●民俗学の戦争責任・・・
今日の午後、村井紀著『南島イデオロギーの発生 柳田国男と植民地主義』(岩波文庫)を読み終えました。
学ぶところが多かった本です。
しかし、筆者の「常民・非常民論」の視点・視角・視座からしますと、村井紀氏は、「常民」と「非常民」概念の定義があいまいです。ほとんど無定義のまま、柳田国男の「常民」概念だけを批判しておられ、その対極の「非常民」についてはほとんで言及されていませんので、筆者としては、物足りなさを感じてしまいます(「聖なる「民俗学」の「常民」たちは”侵略”した」という表現など・・・)。
村井紀氏、柳田国男をはじめとする民俗学者と民俗学の<戦争責任>について言及しておられますが、筆者、その先鋭化された手法に共感します。その時代の民俗学者と民俗学にも、多分に<戦争責任>があることは、以前から予感していましたので、村井紀氏の論文を手がかりに、筆者なりに言葉化することができそうです。
村井紀氏の、戦前の学校・教育・教師・学歴などに関する言及から、筆者のライフワークである「学歴差別」の本質についての批判分析の語彙が増えました。
村井紀氏の語る、戦前戦後を通じて変わらぬ権力によるその統治の責任と破綻を隠蔽する「醜悪な物語」、「醜聞を巧妙に隠す物語」・・・。親が子を見捨て、子が親を見捨てる・・・、親が子を殺し、子が親を殺す・・・。敗戦を経験した日本人の<原体験>が、隠蔽されても、力衰えることなく、現代の日本人に受け継がれ、親と子の間に悲惨なできごとを生みだしているのかもしれません・・・。
村井紀氏、「おそらく、私の退屈な授業は”監獄”だろうし、時に、”寝室”(病院!?)に変じている」と記されていますが、どうして、どうして、無学歴・無資格、学問とは縁のない筆者の夏ばてした頭に、夏の夕立の雷が落ちたごとく、大きな衝撃を与え、筆者の乏しい知性を活性化させるに十分です。
筆者、一度でいいから、大学という名のついた場所で、大学教授という肩書(教授・助教授・準教授・講師・助手、筆者にとっては区別なし・・・)のついた方から、ほんとうの学問の名に値する講義を聞いてみたい・・・。まあ、死ぬまでそういう機会はないでしょうから、「机上の講義」でよしとしなければならないでしょうが・・・。
筆者にとっては、今日は、一日送れの1945年8月15日考・・・。
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