した直筆の『論語』原文で研究しても、「論語読みの論語知らず」・・・、というのは往々にしておこりうべきことがらですから・・・。
「五等史料」(「5次資料」)を否定することは、とりもなおさず、歴史研究、学的研究そのものを否定することに直結します。
今井登志喜氏曰く、「史料の可信性の批判において時間場所及び人間の關係をよく考慮しこれを價値判斷の標準とする事は、研究法の書物がすべて一致するところであり、その點について疑問はあり得ない。ただそれは杓子定規的機械的でなく、それぞれの史料について十分有機的になされることが肝要である」。
貴兄のことば、「個人のブログとはいえ俗説をあたかも史実のように書いて発信するのは良くないと思いますよ?それよりも長年に渡り、証拠も信憑性もないまま5次資料で鹿児島や山口などいくつもの地域を公的にも中傷する福島の方が問題ではないでしょうか?」・・・、筆者の視点・資格・視座からしますと、歴史学・歴史研究とはまったく縁のない、あったとしても、歴史研究の素養をもちあわせていない<輩>のことばではないかと思わされます。
貴兄は、もしかしたら、「1次資料」・・・「5次資料」という用語を、学術用語・歴史用語としてではなく、「通俗」的に、「1番煎じ」・・・「5番煎じ」の意味で使用されているのかな・・・?
歴史学とはなにか、歴史研究とはなにか、歴史研究法とはなにか・・・。
筆者、貴兄に今井登志喜著『歴史學研究法』(東京大学出版会)を一読されることをおすすめします。
【蛇足】
「最後に質問します。管理人さん、あなたは白虎隊を少年だと思いますか?そして悲劇の部隊だと思いますか?」についての質問に対しては、「定義」にこだわる貴兄にすすめます。「少年」の定義、それと対になる「大人」(「成人」)の定義について認識されることをおすすめします。近世幕藩体制下、明治初年代、<武士階級>のこどもが、いつ<少年>を脱して<成人>したのか・・・。
大学を卒業し、高学歴・高資格をみにつけても「大人」になりきれない、<モラトリアム>を生きているひとが多い・・・、とささやかれるようになって久しくなりますが、<モラトリアム>に長く身を起きすぎると、歴史の文献を読むときにも、現在のおのれの状況を読み込むことにつながるのでしょうか・・・?
筆者、無学歴・無資格、高等教育とは無縁な存在・・・、期せずして、長州藩の地で27年過ごしていますが、晩年は、会津藩の地で余生をおくります。妻の実家は、旧会津藩領地・・・、妻は会津若松生まれです。長州と会津の両方に関与しながら、筆者、歴史の真実を追究しています。長州と会津と・・・、人間性も思想性も大いに異なります。筆者、長州より会津の方が、好きです。
イギリスという外国の軍隊を導入して幕府を倒した長州・薩摩・・・、筆者の視点・視角・視座からしますと典型的な<外姦罪>に該当します。長州・薩摩勢力は、それを隠蔽・免罪するために、近代刑法に<時効制度>を導入・・・、みずからの罪を合法的に帳消しにしてしまいました・・・。筆者の<歴史解釈>に過ぎませんが・・・。日本の国を愛しているようで愛していない、長州・薩摩派閥の利害のみに汲々として、国民を窮地に陥れてかえりみない、長州・薩摩派閥の現在の末裔・・・、筆者、好きになれません。彼らのような<似非愛国主義>ではなく、<真正の愛国主義者>たらんとする筆者・・・、長州・薩摩派閥に全面的な信頼を寄せることはありません。
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