●島根県の近世後期の<鉢屋>の変化について・・・
島根県の近世後期の<鉢屋>の変化について
『部落学序説』の、島根県の読者の方から、上記表題の件について、問い合わせがありました。
筆者、無学歴・無資格、部落史の門外漢でありますから、『部落学序説』執筆に必要な資料しか持ち合わせがありません。執筆に使用する史資料については、執筆開始と同時に公表しています。
筆者の手元にある島根県の部落史に関する論文は以下の通り、僅少です。
藤澤秀晴著『鉢屋覚書』
『文政3年楯縫郡平田村上ヶ分六人之鉢屋共所持仕候諸書付写し』
石尾芳久著『島根県における被差別部落の起源-満行寺文書を中心として-』
問い合わせによりますと、2年前、『島根県における同和問題の歴史』が出版され、島根県内の関係機関に配布されたそうですが、<限定公開>の史料集のようです。もちろん、無学歴・無資格の筆者の手元には、その『島根県における同和問題の歴史』はありません。
問い合わせは、『島根県における同和問題の歴史』を前提にしての設問のようなので、筆者、返答に当惑しております。
島根県の部落史においては、「近世前半については貴ブログで述べられていることが該当すると思いますが、後半になると様々な変化が少しすつ現れてくるように思いました。」・・・、そうです。
後半というのは、日本の歴史学の差別思想である賎民史観の学者・研究者・教育者が指摘する、1700年代の<差別強化>の時代以降のことでしょうか・・・?
筆者、『部落学序説』でも記していることですが、この<差別強化>を<差別強化>として認識することに問題を感じています。筆者の視点・視角・視座からしますと、<差別強化>とは、全く意味内容を異にする、当時の西洋列国の日本再開国への働きかけに危機感を感じた幕府が、<鎖国政策>を堅持し、<宗門改め>制度を強化する形で展開された、日本の司法・警察システムの再編成と、全国津々浦々の司法・警察官の職務の見直しと司法・警察官の服務規定に対する徹底・・・、と認識しています。
島根県の「鉢屋穢多」・「鉢屋非人」についても同じことがいえます。
お問い合わせの「島根県の近世後期の<鉢屋>の変化」・・・、というのは、「鉢屋」の「居宅」の改修に関する費用を村が負担することの是非について・・・。近世の前期においては、藩の命令・指示によってなされていたが、後期、藩財政が逼迫していくなかで、命令・指示によってではなく、村の善意・好意によってその費用が捻出されるようになったというもの・・・。
形而下的な変化の背後に、近世後期の被差別身分の社会的地位・処遇の変化を読み取ろうとされているのでしょうか・・・。
『部落学序説』の筆者の視点・視角・視座からしますと、その「居宅」には、ふたつの意味があります。
ひとつは、近世幕藩体制下の司法・警察官である<非常民>としての職務遂行にあたるための<官舎>としての<居宅>・・・。とくに、<村まわり鉢屋>の場合、村自体に司法・警察官の養成能力を持っていなければ、他村の司法・警察官養成所を出た<鉢屋>、あるいは<村まわり鉢屋>の経験者を招聘する必要がありますので、<官舎>の提供が必要です。
<村まわり鉢屋>は、現代の<村のおまわりさん>・・・、その<居宅>は、<派出所>と言われて、官費、つまり税金で新築・改修されます。それと同じこと・・・。
もうひとつは、司法・警察官の職務と関係なく所有している個人的な<自宅>のこと・・・。
近世幕藩体制下の司法・警察官になる前に、すでに所有していた土地・屋敷・財産は、司法・警察官になったあともその所有が認められていますので、当然個人的な<自宅>になります。
近世幕藩体制下においても、<穢多>役・<非人>役の<居宅>に藩費あるいは村費が使用されるのは、役人の<官舎>である場合だけで、個人的な<自宅>・<私邸>の新築・改築費用が藩費・村費から支出されたわけではありません。
明治4年の太政官布告に際して、<官舎>か<自宅>かの調査がなされていますが、<官舎>であった場合、そこに勤務していた<穢多>役は、<官舎>を去っていかなければなりませんでした。<自宅>の場合は、当然、同じ場所に住み続けた・・・、ということになります。
島根県の史資料の中には、「居宅再建に村々が協力するのは「はちや」の有力者であり、全員ではないことについて、「有力者は貧しいわけではないのになぜか」「それなら全員に負担すべきではないのか」」・・・という意味の資料があるようですが、差別的待遇の撤廃の声などではなく、また、地域の有力な<鉢屋>に対して、<現在の同和対策事業のような>利権を提供、その範囲を拡大しようという声などではなく、<官舎>の新築・立替・改修について、法的な基準が必要であるとのことばではないでしょうか・・・。
それと、『部落学序説』の筆者のいう<非常民>は、<軍>・<司法警察>・<軍需産業>を含んでいます。<カワタ>が、<司法警察>という<役務>の反対給付として<軍需産業>としての皮革・武器・武具の製造にかかわる収入として充当されている場合、<カワタ>は、司法・警察官・・・、島根県では、<鉢屋穢多>になります。<司法警察>と<軍需産業>が分離されている場合は、<カワタ>は、皮革・鉄砲・弓・矢・馬具・鎧・・・などの軍需品の生産を専業するようになります。
<司法警察>に関与する<カワタ>は、通常、<足軽>クラスの給祿・薄給ですが、<軍需産業>に関与する経営者としての<カワタ>は、一般の「士農工商」がうらやむほどの資産家です。
<司法警察>に関与する薄給の<カワタ>に対しても、資産家の<カワタ>に対しても、その<居室>に関して、<公平>に藩費・村費をもって新築・改修するというのは、常識的に考えてナンセンスな話しです。
島根県の近世後期の<鉢屋>をめぐる、その<居室>の改修費用の捻出に関する史資料から、現代社会の問題である、同和対策事業とリンクさせて考えることは、部落史研究上のはなはだしい曲解です。
『文政3年楯縫郡平田村上ヶ分六人之鉢屋共所持仕候諸書付写し』に出てくる<鉢屋>の<居宅>改修費用をどこから捻出するかという問題は、現代の同和向け住宅建設の必要性の根拠にはなりません。現代の社会事象に類似するものがあるとすれば、平成20年間の不況の中で、今問われている、国会議員の宿舎を国税で建築する必要があるかどうかという問題が、その類例としてあげられます。
民衆の感覚、市民の感覚から、逸脱した解釈に陥らないためには、また、日本の歴史学に内在する差別思想である賤民史観に依拠した差別的な解釈に堕さないためには、島根県の部落史に関する史資料集、『島根県における同和問題の歴史』を、島根県内の関連機関にとどめるのではなく、一般に公開して、多種多樣な視点・視角・視座からの研究にさらすべきです。
部落史の学者・研究者・教育者の内なる世界だけで流通する、『島根県における同和問題の歴史』は、<百害あって一利なし>・・・です。
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