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2008年4月 7日 (月)

●夜、「衣類定」に関する史資料を読む・・・

左目がかすみめになったにもかかわらず、筆者、日曜日の夜は、近世幕藩体制下の諸藩における「衣類定」に関する史資料を再読していました。

昔、かすみめとは無縁の時代、徳山市立図書館の郷土史料室で、徳山藩の「穢多」と衣類の関係について、文献を集めたことがありますが、今回、それを再読しました。

「衣類定」について、史資料のあること、あること・・・。

徳山藩の「家臣の階級は、家老以下の三十余級から成っている」そうですが、その階級ごとの「衣類定」をすべて確認しました。もちろん、近世幕藩体制下の司法・警察であった、徳山藩の「穢多」に対する「衣類定」についても・・・。

驚いたことに、徳山藩にも、<藍染>・<渋染>の強制に関する文書が残っているではありませんか・・・。強制されたのは、徳山藩の「穢多」ではなく、徳山藩の家臣33階級のある階級に対して・・・。

かすみめが直ったら、『部落学序説』の「百姓の目からみた渋染・藍染」の続きで、徳山藩の武士階級の<種類>・<祿高>・<上着に関する統制>・<下着に関する統制>・<夏服に関する統制>・<妻女の衣類に関する統制>・<召使下女の衣類に関する統制>について、精察の上、一覧表にして紹介させていただくことにしましょう。

そして、百姓身分の衣類統制についても・・・。

岡山藩の史資料の中にも、徳山藩同然の史資料が存在していると思われますが、「岡山藩」の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の方々・・・、自分で、それらの史資料を読んでこられなかったのかもしれません。自分で、史資料を読んで、自分で分析していれば、戦後の「渋染一揆」<捏造>の過ちに加担することはなかったでしょうに・・・。

筆者の手元には、紀州和歌山藩の衣類統制の実態を示す史資料も存在します。

衣類というのは、人間の生活の基本的要素である衣・食・住のひとつですから、衣類に関する、あるいは、衣類統制に関する史資料は決して少なくはないのですよね・・・。

「岡山藩」の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の方々・・・、あまりに関連史資料が多すぎて、一般説・通説・俗説に乗っかってこと足れりとして、自分で、その関連史資料を読んで批判検証をされることななかったのでしょう・・・。残念といえば、残念な思いがします。

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