●藤村泰夫著「貧困の是正がテロ根絶の道」・・・
朝、妻が新聞(朝日新聞2008年9月9日)を読んでいて、「あなた、藤村先生の文章が掲載されていますわよ・・・」といいます。
短文ですので、全文を紹介します。
「アフガニスタンで「ぺシャワール会」の伊藤和也さんが殺害されようとは、夢にも思わなかった。というのも、伊藤さんのように地道に活動を行い、住民からの信頼も厚い人なら殺されるこはあるまいと思っていたからだ。
町村官房長官は伊藤さんの死をうけて、「テロとの戦いに積極的に関与していく。それは日本国民も望んでいる」といった類の発言をしていたが、私はそうは思わない。
01年11月、私は戦前に農業指導員としてアフガンへ派遣された尾崎三雄という山口県出身の人物を知った。そして彼が残した日記や写真から、当時、そこではのどかな農村風景が広がり、市場には色とりどりの野菜や果実が売られており、村民は豊かな暮らしを送っていたことを知った。
旧ソ連のアフガン侵攻以来、長年の戦闘により大地はひからび、緑は消えた。「テロとの戦い」「国際貢献」とは、尾崎三雄氏や伊藤和也さんのように、現地の人々の暮らしの中に分け入り、農業支援を行うことであり「テロリストの軍事的制圧」ではないはずだ。
そして、本当にテロを根絶させたいのならば、貧困や不平等な社会を是正し、テロが生み出される背景をなくすことが早道だと思う。
名前の下に「48」とありました。
藤村泰夫先生は、もう48歳・・・。筆者が山口の小さな教会に赴任してきたとき、藤村泰夫先生は、山口大学文学部史学科を卒業されて、下松市内の公立高校の歴史の教師をされていました。それから26年・・・。最近は、ほとんど交流はなくなりましたが、元気でご活躍のご様子、なによりです。
藤村泰夫先生、当時は、山口県の屈指の進学校・徳山高校で教鞭をとっておられました(現在は岩国高校)。数年前、徳山高校で仕事をさせていただいたとき、藤村泰夫先生とお話ししたのが最後でしょうか・・・。
この藤村泰夫先生の導きで、筆者、はじめて、山口県の被差別部落に足を運ぶことになりました。藤村泰夫先生の<案内>がなければ、部落解放同盟新南陽支部との出会いはなかったことでしょう。
筆者の妻、若かりし日の藤村泰夫先生のことを思い出しながら、いろいろと思い出話をしていました。
2005年5月14日、『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆を開始して以来、筆者、ありとあらゆる集会から身を引いてしまいましたので、藤村泰夫先生と話をする機会もすっかりなくなりました。
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