●恵みの雨、花にとっても、草にとっても・・・
昨日の春の雨・・・。
植物にとっては、恵みの雨だったようです。教会の庭に花は、背丈も伸び、少しく花も大きくなったような感じがします。
しかし、神さまの恵みの雨、人間の目から見て、高価な価値のある花だけに降るわけではありません。人間の目から見て、価値のないと思われている雑草の上にも、平等に降り注ぎます。
ということで、教会の庭の花・・・、春の雨が注がれてきれいに咲くのと同じく、雑草も同じように成長し、花を咲かせています。
教会の庭、生きとし生けるものが「同棲同類」(高村光太郎の言葉)していますので、花だけでなく、雑草の手入れもしなくてはなりません。花が咲いているところの雑草は抜き取りますが、そうでない場所の雑草は、地表から出ている部分だけを刈り取るだけです。
すべての雑草を取り除いたらどうなるのか・・・。
教会の庭、バラスと土で、砂漠化したようになり、夏は、太陽の光を反射して、礼拝堂は蒸し風呂のようになります。それで、筆者、庭の雑草は適宜刈り取って、疑似芝生にします。すると、夏の礼拝堂、爽やかな風が入ってきて、過ごしやすくなります。
時々、雑草とみるやら、徹底的に抜き取って除去しないと気がすまないひとに出会いますが、そういうひと、筆者は苦手な存在です。人間の世界ですと、「首都圏への通勤時間1時間以内、100坪の豪邸に住んでいないと人間ではない・・・」、と思っていたりするのですから・・・。
『部落学序説』の付論「百姓の目からみた渋染・藍染」の続きを執筆したいのですが、今日は草の手入れをしないと・・・、「一日遅れの三日取り、三日遅れの十日取り、十日遅れの一ヶ月取り、一ヶ月おくれの、あとは草ぼうぼう・・・」、天国に召された、関東学農会の事務局長・井草先生から夢の中で一喝されそうです。
上の写真は、今朝の礼拝堂のシクラメンの花・・・。
毎日、しおれた花をつみとっていますので、花の数はすっかりすくなくなってしまいました。花の数が少なくなると同時に、シクラメンの葉の数が増えて大きくなっていきます。シクラメン、花を咲かせるより、次の季節のために、球根を大きくしはじめたようです。
最後のはなびらが散るのは、いつごろになるのでしょうか・・・。
仕事にでかける前に、妻曰く、「シクラメンンに対する、あなたのやさしさ次第です・・・。しっかりお世話してね。枯らしてはだめよ・・・」。
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