2008年5月 9日 (金)

●牧師の歳のとりかた・・・

毎週、礼拝堂の講壇の上から説教をします。

この説教の聴衆は誰かといいますと、すべての人・・・。幼児から老人まで、1歳のあかちゃんから100歳の老人まで、礼拝堂の椅子に1時間ほど座ることができるすべての世代を含みます。

この点、小中高、大学の教師や教授の方々と違って、ある特定の世代・年代に限定されることはありません。

場合によっては、あかちゃんとそのおかあさん、そのおかあさんのおかあさんが一緒に礼拝に出られる場合もあります。孫・娘・母・祖母・・・、場合によっては4世代の人々が、教会の礼拝に出席して、同じ牧師の説教に耳を傾ける・・・、という場面も決してめずらしくありません。

そういう意味では、牧師は、時代に則しながら、時代を超えて、全世代的に説教を組み立てる必要があります。孫に対しても、娘に対しても、母に対しても、祖母に対しても・・・。つまり、牧師は、数世代の歴史を生き抜いてきた人々を前に、それぞれに時代の苦悩と葛藤を踏まえながら、聖書に基づいて、なぐさめとはげましのことばを語らなければなりません。

しかも、毎週、主日礼拝の出席者の世代構成は異なります。

牧師自身は・・・、といいますと、孫・娘・母・祖母の4世代の中に身を置くことになります。教会の中には、牧師より、歳を重ねているクリスチャンがたくさんいます。牧師は、自分より若い人々を指導・教育するだけでなく、自分よりも、知識・経験が豊富な年配者に対しても<指導・教育>することになります。

つまり、教会の牧師は、人生の常に途上にあるものとして、説教しなければならないのです。

その途上において、牧師は信徒に説教するだけでなく、信徒から、クリスチャンとして<どのように生きていくべきか>を学ぶだけでなく、クリスチャンとして<どのように老いていくべきか>を学ぶことになります。同じ信仰を持ってその人生を歩んでこられたクリスチャンの方々の老い方を「観察」(かんざつ)することで、牧師は、みずからの老いのあり方を学び、その道筋をつくっていくことになるのです。

老いを静かに受け入れ、枯れていく菊の花がその頂きをいつまでも残すような生き方をする人もいれば、老いにあらがって、周囲を巻き込み、悪戦苦闘をしながら、疲れ果てて失意の中をさっていく人もいます。

下松愛隣教会の庭に咲く花、信仰者として生き抜かれた兄弟姉妹たちの庭から移植された草・花・木が、途切れることなく咲き続けています。先に天に召された兄弟姉妹のしのぶぐさ・・・、それを見つめながら、筆者、天にめされた兄弟姉妹との対話を続けることになります。

老いについて学び、その老いを生きることができるということは、牧師という仕事にともなう、神さまの恵みのひとつです。

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●午後、老人ホームへ花を届けに・・・

この前の教区総会のとき、日本基督教団下松教会の役員の方から、老人ホームに入居されている、ある姉妹を尋ねてほしい・・・、と依頼されました。

といっても、その姉妹・・・、現在は、下松教会の信徒の方なので、下松愛隣教会の牧師が訪問することが果たしていいのかどうか・・・、横にいてその話を聞いていた下松教会の牧師は、首を横に振っていましたので、筆者、どうしたものか、判断に困ってしまいました。

<牧会ルール>を侵害しないで、下松教会の役員の方の希望をもかなえる方法として、この日曜日(母の日)、その姉妹に、教会の庭に咲いている花を届けることにしました。

しかし、天気予報では、明日は雨が降るとか・・・。

それで、今日の午後、スイトピーの花(白・赤・黄・むらさき・ピンク)を50本ほど切りとって、カゴに入れて、その姉妹が入居しているという老人ホームを尋ねました。

最近の老人ホームは、玄関とそれぞれの部屋に鍵がかかる仕組みになっていて、部外者とは簡単に面会できないシステムのようです。最近の老人ホーム、筆者の目からみますと、なにか、精神病院の病室のようなイメージがあります。

筆者、野良作業スタイルで、ゴム長靴をはいて、麦わら帽子をかぶっていましたので、それにふさわしい挨拶をすることにしました。「下松教会の役員の小笠原さんに頼まれて、母の日の花を持ってきました。明日雨が降ると花がだめになるおそれがありますので、今日持参しました・・・」。

応対に出てこられた看護婦さんの方、筆者の説明を聞いてほっとしたようです。

人は歳をとるにつれて、その人の本性があらわれるといいます。その姉妹、長い間公務員をされていたのですが、公務員の枠の中にいるときは誠実な人として評判だった人ですが、公務から離れて私的な世界にはいりますと、「表」と違って「裏」の顔が露骨に出てきます。教会の牧師や信徒に対する無理難題は日常茶飯事で、裏にまわっての根回し・画策、誹謗中傷・罵詈雑言・・・、それでやっと、姉妹自身の精神的安定を保っておられるようでした。

筆者も、こんな要求をされたことがあります。「牧師先生は、家族が大切ですか、信徒が大切ですか。当然、信徒ですよね。そうなら、今すぐ、離婚して、私たちが指名する被差別部落の女性と結婚してください。そうしたら、一生、牧師の生活を保証してさしあげますから・・・」。断ると、「イエス様がおっしゃっておられるとおり、家族を捨てることができない牧師は、牧師ではありません。牧師先生が家族を捨てないというなら、私たちがこの教会を出て行きます・・・。」といいます。そして、それだけが理由ではありませんが、その姉妹夫婦、教会を離れて行きました。

下松愛隣教会の牧師を名乗って、その姉妹に面会したとしたら、何が起こるか、想像に難くありません。50本のスイートピーの花を床に投げつけ、踏みにじり、「いつまでも、<局長>ずらしないでよ!」と罵声をあびせられることになるでしょう。

老人ホームの看護婦さんに、「下松教会の役員の小笠原さんに頼まれて、母の日の花を持ってきました。明日雨が降ると花がだめになるおそれがありますので、今日持参しました・・・」ととっさの挨拶をしたのは、筆者にとっては、最善の策でした。

母の日には、筆者が教会の庭で作った安価なスイトピーの花ではなく、下松教会の牧師が、花屋さんで買った、高価できれいなカーネーションの花束を持参されるでしょうから・・・。

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●シクラメンの花の数は12・・・

P509015711_2礼拝堂のシクラメンの花・・・。

花の数が少なくなってから、シクラメンの花、ほとんど散ることなく咲き続けています。今日の礼拝堂の温度は21度C・・・。真夏日の暑さになるときも多いこのごろなのですが、なにとか持ちこたえているようです。

残された花の数は12・・・。

数字の意味にこだわるわけではありませんが、12というのは、イエスさまの12弟子の数・・・。

この前、東北の妻の実家に戻ったとき、同じ村の農家の方の家におじゃましたことがありますが、その玄関先に、シクラメンの花が咲き誇っていました。その家の奥様の話では、湖南町のシクラメンは、11はじめから5月の終り頃まで、長い間花を咲かせてくれるのだとか・・・。

シクラメンの花の数が、7個・3個・1個になったとき、デジカメで写真を撮ることにしましょう。

筆者のデジカメの方も、そろそろ寿命でしょうか・・・、最近調子が悪く思ったように撮影することができなくなりました。ピントを外す場合が増えました。花の色も少しぶれが発生します。デジタルズーム機能は完全に故障、機能の使用は不可。デジタルズームで小鳥を撮影することは絶望的・・・。

ただ、近くによってきた小鳥を撮影したり、晴れた日に花を撮るのは、何の問題もなさそうです。

筆者が留守の間、筆者の妻、シクラメンの花の手入れを怠らなかったようです。

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●リンク先一覧を更新しました・・・

『部落学序説』とその関連ブログ群のリンク先を更新しました。

筆者、団塊の世代に属します。本質的にはアナログ人間なので、インターネットの世界には、なにとなく違和感を抱きます。そのインターネットのブログを「Publishing」の媒体に選んで、『部落学序説』とその関連ブログ群を執筆してきましたが、コメントないしトラックバックはほとんど「公開」することはありませんでした。

この前、ある方から、「少しは、他のブログを読んでみられたらどうでしょうか・・・」とすすめられて、筆者のブログについて感想・意見を書いて下さっているブログにアクセスしてみました。

その結果、「リンク先一覧」を更新することにしました。いままで、「リンク先一覧」に掲載していて、今回削除したブログもあれば、今回はじめて拝見させていただいたブログもあります。

筆者、「賤民史観」という言葉、雑誌『現代の眼』に収録されている沖浦和光論文に始まる・・・、と思っていました。『部落学序説』を書き始めるまえに、インターネットでこの言葉を検索してもヒットすることはなかったのですが、最近は、「賤民史観」という言葉を使用されている方々が増えているようです。雑誌『現代の眼』で使用される以前に「賤民史観」という言葉が使用されている可能性は多分にありますので、何に依拠しているのか、知りたいところです。

「リンク先一覧」に掲載しているブログは、筆者の『部落学序説』とその関連ブログ群に対する肯定・否定を問わず掲載させていただいています。

いままで、筆者、自分のブログ以外、あまり読んだことはなかったのですが(それすら、書きっぱなしで編集・校正作業をしていませんが・・・)、「リンク先一覧」を更新したのをきっかけに、「リンク先一覧」のブログを閲覧させていただくことにします。

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2008年5月 8日 (木)

●教会生まれのカラスアゲハ・・・

Kon0805081

仕事から帰ってきた妻、カラスアゲハの写真を見て、とても喜んでいました。カラスアゲハの幼虫を見て、安全な場所に退避させていたからです。

妻曰く、「きっと、あのカラスアゲハの幼虫にまちがいないわ・・・」。

こどものように喜んでいました。カラスアゲハ、飛ぶ速度が速くて、いままで写真に納めることができませんでした。今回、筆者のデジカメで撮影することができたのは、羽化した直後のカラスアゲハであったから・・・。撮影距離は約1メートル。

偏向レンズを使用すれば、カラスアゲハの黒緑色の羽の模様、きれいに撮影することができたのでしょうか・・・。

無農薬・有機栽培、その報酬のひとつに、昆虫や小鳥の写真を近距離で撮影することができることがあります。今回のカラスアゲハの撮影枚数は、19枚です。

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●素人栽培のいちごとぶどう・・・

Han0805062教会の庭に植えているぶどう、「すいほう」という品種です。

ぶどうの実はみどりいろです。

国道2号線沿いの米沢園芸で買ったぶどうの苗は1本ですが、切り落とした先端の苗も根をおろしましたので、2本に増えています。

ちいさなぶどうの苗は、あんどんつくりにします。もう花芽を持っています。

「すいほう」の収穫は巨峰という品種とおなじで8月下旬から9月上旬です。

いちごは、ランから増やして現在40本ほど植えていますが、そろそろ収穫できるものも出てきました。無農薬・有機栽培ですが、ほんとうに自然の甘さがあります。

市販のいちごを食べなくなって久しくなります。

草・花・木・蝶・蛙との対話・・・、筆者の<妄想>かもしれませんが、その<妄想>は、リアルないちごに<結果>します。ただ、無農薬・有機栽培ですので、虫や小鳥も食べにきます。

同棲同類、収穫も共有です。

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●筆者に語りかける草・花・木・蝶・蛙・・・

Han0805081教会の庭を点検し終えて時計をみると、12時が近い・・・。

梅の木やピラカンサについているシャクトリムシ(ウメエダシャク)を駆除するのにかなり時間を消耗したらしい・・・。ピラカンサの木は5本、梅の木は3本。シャクトリムシは、この2種類の木に集中して増えているようです。

しかし、水道の水をジェット水流にして洗い落してきた結果、枝についているシャクトリムシの数はめっきり少なくなりました。

草・花・木に水をやっていると、彼らが筆者に話しかけてきます。「お水がもっとほしい・・・」、「私は堆肥・・・」、「虫がついているから取り除いて・・・」、「日があたるところへ引っ越しして・・・」、「球根を育てるからお礼肥を頂戴・・・」等。

筆者の単なる妄想かもしれませんが、<妄想>だとして、その声を聞き捨てますと、草・花・木は、花を咲かせることなく枯れてしまいます。次の年も花を咲かせることはありません。その声に耳を傾け、それなりの対応をとりますと、教会の庭の草・花・木・・・、きれいに花を咲かせてくれます。

それから、今年、はじめて、カラスアゲハ(ナガサキアゲハの可能性もありますが、現在とのところ筆者に識別できませんので・・・)が教会の庭から飛び立ちました。羽化するところを見たわけではないのですが、いつものように、筆者の廻りを数回ゆっくりと羽を広げて飛んで飛び立って行きました。教会の庭から巣立つアゲハチョウの行動パターンです。筆者には、「今年も農薬をまかないでいてくれてありがとう。ぼく、こんなにきれいなちょうになったよ・・・」と話しかけてくるようです。「がんばってね・・・」、こころのことばを交わし、飛び立っていくカラスアゲハ・・・、もうすっかり夏ですね。

そのあと、あしながばちが2匹やってきて、「モッコウバラの枝の中に巣を作っていい?」と語りかけてきます。「だめだよ、ここは水をよくかける場所だから・・・」。あしながばち、「わかったわ・・・」といいながら、モッコウバラを離れて行きました。彼女たち、一番苦手なのは、水・・・。特に、水道のジェット水流は苦手です。一度これにあたると、長い足が折れ、羽が破れるみたいで、再び飛び立つことができなくなります。

デジカメをもって、庭に戻ってみると、別のカラスアゲハが・・・(上の写真の上から2枚)。十分飛び立つことができなくて、ミニ菜園の中で離陸と不時着を繰り返しています。そして、ついには、ミニ菜園を何周かして木の枝にとまることができました。

「ゆっくり、練習してていいよ、今、猫は昼寝の時間だから・・・」。
「うん、そうする・・・」。

P5080133 カラスアゲハが不時着していたミニ菜園の土をみると、亀裂が・・・。落花生が芽を出しはじめたようです。土の中で育った芽が、土を押し分けて、地上にひょっこり顔をみせた瞬間です。

「やあ、君の姿みるとうちの妙子さん、喜ぶよ・・・」。
「ぼく、ことしもがんばって芽、出したからね・・・」。

教会の瓦礫とバラスだらけの庭を開墾してつくったお花畑とミニ菜園、筆者と妻と、生きとし生けるものの同棲同類の場所です。筆者と妻が、こころの中で、花や蝶、小鳥や虫と会話できる場所・・・。それが、たとえ<妄想>といわれるものであったとしても・・・。

水をまいていたとき、鳴いていた蛙は5匹・・・。

毒虫・害虫に支配された世界は悲惨です。ですから、毒虫・害虫は、一定の数以上に増殖しないよう、駆除する必要があります。自分の権力と利権だけを主張する毒虫・害虫が異常繁殖することは、「同棲同類」の秩序を破壊してしまいます。しかし、教会のお花畑やミニ菜園、花壇や庭の木々には、無農薬・有機栽培ですから、毒虫・害虫もいつでも存在しています。農薬を使って、絶滅させることはありません。害虫・毒虫も、「同棲同類」の対象です。

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●連休明けの庭の点検・・・

昨日の日本基督教団西中国教区の教区総会をもって、この4月末から5月はじめの「ゴールデンウイーク」は終わりました。

昨日は、精神的疲れからか、夜早くから就寝し、目が覚めたのが午前8時・・・。妻は、仕事にでかけてもうその姿はありませんでした。

ふとんをたたんで、ゴミを出し、洗濯をはじめましたが、洗濯している間は、花に水をやることができませんので、教会の庭を散策してデジカメで写真をとっていました。2、3日前まできれいに咲いていた花も、その花期を終えて散り始めているものも少なくありません。

来週木曜日、西中国教区の『教区通信』の編集者が取材にこられますが、そのとき教会の庭はどんな様子になっているやら・・・。まあ、教区の中で一番小さな教会・・・、花だけを取材にこられるわけではなさそうなので、あまり気にする必要はないのかもしれませんが・・・。

きぬさやとグリーンピースを収穫。いずれもザル1杯分。きぬさやはそろそろ終りを迎えています。きぬさやに代わって収穫できるようになったのがグリーピース。そのあとを追いかけるようにソラマメが大きくなっています。

そうこうしているうちに、教会役員の方がオートバイに乗ってやってきました。そして、教会のぶどうと野菜の苗を見て帰られました。その役員さん曰く、「教会のぶどう、大きくなりましたね。楽しみですね。どんな実を付けるやら・・・。2本目のぶどうにも、花芽がついている・・・。夏野菜の苗も、ずいぶんりっぱになりましたね。ところで、この苗どこに植えるです・・・?」

教会のミニ菜園、教会役員の方のはたけと違って、本当に<ミニ>ですから、心配になられるのも無理ないのですが、でもなんとかおさまるものです。といっても、すいか7本(必要数3本)、トマト16本(必要数8)、きゅうり12本(必要数6)、インゲン16本、エダマメ16本・・・、妻と筆者の二人分を収穫するには少し多すぎますか・・・。種をまくとき、まいた数だけ発芽してくれるわけではないので、つい多めにまいてしまいます。ミニ菜園に空きがないときはプランター栽培に切り換えます。

その他に、花の苗もいっせいに大きくなっていますので、これから、教会の庭の手入れ、多忙になります。

それと、芸予地震で被害を受けた会堂・・・、いままで、自力で補修してきましたが、昨年、教会の玄関の屋根瓦の土が流動化して流れ出て隙間ができ、瓦がずれると同時に雨漏りの原因となっていることがわかりました。補修作業をしなければ・・・、と思いつつ、優柔不断な筆者、いままで伸ばしに伸ばしてきましたが、まもなく梅雨・・・、早急に屋根の補修作業をしなければならないと思っています。

今朝の天気予報では、土曜日には雨が降るとか・・・。日曜日は、教会暦の上では、ペンテコステと母の日・・・。毎年、母の日に、教会関係者に母の日の花をプレゼントするのですが、土曜日に降る雨、どの花を流し去り、どの花を残してくれるのか・・・。もしかしたら、母の日の花、一輪もないという場合も想定されます。

霊性豊かな牧師は、説教・牧会・祈祷に専念し、平和・人権・教育のための運動に参加し、こころの中にきれいな花を咲かせ、母の日には、花屋の高価なカーネーションの花束を信徒にプレゼントする尊い仕事に従事することになるのですが、霊性の乏しい、神の裁きの中を生きている筆者、屋根にはいつくばり、地にはいつくばって、芸予地震の残被害といまだに闘い、礼拝堂に生ける花を育て、健康維持のため、無農薬・有機栽培の野菜を自分の手で育て、母の日には、自らの育てた、雨にあたってしおれた花を信徒にプレゼントしなければなりません。

瓦礫とバラスだらけの庭から石ころをひとつひとつ取り除いて土をつくり花や野菜を育てるのと同じく、日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」から差別的見解をひとつひとつとりのぞき、差別なき<壌土>を見出し、そこに部落差別完全解消の<花>を咲かせようとする・・・、「ミンナニデクノボウトヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ」無為の日々を過ごす筆者・・・。

年をとるとみんな、若い時代の生き方が出てくる・・・、と言われます。筆者、歳をとっても、今とそれほど大きな違いはなさそうです。「ミンナニデクノボウトヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ」、基督者として、黙々と畑を耕し続ける・・・。

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2008年5月 7日 (水)

●西中国教区総会終わる・・・

日本基督教団西中国教区の総会が終わりました・・・。

何もしないのに、とても疲れた教区総会でした。毎回、教区総会に出て思うのですが、無学歴・無資格の筆者には、理解できない議論が多すぎるようです。

部落学序説とその関連ブログ群についてと題したチラシを配布したのですが、掴むことができるほどたくさん配布される各種資料・チラシに埋もれて、筆者の用意したチラシは、ほとんど存在感がありません。

しかも、ある牧師曰く、「保守的・体制的なあなたが書いた文章など読む気にはなれない・・・」。

筆者の『部落学序説』とその関連ブログ群・・・、保守的・体制的と評されることに少しく違和感を感じますが、『田舎牧師の日記』に書いてきた、光市母子殺人事件に関する文章など、「最高裁の見解そのもの・・・」と酷評されます。筆者の見解の間違い、朝日新聞の記事に依拠していることに起因しているとか・・・。朝日新聞の関連記事、「差し戻し控訴審判決理由要旨」も含めて全部間違い、最高裁判決に沿って捏造されたものであるとか・・・。

革新的・反体制的な牧師からの批判なのですが、革新的・反体制的な立場とは、どのような立場のことなのか、筆者、理解に苦しみます。

筆者は、保守的・体制的でも革新的・反体制的でもなく、ただの非政治的・批判的な視点・視角・視座からの発言にすぎないと思っているのですが・・・。

ともかく、今年も教区総会が終わってほっとしました。

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2008年5月 6日 (火)

●ウツギの花がさき始める・・・

Han0805061教会の庭には、筆者の妻が植えたウツギの木が2本あります。

ひとつは、普通のウツギ、もうひとつは、バイカウツギ・・・。どちらも開花をはじめています。左の写真は、上3枚がバイカウツギ、下3枚が普通のウツギです。ウツギは、どこにでも咲いている極普通の花ですが、筆者と妻にとっては、大切な花です。

なにしろ、瓦礫とバラスだらけの教会の庭・・・、掘っても掘っても瓦礫とバラスが出てきます。ウツギは、そんな土壌に、肥料もやらず、ただ植えただけなのですが、今はすっかり大きくなって、毎年白とピンクの花を咲かせてくれます。

バイカウツギ、こちらも、妻が小さな苗木を植えたものですが、昨年の秋、強剪定しました。今年、花が咲くかどうか心配していたのですが、枝が少なくなった分、花の数は少ないのですが、いつもの年より大粒の花を咲かせています。バイカウツギの花の白、白は白でもあたたかみのある白です。

ふと、島崎藤村の詩を思い出しました。

別れとは悲しきものといひながら、
旅に寝ていつ死ぬらんと問う勿れ。
よしやよし幾千年を経るとても、
花白く水の流るるその間、
見よ我々は死する能はず。

記憶に間違いがあるかもしれませんが・・・。

妻と一緒に、妻の故郷の地に花を咲かす日が来るまで、妻と一緒に、異郷のこの地に花を咲かせ続けたいと思います。

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2008年5月 5日 (月)

●荒地に花咲く、教会の庭・・・

Han08050525月の教会の庭・・・

①ラナンキュラスとクリセンサマム、②白色のモッコウバラ、③スイトピー、④ラベンダー、⑤シラン、⑥クリセンサマム、⑦クリセンサマム、⑧シラーベルビアナ、⑨ビスカリア。

夕方、教会の庭を妻と二人で散策していますと、スイトピーの甘い香りが漂ってきます。写真でみると、地面はほとんど見えませんが、近寄ってみますと、教会の庭、花を植えるのに適した場所ではないということがすぐ分かります。

教会の庭には、夏の花の苗が順調に成長しています。

今日の夕方、妻にいわれて、萩の花に群がって交尾中のカメムシを除去しました。今の季節のカメムシ、手が触れても下に落ちません。葉や茎にしがみつくようにしています。

カメムシも害虫のひとつ・・・。

筆者、何千何万という虫を「害虫」とラベリングして殺してきたことか・・・。農薬を使うことはなくても・・・。

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●シランの花、今が盛り・・・

Han0805051教会の庭のシランの花・・・。

妻が、古いタイヤの中に土をいれて育てていたのですが、2004年、教会の庭にミニ菜園を作ったとき、掘り起こしたバラス混じりの土からバラスを取り除いてお花畑にしましたが、そのとき、シランをタイヤからお花畑に移植しました。今は、すっかりお花畑に定着しています。

準絶滅危惧種に指定されたシランの花・・・、教会の庭に群生できるように環境を整えていくつもりです。

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●ぶどうがブドウらしくなる・・・

Yas0805051教会の庭に植えたぶどう・・・

葉芽か花芽か、やっと区別することができるようになりました。

一番上の写真など、どうみても、ぶどうの房の形状・・・。

筆者の妻、あきれ顔で、「今はまだつぼみ、これから、花が咲くのよ。もう、間違わないでしょう・・・」といいます。

このぶどうの房の形状をしたのが、全部で50個ほどついていますが、50個全部が結実することはなさそうなので、どのように剪定していけばいいのか・・・、教区総会が終わったら調べることにしましょう。

ぶどうは、苗木を植えてから2年目で収穫が可能なようです・・・。

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●馬鹿と新緑と藤の花・・・

今日は大失敗・・・。

教区総会は、今日ではなく明日からでした。山口市内の会場に行ってみると、誰もいません。「日本基督教団西中国教区総会会場」という張り紙もありません。不思議に思っていると、そこへ、横田相愛教会の牧師さんが・・・。「総会は、今日ではなく、明日ですよ・・・」。

筆者、どこかの時点で、教区総会の開催日を間違ってしまったようです。

今日は、総会の前の準備をかねて、西中国教区の常置委員会があったようです。会場の玄関に行きますと、常置委員の浦部姉にお会いしました。朝、議案書を見ていて、その中に、開会礼拝の献金当番をするように指示があったこと、10年に1度指名があるかないかの「役」なので、遅れては申し訳ないといのちがけで車を走らせたことをお話しました。

そして、昨日、徹夜して作成した、教区総会で配布する筆者のチラシを、浦部姉ともうひとりの方にお渡ししました。「部落学序説、アクセス件数、70万件になったのですか!」と驚かれていました。・・・、教区の牧師・信徒の中で、筆者のブログのアクセス件数を知らされて驚かれた方ははじめてです。

そのあと、筆者、帰路についたのですが、徹夜したのがたたって、頭がボーッとしていてこころにゆとりがありませんでした。県庁の近くの道路で、追突事故で大破した車を見て、「事故だけは起こさなければ・・・」とハンドルのしがみついて帰ってきました。

いそがしいとき、人の視野は急速に狭くなるようです。

やっと、普通の視野に戻って、道路だけでなく、その周辺の景色が目に入るようになったのは、旧新南陽市の和田地区に入ってから・・・。新緑が目に飛び込んできました。そしてその新緑の中に、いたるところに薄むらさきの花を咲かせている藤の花が次から次へとあらわれては車のうしろに消えていきます。

藤の花・・・、今が満開のようです。

馬鹿と新緑と藤の花・・・、東北の福島県湖南の妻の実家のある村里の風景と同じように、山口県の農村の風景もとてもきれいだと思いました。会津・長州だけでなく、村里は、日本全国いずこも美しくきれいなのかもしれません。

明日は、今日の帰路と同じ道を通って、教区総会の会場へ行くことにしましょう。藤の花をデジカメに納めるために・・・。

それにしても、筆者、トンマというかマヌケというか、馬鹿というか・・・。

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●野菜・花・果樹の診断と管理・・・

教区総会で配布するチラシの印刷が完了するまで、六本木和夫著『野菜・花・果樹 リアルタイム診断と施肥管理 栄養・土壌・品質診断の方法と施肥・有機物利用』(農文協)を読んでいました。

この本に書かれていることは、植物の健康状態の<診断学>・・・。

無学歴・無資格、農学の門外漢である筆者の<植物診断学>・・・、その知識と技術をマスターしても、<藪医者>にしかなれそうにありません。

なぜなら、<植物診断学>を学ぶためには、<生理学>と<病理学>をその前に習っておく必要がありますが、<植物生理学>や<植物病理学>、筆者、60歳になるまで、一度も学んだことがありません。

病気を予防するためには<保健学>、病気を治療するには<臨床医学>・<薬学>・<看護学>が必要なのですが・・・、60歳になった今、そんな知識・技術を体系的に習得することができる可能性があるのでしょうか・・・?

岡山の歴史学の学者・研究者・教育者だけでなく、農学の学者・研究者・教育者からも「非難中傷・罵詈雑言」にさらされそうな気配がします。こころして、独学に邁進しなければ・・・。

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●チラシの印刷で徹夜・・・

5月5~6日、日本基督教団西中国教区総会が山口市であります。

筆者は、西中国教区の中では、長年<無役>ですので、教区総会は、ただ黙って席についているだけです。

『部落学序説』とその関連ブログ群の執筆は、教区の取り組みとは何の関係もありませんので、教区の記録に残ることはほとんどありません。

しかし、筆者は、8年間西中国教区の部落差別問題特別委員会の委員をさせられた関係で、その課題をいまだに引きずっているので、その取り組みの概略を<非公式文書>の形で配布してきました。

今回、その「部落学序説とその関連ブログ群について」を印刷していて、急にプリンターの調子がおかしくなり、通常なら数十分で完了するプリントアウトに6時間もかかってしまいました。とうとう徹夜するはめに・・・。

教区総会の間、<睡魔>におそわれなければいいのですが・・・。

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●教区総会で配布する部落学序説に関するチラシ・・・

部落学序説とその関連ブログ群について

                  日本基督教団西中国教区下松愛隣教会牧師・吉田向学

●『部落学序説の』累計アクセス件数、70万件に・・・

 2005年5月14日、ブログ『部落学序説』の執筆を開始しました。それから、3年が経過しようとしていますが、2008年5月4日現在で、『部落学序説』とその関連ブログ群の累計アクセス件数は、706,807に達しました(ココログのアクセス解析の総合件数)。先月(4月1~30日)のアクセス件数は48,216件、訪問者数は19,115人です。日平均にしますと、1日のアクセス件数は1,607件、訪問者数は637人です。

●『部落学序説』の執筆状況・・・

 当初、3カ月~6カ月で『部落学序説』を書き上げる予定でしたが、現在、序文・第1章から第4章を書き上げたに過ぎません。「第5章・水平社宣言批判」と「第6章・同和対策審議会答申批判」、そして、「最終章の第7章・部落差別完全解消をめざして」・・・は、今後の課題になります。

●読者の方々の反応・・・

 最もよく読まれている文章は、被差別部落の歴史あるいは被差別部落民の自分史の調べ方に関する文章です。被差別部落出身の方々から、<『部落学序説』の研究方法を参考に自分で調べた結果、はじめて、ほんとうの歴史にたどりつくことができました。近世幕藩体制下の司法・警察に関する史資料の中に、先祖の名前を見つけました。『部落学序説』の執筆趣旨に賛同します・・・>という内容のメールをいただくことも少なくありません。筆者は、被差別部落の人々から、語るべき歴史・物語を奪うことが差別であり、それを取り戻しほんとうの歴史を担って生きはじめることが差別からの解放であると訴えています。

●執筆に用いる史資料について・・・

 『部落学序説』の執筆を開始して以来、読者の中には、部落史関連の史資料・論文・書籍を提供してくださる方々が少なくありません。文献数は、当初の2倍に達しています。中には、『兵庫県史』や『兵庫県警察史』、『山口県警察史』などの大部の資料を送ってくださる方々もおられます。古書の市価1冊2万円程度する文献も少なくありません。『部落学序説』の主張に賛同してくださっているようです。執筆が遅れている理由のひとつに、読まなければならない史資料が増加したという状況の変化があります。

●読者の方から雑誌『部落』復刻版の提供・・・

 戦後、部落解放運動がどのように形成されていったのか・・・、その具体的な足跡をたどることができる雑誌『部落』の復刻版を提供してくださった読者の方がおられます。その『部落』全巻に目を通しましたが、戦後の部落解放運動は、いろいろな可能性を内包していたと思われます。高度経済成長の中で、部落解放運動が、「部落差別完全解消」ではなく、部落差別を前提にした「同和対策事業・同和教育事業」に流れていってしまったことは、部落差別完全解消の大きな障碍になっていったのではないかと思われます。

●「特殊部落」構築に対する基督者の<貢献>・・・

 『部落学序説』の執筆がおくれている理由のひとつに、明治30年代後半期の「キリスト教」と「特殊部落」の関係性の問題があります。明治期の「キリスト教」は、明治政府の国策に追従、近代中央集権国家・明治天皇制国家と共に、積極的に、直接的に、「特殊部落」創設に関与していった・・・、という重い責任があることがわかりました。今後、『部落学序説』の第5~6章において、日本の「キリスト教」の部落差別に対する「罪責」を明らかにしていくことになります。部落差別完全解消のために避けて通ることができない課題です。

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2008年5月 4日 (日)

●ピラカンサと害虫・シャクトリムシ・・・

今、教会の庭のピラカンサに、シャクトリムシが異常繁殖しています。

シャクトリムシ(ウメエダシャク)を除去するために、水道の水をジェット水流にして、毎日、ピラカンサの枝からシャクトリムシを洗い落しています。

最初、水をかけると、一つの枝から20匹近いシャクトリムシが糸を出してぶら下がっていたのですが、東北の妻の実家に行く前には、かなり少なくなっていました。しかし、5日間留守をしている間に、また増加したようです。金曜日・土曜日・日曜日とシャクトリムシをジェット水流でたたき落としてきましたので、その数は、また、かなり少なくなってはきましたが・・・。

教会の庭で害虫駆除のために農薬を使うことはありません。庭木の害虫に対しては、ほとんど、火力・水力・圧力によって物理的に取り除くことにしていますが、ピラカンサにつくシャクトリムシ・・・、ピラカンサの花の芽を全部食べてしまいますので、放置しておくことはできません。

ピラカンサにつくシャクトリムシを少なくするためには、ピラカンサの枝をていねいに剪定して、小鳥がピラカンサの枝の中を自由に飛び回って、シャクトリムシを食べることができるようにしてやればいいのですが、それを怠ったつけが、シャクトリムシの異常繁殖になってしまいました。

また、害虫との戦いがはじまります。

教会の庭の花や野菜、ぶどうの天敵は、こがねむしです。こがねむしほど、大食漢はいません。すべての花を食いつぶしてしまいます。天敵中の天敵です。

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●ホテイアオイを入れ換える・・・

ホテイアオイが腐ってしまい、藻が発生するようになりました。

それで、今日は、ホテイアオイを破棄して、あみで、水槽のメダカ10匹を退避させて、水槽の水を半分入れ換えました。そして、園芸店で買ってきた、あたらしいホテイアオイ4本を入れました。

水槽のメダカ・・・、最初ホテイアオイを買ったとき、そのホテイアオイについてきたメダカです。今は、10匹家族になっているみたいで、楽しそうに水槽の中を泳いでいます。

ホテイアオイが大きくなるまで、朝夕、メダカにエサをやらなければなりません。体長1cmほどのちいさな、あかちゃんめだかが食べることができるほどの小さな顆粒のエサですが、メダカもみているとかわいいですね・・・。

妻曰く、「同じなら、スイレンの花を咲かせたらいいのに・・・」。

スイレンの花、1本で1200円の価格がついていたことと、スイレンの根の張り方について、昨日の夜、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方から聞いた話を伝えると、「睡蓮の花はいいわ・・・」と、残念そうにつぶやいていました。

特価で200~300円になったとき、迷わずに睡蓮の花を購入することにしましょう。

教会の庭に、睡蓮の花がお嫁入りするのを待つのも楽しみです。

部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方が作っておられる簡易浄水装置を作って、その処理の中間過程の中で、睡蓮の花を咲かせてみたい・・・。

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●ぶどうは、神秘的・・・

P4270022礼拝のあとの茶話会で、教会役員の方がいうには、「教会のぶどうにはたくさんの花芽がついている・・・」。

礼拝のあと、その花芽を数えてみました。全部で、約50個・・・。2回目の夏を前に、1本のぶどうの枝についた花芽の数、多いのか少ないのか・・・。

ぶどう棚の下から、ぶどうの枝を観察していて、ふとあることに気づきました。ぶどうの枝の先端には、花芽がつかず、ほとんどが葉芽であること・・・。ぶどうの枝は、まだまだ成長できると思っているようで、枝の先端をさらに先へと伸ばすようです。

教会役員さんのすすめで、ぶどう棚からはみ出してしまったぶどうの枝のために、ぶどう棚を北側に少し延長することにしました。

春になって、どんどん成長を続けるぶどう・・・、筆者、その成長速度に追いつくのがやっとです。ぶどう栽培に関する本は、とうとう3冊になりました。精読するのは、大変です。筆者、ぶどう栽培においても、無学歴・無資格がたたります・・・。

筆者にできることは、ぶどうの木が筆者に語りかけてくるのをていねいに耳を傾けることぐらいでしょうか・・・(ぶどうたけでなく、その他の草花・野菜・果樹も、次に何をしてほしいか、語りかけてきます。それを聞き逃さなければ、いい花、いい果実を収穫できます・・・)。

教区総会が終わったら、ぶどうを栽培している松田観光農園に行って、農園の奥さまからアドバイスを受けることにしましょう。近くに、いつたずねていっても、懇切丁寧に指導してくださるプロの方がおられる・・・、というのは、とてもさいわいなことです。

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