●「山口県岩国市未指定地区の現況について」・・・
某国立大学の<教授>から、岩国の被差別部落に関する情報を要求されていますが、筆者が、独断でその情報を提供するのは難しいですね・・・。
26年前、日本基督教団西中国教区の小教会に赴任してきてすぐ、設置されたばかりの部落差別問題特別委員会の委員にさせられ、4期8年、その委員をしてきましたが、部落差別問題特別委員会委員として行動はじめてすぐ、山口東分区の牧師たちから、露骨な疎外・排除にさらされ、結局、その牧師会から離脱・・・、周防教会・村田敏牧師の出身教会の大阪教区・久米田教会の樋口洋一牧師が評する「一匹狼・変わった牧師」であり続けているわけです。
最初は、なにをするにしてもはじめて・・・。
<差別発言>をするごとに、期せずして交流を持つことになった、部落解放同盟新南陽支部のおじさん・おばさんから指摘されて、筆者自身の中に存在する潜在的な差別性を認識しつつ、山口の被差別部落の人々の反差別の闘いを観察(<かんざつ>と読む)させていただきました。
彼らから提供された被差別部落に関する史資料は、1枚もらさず、主題別にファイリングし、お聞きした話は、最低限フィールドノートにメモし、重要な聞き取り調査は、ワープロ速記の技法を用いて記録化していきました。
無学歴・無資格の筆者、学問的な訓練を受けていませんので、すべて、独学によるものでしかありませんが・・・。
そのとき入手した、ファイル、《同和関係地区一覧表》と《岩国市の未指定地区》の2冊に某国立大学の<教授>から質問があった<資料>と<聞き取り>が含まれていました。
この文章の表題、「山口県岩国市未指定地区の現況について」を作成したのは、部落解放同盟山口県連です。1988年10月、部落解放同盟による、岩国の未指定地区実態調査と対市交渉が行われた際に、部落解放同盟が<内部学習資料用>として作成したものです。
いまから20年前の話しですから、現在、その認識はさらに深められている可能性があります。<20年前>という時間的制約を前提にして、「山口県岩国市未指定地区の現況について」の内容の概要をまとめてみました。
1
「岩国市」は、「人口11万3千」の、「広島県境に位置する県東部の中心をなす工業と観光の町」・・・。「江戸時代は吉川氏の城下町として栄え、戦前、海軍航空隊基地として、戦後、米軍の重要基地として知られています」。
2
「岩国市同和対策については、地区指定ゼロ、しかし、被差別部落の側が作成した「同和会作成資料」によると、地区数9ヶ所となっています」。
3
「県部落問題対策審議会の確認事項として、A・B・C(原文には実名による記載)の3地区を「見なし地区」として、市による地区指定実現を求めると共に、属人事業(解放奨学金などの個人給付)に限り県事業を実施しています」。
4
「全国水平社運動の中でも取り残され、戦後解放運動の中でも、解放同盟・同和会ともに組織化が実現されませんでした」。
5
「1976年全解連(日本共産党系)が支部を結成しましたが、支部事務所に住民票を移し、同和資金を利用、1ヶ月も経ず、又転出する」。「全解連幹部が自宅の立退保障を市に強要し、さっさと地区から逃げ出すなどの不正・悪行(岩国市において、同和利権を貪ったのは日本共産党系の運動団体・・・。対市交渉の際、当時の岩国市長は、それが岩国に於ける同和対策事業の推進の大きな障害になったと言明・・・)が地区内外の批判を受け、1983年12月解放同盟岩国支部の結成を機に、組織実体が消滅しました」。
6
3地区のうち、A地区は、「米軍基地にある地域に存在します。同和地区のみならず、周辺地区の実体は家屋が無計画に密集し、消防車すら入れない道が大半です」。
7
「その要因」として、「1940年、海軍航空隊基地として土地を取り上げられた人々」、「1942年の大水害の被害者が、市の指導や保障のないまま限られた地域内に居住」したことがあげられます。
8
「岩国駅からくるまで5分もない市街地の中心にある地域の実態は、市都市計画上、最大のネックである事は歴代市長の認めるところですが、同和対策・基地周辺対策など、有利な国事業のあるにもかかわらず、現在まで放置されています」。
9
「1970年、建設省認可の区画整備事業も、全く店ざらしの現況です」。
10
A地区の世帯数166・人口470人
B地区の世帯数150・人口421人
C地区の世帯数40・人口123人・・・
某国立大学の<教授>さん・・・、筆者が、A地区・B地区・C地区を記号で表現し、実名で紹介しないことで、筆者の、「山口県岩国市未指定地区の現況について」の紹介文を<資料として価値がない・・・>と断定されるのではないでしょうね・・・?
某国立大学の<教授>さんが連絡がとれ、聞き取り調査ができるようになった、部落解放同盟岩国支部の支部長さんも、保有されている、部落解放同盟・山口県連作成の資料ですから、支部長さんに見せてもらってください。
『部落学序説』とその関連ブログ群の筆者は、その執筆方針にしたがって、いかなる場合でも、それがたとえ<善意の第三者>であったとしても、被差別部落の地名・人名の入った文章・資料・伝承を他の人に伝えることはありません。
『部落学序説』の筆者の執筆目的は、被差別部落の人々が、その地名・人名を実名で、その歴史・物語を語ることができる差別なき社会の実現を目指して<環境>を整えていくことにあります。筆者、差別社会の中で、被差別部落の人々に地名・人名を実名で語るように<脅迫>することはありません。語るもよし、語らざるもよし・・・、いずれにしても、日本の近代歴史学が作り上げてきた典型的な差別思想である賤民史観を<破壊>することを目指しています。
<ひとりで何ができるか・・・?>と質問を受けることもありますが、<ひとりでするからできる>改革もあります。
岩国の基地問題と同和問題を同時に考察の対象にされている某国立大学の<教授>の方・・・極めて希少価値のある研究者のようです。無学歴・無資格の筆者、その研究成果を楽しみにしています。
| 固定リンク


コメント